第6話 交渉

 転移魔法陣ある場所まで戻ったフェイトたちは、それを用いてギルドハウスに戻る。

 出発から半日ほど。

 泊りがけを想定して出発したはずの神託者が、勇者と見知らぬ少女を連れて一日もせずに帰ってきたのを見て、ギルドの職員も驚く。


「早いお帰りですね。それにあとから追いかけていった勇者ホリィだけでなく、誰なのかまでは知りませんが、別の少女も一緒だとは隅に置けませんね」


 ここで職員はフェイトのことは言及していない。

 彼らにとって、都合がいいとき以外のブラフマーエージェントはいないも同然なのだが、フェイトもいつものことだと何も言い返さなかった。

 最初に魔王城付近に転移した後、このことはヒロシにも伝えてあるため、彼もいちいち指摘せずに話を進める。

 転移魔法陣の場所に到着するまでは砕けていた口調も営業モード。

 丁寧な言葉遣いが威圧と牽制の効果を生み出していく。


「お世辞は結構。それよりも彼女を冒険者として登録したいので、手続きをお願いできますか?」

「それは構いませんが……神託者である貴方や勇者様と違い、彼女の場合は登録料がかかりますよ」

「いくらですか?」

「全財産の3割です」


 3割と聞いてこの場に緊張が走った。

 魔王の遺産というそれなりの財産を持つフレアはそのガメつさに。

 ホリィは単純に初耳だったことから、そもそも登録料が必要だという話に。

 そしてフェイトは職員のついた嘘に。

 ブラフマーエージェントとしての仕事の一環として、ギルドの仕組みはある程度知っているフェイトは職員の話が嘘だと知っていた。

 本来の登録料は神託者や勇者に構わず銀貨10枚。

 それもミッション達成時の報酬からの一部を天引きして支払う方式のため、登録時点では何も必要ない。

 職員は見知らぬ女性として扱ったフレアの正体を知った上で、彼女の財産を奪うための嘘をついているようだ。

 そしてホリィと同じく登録料の話を知らなかったはずのヒロシを職員は騙せると思っていた。

 彼が魔王の娘をギルドに登録するために連れてきた以上、このまま登録をせずに帰らせることもあるまいと。

 ポーカーフェイスの裏では大金を前にニヤリと微笑む職員は、もし魔王の遺産を手に入れられたら、自分にも還元されるであろうと皮算用だ。

 ボーナスが入ったら、少し贅沢をしようか。

 そんな甘事を考えている。

 だが──


「待ってください。その話はおかしいんじゃないですか?」

「は?」


 ヒロシからの思わぬ回答に職員が変な声を出した。


(半分カマだったけれど、まさかここまであからさまに動揺するなんて。これはフレアが魔王の娘だと知った上でふっかけているな)


 その声にヒロシは疑いを確信する。

 最初はフレアのように資産を持つ人間に対しての要求が高すぎるという不満からのカマだったのだが、タカリとわかればあとはやり返すだけだ。

 元々営業部にいた頃のヒロシは若手でも期待を受けていたホープ。

 成績もよく、とくに相手の弱みを見抜いて交渉材料にする駆け引きを得意としていた。

 管理部では腐っていたこの力が活かせる状況に彼の思考は回転する。


「冒険者ギルドが幇助組織である以上、登録料や報酬の天引きはあって然るべきでしょう。けれど全財産という曖昧な要求は変ですよ」

「そ、それは……お金を持っている人が、余計に寄付して助け合うのは、幇助会としての筋ってもので……」


 職員はしどろもどろながらも請求の正当性を主張するが、ヒロシは聞き入れずに自分の意見を投げつける。

 こういうときは相手にペースを握らせずにイニシアチブを取るべしと、営業マンだった頃の先輩を思い出しつつ。


「稼げる人が稼げない人を支えるべきってのはその通りでしょう。ギルドっていうのはそういうものです。だけど彼女の場合はこれからギルドに入るのでまだ部外者。身内になる前にそれを強要するのは筋違いですよ」

「神託者サマの世界ではそうなのかもしれませんがここでは違うんですって」

「そもそもの話をすれば、今回魔王城のミッションを勧めてきたのはあなたですよね? だけど実際に魔王城を牛耳っていたのはモンスターではなく、それを番犬代わりに使っていた彼女だ。フレアさんは魔王城一帯の現在の持ち主。仮にギルドがあの土地を手に入れたら、たとえその3割でもAランクミッションの報酬なんて小遣い程度じゃないですか。

 あなたは神託者と勇者という強大な戦力を魔王城に差し向けることで、彼女からあの土地を奪おうと考えていた。だけど私が彼女を連れてきてギルドに入れたいというから、咄嗟に登録料という名目で財産をできるだけ奪おうと考えた。

 3割というのは登録料の話を鵜呑みにしたときに、仕方がないと判断する額としては丁度いい区切りなんです。

 違いますか?」


 まくしたてるヒロシの詰め寄り。

 敬語を崩さずにグイグイと寄って捲し立てる彼の威圧感に職員は遂に折れた。

 登録料の額を嘘だと白状した職員は、この場で書いた書類を持ってトボトボと事務室に歩いていていく。


(これが本来の城之内さんなのでしょうね。ブラフマンの見立て通り、彼にはこの世界の仕事があっているでしょうね)


 嘘を嘘と知っていたフェイトもこの場を営業スキルで切り抜けたヒロシを見直して、心の中で称賛を送る。

 正直なところ、ブラフマンの指示で彼に接触したときには、このような一面があろうとはフェイトは思っていなかった。


「例を言うぞヒロシ。危うく我の財産をギルドに奪われるところだった」

「例はいらないよ。むしろ俺のせいで取られかけたんだし」

「そう謙遜するな。それにしても主は面白いやつだな。さっきまでと口調も雰囲気もまるで違う」

「そうかな?」

「気づいていなかったの? あたしなんて最初にコイツをギルドに入れるって言った時点から気づいていたから、笑いを堪えるのに必死だったのに」

「なんで笑うのさ」

「いやだって……ギャップが凄くてさ」

「そんな」


 どうもヒロシの口調が変わったのは無意識だったようだ。

 それを笑われたことでしょんぼりとするわけだが、励ましの意味で抱きつく二人の柔らかい体がヒロシを元気づけた。


「そろそろ今日の冒険も一段落ですし、城之内さんにも一応確認させてください」


 元気づけによって有り余る元気でニヤけるヒロシ。

 そんな彼に、そろそろ頃合いかと、フェイトは仕事の報告を告げることにした。


「お試しで冒険者になって、いきなりフレアさんの抱えていた問題を解決したことには感服しました。まずはおめでとうと言わせていただきますね」

「こちらこそ」

「元をたどればヒロシを連れてきた主の貢献でもあるか。我も感謝しておるから、そう畏まらんで良い」

「一応仕事なので。それで……城之内さんはこれから如何いたしますか?」

「何を言っているのさ。あんたの仕事はヒロシに冒険者としての手引をすることだから、もうあんたの助けは要らないわ

よ。早くブラフマンのところに帰りなさいな」


 フェイトの仕事を理解しているからこそ、ホリィは帰れと言い放った。


「そうは行きません。明後日までに一旦城之内さんを元の世界に返して、その上で冒険者に転職をするのか決めてもらう規則になっていますから」

「規則、規則と……前の神託者のときも、あんたってうるさかったわよね?」

「仕方がないじゃない。下手に破るとあの野郎からネチネチと嫌がらせを受けるのは私なんだから!」


 鬱陶しがるホリィに対して、怒りのツボを突かれたフェイトの言葉が少し乱れた。


「アナタはそうやって不平不満を言えばいいだけですけれど、私はそのブラフマンと神託者の間を取り持つ中間管理職ですよ。双方からのクレームで押しつぶされそうな私の立場を知った上で、そういうことを言うんならば少し相手をしてくれませんか?」

「お! 喧嘩か。いいぞ、もっとやれ」

「煽らないであげてくださいよ、フレアさん。あのお姉さんも向こうの世界での俺と一緒で、この仕事で色々と溜め込んでいるようだし」

「だからこそ勇者で発散してもらえばよかろう。その隙にヒロシ……主は我と──」


 爆発して不満を漏らしたフェイトを煽るフレアの目的は抜け駆け。

 誘われたヒロシは初めての春の予感に生唾を呑み、言われるがままフェイトをホリィに任せてこの場を離れようとするのだが──


「「あんたらはそこに座ってて!!!」」


 それに気づいたフェイトとホリィは二人を怒鳴りつけて制した。

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