第20話 武闘家フジマ
それはチャイナドレスに似たスリットの強い衣服を着たお団子頭の女性。
手にはサラシを巻いて拳を保護しており、その汚れは素手で殴るのに慣れているのを如実にアピールしていた。
彼女は武闘家フジマ。
トライバンの門下生としてはユルゲンに次ぐ高弟と言える。
「そこから出てきたということはユルゲンに追い返されたようね。さっさとお家に帰りなさい」
「ちょうど良かった」
フェイトは鉢合わせたフジマに自分の立場とユルゲンとの腕試しのことを伝えた。
彼女はまさかユルゲンが自分とそう変わらないであろう年齢のフェイトに叩きのめされるとは思っておらず、実際に潰れたカエルのように倒れた彼を見るまでフェイトの言葉を冗談としか捉えていなかった。
だがその目に見せられたことで彼女の顔つきが変わる。
早急に治癒の魔法をユルゲンにかけたフジマはフェイトを睨んで啖呵を切った。
「フェイトさんでしたか。腕試しでここまで酷い怪我を負わせるだなんて、このままアナタを帰すわけには行きません」
「待ってくださいよ。最初に私を殺そうとしたのは彼の方ですよ。正当防衛です」
「セイトーボーエー? 何わけの分からない言葉を」
(しまった。オーザムには正当防衛なんて考えは無いんだった)
「ひとまずアナタはワタシが無力化してから先生の元に連れていきます。ワタシは武闘家フジマ。彼のように手加減はしませんよ」
(そもそも彼も手加減なんてしていたとはとても……)
「黙っているんなら一発で終わりにしてあげます。歯ぁ食いしばりなさい!」
「ま、まってくださいよ!」
一方的にフェイトが悪いと決めつけていたフジマはついに殴りかかってきた。
フェイトが見たところ空手なことで武器を使った反撃もないと踏んだようだ。
フジマの使う闘法は拳に回復魔法をかけながら殴るといもの。
どれだけ拳を痛める勢いであろうとも、傷つくと同時に治る拳は人体が無意識下に行うセーブをキャンセルし、身体能力を極限まで引き出すことができる。
さらにインパクトの瞬間に余剰魔力が打撃箇所の内側で炸裂するため浸透頸に似た効果も発揮するため、下手な武器攻撃よりも威力は高い。
腕試しで殺しにくる男の次は問答無用で殴りかかってくる女か。
困惑したフェイトのみぞおちをフジマの拳が貫いた。
「立たせて上げるから、とっとと帰りなさい。隠形石を破ったということは、転移魔法陣が麓に戻るためのモノなのにも気づいているでしょうし」
くの字に曲ったフェイトの胸ぐらを掴んだフジマは、そのまま彼女を転移魔法陣に投げ込まんと片手で釣り上げて歩く。
見た目の腕の細さはフェイトと同じくらいなのだが、見た目以上にフジマは剛力のようだ。
(まさかこんなところで役に立つとは思わないわよ)
フジマは気絶あるいは悶絶して行動不能だと思っていたのだが、持ち上げられながらフェイトは思う。
胸ぐらを掴まれてリフトされるという、使うシチュエーションが限定される技の前提をクリアする状況が異世界でおとずれるのかと。
ユルゲンとの戦いと同様に学んでいた古武術の技を思い出して反撃に出た。
(叢神流──打鞭脚)
掴まれた胸を起点として体をしならせるフェイト。
それをもがいているだけど侮ったフジマは技の仕掛けに気づくのが遅れてしまう。
打鞭脚は体のしなりで威力を発揮する、相手にリフトアップされた状況を前提とした蹴り技。
その威力はフジマの魔拳と比べれば児戯に等しいとはいえ、狙い所は相手の皮膚。
刺激された痛覚は単純な威力以上に相手に痛みを与えた。
「ぐっ!」
フジマも思わずフェイトを手放す。
一瞬の痛みではあるが、打鞭脚はそれだけの痛みを彼女に与えた。
仕切り直しとして距離を取ったフェイトはボクシングスタイルで構えてフジマを迎え撃つ。
その姿を見たフジマの方は、自慢の一撃を受けたはずのフェイトが元気そうな様子に小首を傾げた。
「お腹に何かを仕込んでいるとは思ったけど、胸を掴まれた状態からあれだけの蹴りが出せるくらいに元気だとは……手加減しすぎたかしら?」
フジマが手応えを感じた「仕込み」とはフェイトが鉄血で精製した鋼の腹巻き。
いくらでも成形して元通りとはいえ、拳打一発で撃ち込まれた拳の形がハッキリとわかるほどにひしゃげていた。
「さっきの彼もそうだけれど、何処が手加減よ」
「あら、彼は腕試しではちゃんと手加減をしていたハズよ」
「こっちは危うく殺されそうになったんだけれど」
「それはアナタが弱すぎるのが悪いだけね」
「私が弱いだけなら彼があんな格好にはならないでしょうに」
「それはアナタが卑怯なことでもしただけでしょうに。だからワタシは手加減なんてしないわ。今度こそ死なない程度にもう殴り倒してあげるわ」
(話が通じそうもない。こっちも殴り勝たないとラチがあかないか)
フェイトを卑怯者と罵るフジマは彼女を半殺しにつもりのようだ。
対峙するフェイトも彼女に合わせて両手に鉄拳を装着し、フジマに徒手格闘立ち向かう。
相手が素手である以上、間合いの長い他の武器のほうが単純に考えれば有利である。
だが相手の土俵で勝たなければフェイトの気がすまない。
理不尽な戦闘に対してフェイトは意地で立ち向かう。
「拳で勝負と行きましょうか。ナックルガードをつけているのは、そっちもサラシでガチガチにしているからお互い様にしてほしいけれど」
「別に構わないわ。そんなオモチャをつけたところで、結果は変わらないし」
「だったら試してみなさいな」
指を曲げて手招くフェイトに向かって踏み込むフジマ。
拳と同様に足にも回復魔法を応用したバフをかけた彼女の踏み込みは風のように素早い。
一足でフェイトの懐に潜り込んだフジマは右足の踵を使った回し蹴りでフェイトのこめかみを狙い、受け止めても腕ごと蹴り折る勢い。
フェイトとしては盾を出して防ぐのも手だったのだが、ここはタイミングを合わせたショートアッパーでフジマの踵を跳ね上げた。
(わーお!)
とりあえず蹴りは防いだ。
このままバランスを崩してくれればとフェイトは思ったのだが、フジマの股間は思ったよりも柔らかい。
天を衝く角度に右足が持ち上がってもバランスを崩さないフジマはそのまま踵を斧のように振り落とした。
いわゆるネリチャギと呼ばれるテコンドー式の踵落とし。
セットアップに間に合えば出鼻を挫くところなのだが、それは叶わずにフェイトは後ろに飛び退いた。
「もらった!」
そして空振った踵が地面を抉る勢いをそのままに飛び込んだフジマはフェイトに密着していた。
巨木をもへし折る勢いでの背中からの体当たり。
今度こそフェイトには逃げ場がない。
咄嗟に盾を出して受けるがフジマは構わず。
大きな音と共にぶちかまされたフェイトは大きく跳ね上がった。
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