第3話 魔王城へ
ホリィが合流してほどなく三人はついに魔王城に到着した。
廃城という話の割には整ったエントランスホールがあり、噴水にも水が通っていて飛沫が上がっている。
宝の気配が漂うダンジョンらしさにヒロシの鼻息も荒い。
「ここが魔王城か。ワクワクしてきた」
「そうでしょう、そうでしょう」
ヒロシのワクワクは絵物語のようなコテコテのダンジョンに対してのものだがホリィは異なる。
隠れているモンスターどもをこれからヒロシと二人で殲滅することへの胸の高鳴りだ。
だが魔王城としては門前払いなのだろう。
エントランスにはひしめくほど多くのモンスターが現れた。
スライムは天井にも届きそうな個体が数匹。
他にはゾンビと小型のドラゴン、ゴーレムにスケルトンまでやってきた。
ここまで来ると狭くて身動きが取れなさそうだとフェイトが余計な心配をする間もなく、今度はホリィが実力を示す。
「風……炎……水……大地……」
ホリィが唱えているのは魔法を使うための呪文。
全てを唱え終えたホリィが右手を天にかざすと、円範囲に光が迸った。
術者が敵と認識した対象にのみ効果が発揮される光のエネルギーに襲われたモンスターたちは一網打尽で、奥にいた数体が前のモンスターを壁にしたことで生き残っている状態。
最前列のモンスターなど原型すら留めていなかった。
うち漏らしを見たヒロシはすかかず武器を構える。
そして狙いをつけて呪文を唱えた。
「光あれ!」
剣先から発射されたのはホリィが使った広範囲攻撃魔法と同じく光のエネルギー。
俗に言うゲロビ状態で最初の一体目に当てたヒロシがそのまま武器を横に凪ぐと、扇状の範囲のモンスターが焼き尽くされた。
本来このモンスター軍団はこんなに簡単に倒せるものではない。
今まで魔王城に挑んだ冒険者たちは、更に少ない数を相手にして返り討ちにあっていた。
楽勝の理由はヒロシの存在。
以前、別の神託者──元傭兵の相模と挑んだときよりも、ヒロシの存在がホリィの力を増幅していた。
ホリィはオーザムの神から「神託者と添い遂げることで力を増し、次世代の勇者を産み育てる」という啓示を受けて勇者になっている。
オーザムという世界の勇者は全員が神の啓示を受けており、プロットと呼ばれているこの啓示が達成されるまでは死ぬことすら許されない。
そのためホリィは神託者に固執していた。
前回の彼はプロットで指名された男ではなかったので力は増幅せず、反りも合わないことからすぐにコンビを解散している。
しかしヒロシはまだ出会って一時間にも満たないのに反りが合う。
彼がプロットによって決められた運命の相手だと確信した彼女に怖いものはない。
「誰かと思えば女勇者か。此奴が相手ではモンスターたちを無駄死にさせる結果になってしまったか」
モンスターが全滅したところで透き通った声がホリィに語りかけてきた。
フェイトとヒロシは「誰だ?」と心の中で呟くが、この声を知るホリィは啖呵を切る。
廃墟とされている今の魔王城を統べる彼女──フレアに対して。
「いいえ、危険なモンスターどもは駆除対象。どっちにしろあたしに倒されるべき相手だ。それよりも出てきなさいよ、自称魔王サン。あんたも一緒に駆除してやるからさ」
「自称じゃない! 我は炎の魔王ファイガードの一人娘フレア。我こそが当代の炎の魔王よ。そこの二人は無傷で人里に返すから、しっかりと我のことを吹聴しなさい。炎の魔王ここにありとな!」
「だったらさっさと姿を現しな。返り討ちにしてやるぜ」
「それは我のセリフだ!」
自らを魔王と名乗るフレアは怒っているのだろう。
自称扱いをして小馬鹿にするホリィに激昂した彼女は城の奥から姿を表した。
炎を背中から吹き出しながら、ジェット推進で進むフレアは当たれば轢き殺されそうだ。
自分に向かってきている様子ではないとはいえ、フェイトとヒロシも思わず身構えてしまう。
一方で二人のことなど眼中にないフレアは一直線にホリィに殴りかかる。
彼女は炎の魔王として、半年前の戦いでは決着つかずだったホリィをライバル視しているようだ。
そしてそれはホリィも同様。
不本意ながら倒しきれなかった宿敵への対抗策を持って戦いに挑んでいた。
「その程度の板切れ、何枚あろうとも破るだけよ!」
フレアの突撃に対して迎撃するホリィは、光の壁を魔法で作る。
単純な盾として使うだけではなく、フレアのようにスピードに乗った状態でぶつかれば自滅もありえる。
シンプルながらも効果的な攻防一体の選択を前にして、それでも炎の魔王は一歩も引かない。
加速のための背中の炎とは別に、攻撃のための槍をストレージから取り出した彼女は、一点突破で光の壁を突き破った。
穂先から伝わる手応えにフレアの口元が緩むのだが、それは残念ながら糠喜び。
「残像よ」
「そのようじゃな」
実はホリィが出した壁はもう一枚あった。
二枚目は防御力は殆どないがホリィの姿を投射している隠れ蓑。
入れ替わって後ろに回り込んでいたホリィは、手応えから勝利を確信した隙をついて背後から切りかかった。
ストレージから抜いた剣は女勇者専用武器EXカリ。
今はただの頑丈な剣に過ぎないが、勇者の操る光魔法と組み合わせれば魔王を討つのに充分な威力を持っていた。
「だが……それは汝も同じよ」
背後を取られて一刀両断にされたフレアだったが、それはすぐに雲散霧消して消え去る。
背後に回られてからホリィが斬りかかる瞬間の間に炎魔法で陽炎を生み出したフレアはそれと入れ替わっていた。
そこからは互いに残像合戦。
お互いに一見すると致命の一撃を入れているのだが、それらはすべて幻影である。
前回二人が戦ったときには、互いに相手に避けられ続けての千日手になった末、疲れ果ててお開きとなっていた。
今回は互いに相手に当てるための手段を用意していたので見ごたえは産まれたが、結局は直撃していないので千日手は変わらずだ。
前回の戦いにおいてホリィと組んでいた相模はここで二人の戦いを埒が明かないと判断して、漁夫の利を得るように動いて姿を消してしまった。
彼の場合はこの時点で既に冒険者としてオーザムへの移住が済んでおり、独り立ちしていたのもあったのだろう。
だが今日がデビューのお試し冒険者であるヒロシは違った。
それどころか、魔王の存在を深く考えていない彼の場合、完全に見た目でフレアのことを気にかけていた。
金髪で巨乳が嫌いな男などそうそう居ない。
「待った!」
そしてついに、ヒロシは二人の膠着状態を崩した。
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