第4話 妹、襲来

「ミコちゃんがサダヒコの家に住むぅ!?」


 保健室にいることも忘れて委員長が叫んだ。うるさかったのか隣のカーテンで区切られたベットからうめき声が聞こえてくる。委員長ははっと手で口を塞ぎ、声を潜めた。


「あ、ご、ごめんなさい……ちょっとサダヒコ、どういうこと!」


「いや俺は認めてないんだって。ミコが勝手に言ってるだけで」


「サダコの家にお泊り! あたしもあたしも!」


「ま……猫坂ねこさか。ややこしくなるから今はやめてくれ」


「サダコ今、まめって言いかけた? 言いかけたよね! もっかい言ってみて、ねぇほら! まめちゃんって!」


「はいはい、まめちゃんまめちゃん」


「わー! サダヒコがデレたー!」


 まめは両手を上げ歓喜の声を上げる。そのまま俺に抱きつこうとしてきたので、近づけないように手で顔を抑えた。


 ははは、単純なやつめ。ちっこいまめじゃ手を伸ばしても俺には届かないぞ。


 そんな俺たちの様子をミコは笑顔で眺めていた。ただその目は笑っていない。


「やだなー神さまのやしろに巫女がいるのは当たり前のことじゃないですかー」


「で、でも普通は住み込みじゃないでしょ」


「だよな。住み込みはない」


「サダヒコさまは黙っててください!」


 なんで俺だけ!? 反論しようとしたがミコに睨まれて声が出なかった。ミコと会話してるとき毎回叫んでないか俺……?


 手持ち無沙汰になってしまった。服の裾がちょいちょいと引っ張られて顔を向けるとまめがにへらと笑った。


なんだよ。笑えってことか? 試しに笑ってみると、まめは一度顔を普段通りに戻してから笑う。俺も同じように真顔にしてから笑って返す。その繰り返し。


 あはは……これ何?


 俺たちには目もくれず、ミコと委員長の口論は白熱していた。


「だーかーらー! いいですか! サダヒコさまは神さまになったばかりで力が不安定なんですよ。例えるなら蛇口が開きっぱなしみたいなものです! 開くたびに蛇口閉めるから私が常に近くにいる必要があるんです」


「あのねミコちゃん、そのサダヒコが神さまっていうのが信じられないの。嘘ついてるとは思ってないよ? けどせめて証明できるものとか欲しいなって」


「見えない人には無理ですー! そんなのできたら日本人がこんなに宗教観薄いわけないじゃないですか。悪魔の証明しろって言うんですか」


 ミコはそう言って、顔をそっぽ向けた。


 いや、神様と悪魔を同じ扱いするなよ。巫女が何罰当たりなこと言ってんだ。


「ミコちゃん。それはそうかもしれないけど、せめてどんな神さまとか」


「貧乏神です」


「ああ……」


「……委員長、今ちょっと納得しなかったか?」


「し、してない」


 つい口をはさんでしまった。委員長までそっぽ向くなよ。もうどっちも相手のこと見てないじゃねぇか。


 ミコが人差し指で唇に触れながら唸る。


「うーん……強いて言うならこの転倒の怪我も一応神さまの力ですね」


「なんだそれ、怪我するのが力なのか?」


「そうじゃなくてですね。えっと、なんて言えばいいんでしょうか……基本的に神さまの力って湧き出るものじゃなくて散らせたり集めたりするものなんです。サダヒコさまの場合は誰かが転んで怪我する結果を引き寄せちゃった感じですね」


 ミコの話に委員長はいぶかしげだ。当然だろう。言われたままのことを信じ切るほうが心配だ。そうなんだーと鵜呑みにしているまめみたいに。……この幼馴染はもう少し人を疑うようになってくれないものだろうか。


しかし他人の不幸を肩代わりするような力というわけか。それは、なんというか。俺は頭をかきながらぼやいた。


「よかったような、よくないような……」


「うまくコントロールできれば悪運をなすりつけたりできますよ!」


「できてもやらねぇよ!?」


 貧乏神通り越して疫病神じゃねぇか。


 どうしてとミコが首を傾げてるのが怖い。サイコパスかよ。委員長はなんか微笑んでるし、まめに関しては俺の頭を撫でている。えらいえらいって、やめろよ恥ずかしい。いくら手をどけても頭を撫でようとしてくる。


 わちゃわちゃやっていると委員長ははぁ、とため息をついた。


「仕方ないなぁ。本来なら、その。ふ、不純異性交遊どころじゃないけどさぁ」


「ええ……止めてくれよ委員長」


「と、泊めてって、それはわたしの家? そんな、駄目だよ。おとうさんもおかあさんもいるのに、そんな」


「……委員長?」


「へ……? あ。ああ! 違う! 違うね! 違ったよね!」


 あわてた様子で委員長は紅潮した頬を手で仰ぐ。なんだろう、すごくドキドキした。今はミコの刺すような視線にドキドキしてる。ハラハラもしてるけど。まめはきょとんとしている。


 ……まめのそういうとこ好きだぞ。


 委員長はわざとらしく咳をした。


「んん! とにかく電話しておくからねサダヒコ」


「電話……? ああ! そうかその手があったか!」


「へ? 電話って、一体誰の話をしているんですか? 委員長さん」


「あれ? 知らないの? サツキちゃんよ、サダヒコの妹さん」



 * * * * * *



「カオリお姉さまー!」


 学校が終わってから、俺とミコと委員長の三人は校門にいた。大声で委員長を呼んでいるあの少女を待っていたのだ。


 ポニーテールの金髪を左右に揺らし、大きな黒目を爛々に輝かせている。折り目のついた長めのスカートを邪魔そうにして走っていた。よれよれなソックスは恐らくルーズソックスだろう。右足のソックスは元の位置に戻っていた。


 雨字あめじ紗月さつき。見るからにギャルな妹がそこにいた。


「やっほ、サツキちゃん」


 両手を広げてやってくるサツキから逃げもせず、委員長は抱きつかれる。腹部に顔を埋める様はエイリアンの幼体に捕食されてるみたいだ。走ってきた汗が気になるのかサツキはすぐに離れる。ついでのように俺を見た。


「よ。兄ちゃん」


「おう。いやぁ……やっぱギャルだなお前……」


「はぁ!? どこが! お姉さまに会うからカラコン外してスカートも下げてソックスだって上げたし!」


「ソックス下がってんだよ……」


「ちょ、マ!?」


 慌ててソックスを上げようとして転ぶ妹に俺は頭を抱えた。スカートを長くしてなければパンツ丸見えだっただろう。


「昔はあんなに可愛かったのになぁ……髪も染めちまって……」


「何言ってるのさ、今のがかわいっしょ! な、兄ちゃん!」


「はいはい。かわいいかわいい」


「髪はセットしてるからやめて」


「……あ、はい」


 俺の頭を撫でようとした手をサツキが払いのける。


 昔は撫でて撫でてって言ってきたのに……兄ちゃん悲しいよ……。


「サダヒコは本当にサツキちゃんに甘いね」


「なんだよ。こんなに可愛いだろ」


「……い、委員長さん。サダヒコさまが変です」


「シスコンっていう病気なの。そっとしてあげて」


 ミコが信じられないものを見たような目で俺を見てくる。なんでだ? ただの温かい家族の邂逅だったろ。


「サツキちゃん。こっち肌の白い子がミコちゃん、仲良くしてね」


「うん! 兄ちゃんが神さまになったから、その巫女さんっしょ! これから一緒に住むことになるって聞いてるし。アタシ雨字紗月。よろしく!」


「はい、よろしくお願いしますサツキさん。神宮じんぐうみい子です」


「わたしから電話しておいて言うのもおかしいけど、サツキちゃんよく信じたよね。サダヒコが神さまになったとか、巫女がおしかけてきたとか……」


「お姉さまの言うことに嘘なんてないです!」


 曇りなき眼でサツキが言った。ミコが委員長の服の裾を掴んだ。


「委員長さん、この兄妹おかしいです!」


「ミコちゃんに言われたくないと思うよ……?」


「そうだよ。一番ミコがおかしい」


「サダヒコは黙ってて」


「そうです。兄ちゃんは黙ってて!」


「サツキちゃんもね」


「はい! お姉さま!」


 俺たちを交互に見て委員長はため息をつく。俺とサツキは互いに首を傾げていた。

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