第30話 秘密兵器
俺たちは希望を持って眠りにつき、朝を向かえた。
予感が告げている。今日は全てが決まる日だ、と。
……これも神さまの力というやつなのか、それとも俺の思い込みか。
律は
陰鬱な気分だが表には出さないようにして俺は食卓についた。
今日で死ぬかも知れないと思うと、みんなで食卓を囲むこの時間がなんとも愛おしい。寝ぼけた顔で妹のサツキがあくびして、ミコが飯よそってくれて、栖孤がドカ食いして……食い過ぎじゃないか? 俺の視線に気づいてか、栖孤が口を開いた。
「思ったんだけどよー、奴に巫女けしかければいいんじゃねーか?」
だいぶ最低な提案に俺は顔をしかめた。ミコも複雑な顔をしている。戦うことに忌避感があるのだろう。無理もない、ミコは律と楽しそうに会話していた。
「あー……栖孤。言いたいことはわかるぞ? 律は人間は殺さないって言ったからミコをぶつけるってことだろ。それは却下だ。ミコは戦わせない」
「さ、サダヒコさま! 私戦います!」
「ほら。ミコもこう言ってることだしよー、対人でも戦力としては申し分ない。サダヒコも昨日見てただろー?」
「見てたからだよ……日本刀相手に素手で突っ込む奴を戦わせるわけないだろ」
「え、ヤバ!? ミコちゃんそんなことしたの!?」
ぼんやりしていたサツキですら一気に目が冴えたようだ。巫女のアレには本当に肝が冷えた。いくら強いからって無茶はしないで欲しい。
「でもサダヒコさま。ちゃんと理に叶った戦法なんですよ? 刀みたいな長物には距離を詰めるんです。その方が安全とまで言えます」
「死中に活を求めるみたいに言われてもなぁ……危険には変わりないだろ」
「うーん。じゃあ私も武器を持ちますから! それでいいですか?」
「武器って、相手は日本刀だぞ? 何持つんだよ」
「ふふふ。ちょっと持ってきますね」
持ってくる? 家に武器になりそうなものと言ったら包丁くらいのものだ。
だがミコの向かった先は自室。ガサゴソ音がして布にくるまれた長い棒状の何かを持ってきた。先端だけ妙に厳重に巻かれていて厚みがある。ミコが固定していた紐を解くと鞘が付いており、抜くと白刃が露わになった。
「じゃーん! 薙刀です!」
「なんでそんなもの持ってんの!?」
「妖怪退治用ですよ。入り用になると思って前におじいちゃんに持ってきてもらってたんです。あ、勿論ちゃんと扱えますよ」
「妖怪退治って……あー」
「あ? なんだよーサダヒコ」
「い、いや。なんでも」
横目に栖孤を見るがポカンとした様子。気づいてないみたいだが、アレたぶん栖孤対策の武器だぞ。サツキは「ヤバ! モノホン? 触っていい?」とはしゃいでいる。
「とりあえずミコの意思はわかったよ。 薙刀が使えるならミコにも手伝ってもらおうかな。それ鞘は固定できるか?」
「どうでしょう? 普段そんな風には使ったことので……やってみますね!」
「おいサダヒコ。まだ手を抜くってのか?」
「栖孤、手は抜かないよ。全力で律を止める」
「……アタシは殺す気でやるからなー」
そっぽ向く栖孤に俺は苦笑する。非難する気はない。実際、殺るか殺られるかになるだろう。でも方針は決めておかないとな。
「さて。一応確認しとくか。俺たちの勝利条件は律から刀を奪うことだ。何でも切れる妖刀、それさえなければ律は妖怪や幽霊が見えるだけの普通の人間だ」
「何でも切れるって……それ! その刀を使えば私のお母さんを救えませんか!?」
「ミコ。それは俺も考えたけど、問題がある。俺は刀に律が操られてると思うんだ」
「おいおい。奴の動機も過去もお前が聞き出したんだろー? 奴は自分の意思で殺してる。それはお前が一番わかってるはずじゃないのか」
栖孤が指を額にぐりぐりと押し付けてくる。頭蓋が凹みそうだ。俺は頭を後方へ逃がしながら答えた。
「ちょ痛い痛い痛い! ……お、おかしいんだよ! 律は刀を握ってからせいぜい三ヵ月、それで重い日本刀を自由自在に操ってるのは異常だ! 律はずっと教団に囲われていたから剣道を習っていたとも思えない!」
「あー……言われてみれば、確かにおかしいかー? 人間だもんな」
栖孤はぱっと指を離した。俺は額を押さえて呻く。
律の事情については話していたのに同じ発想に行きつかなかったのは、栖孤が妖怪だからか。律は人間味に溢れてるから、つい人間目線で話してしまう。
「そういうことでしたら刀はひとまず回収するだけにしましょうか。先代の貧乏神さまを殺した刀とのことですし、用心をし過ぎるということはないでしょう」
「……ん? おい巫女。あの
「いえ。私は先代さまが血を流して倒れているところに駆けつけまして。体も冷たくて、すでに息はありませんでした。それがどうかしましたか? 栖孤さん」
「それからどうした?」
「丁重に埋葬しましたよ。当たり前じゃないですか」
「どうかしたのか? 栖孤」
「……いや、何でもない。ちょっと気になってな」
栖孤は口元に手を当てて難しい顔をしていたが、すぐに普段通りに戻った。なんだというのだろう。
ああそうか。墓参りしたかったのか。栖孤は先代のいた祠に行っていた。きっとあそこが墓だと思ったんだろう。でも丁重に葬ったってことは違う場所に墓があるんだろうな。
……わざわざ確かめるのは野暮か。
時計を見ればもう家を出ないとまずい時間だ。
「おっと時間だ……! みんな準備して学校行くぞ!」
「えー? 兄ちゃん狙われてるのに高校行くの? やめときなよ」
「家の場所バレてるんだよ。高校の方が安全なんだ」
心配そうにするサツキの頭を撫でる。いつもは手を払いのけるのに、今日はやられるがままだった。
「心配すんな、今日で決着をつけるよ」
「お? また逃げるもんだと思ったんだけどな―、やる気まんまんだったのか?」
「俺がそんな勇猛に見えるか? 栖孤。仕方なくだよ。委員長に福の神の力を目覚めてもらうにしても、律の粛清対象は妖怪、幽霊、そして神さまだ。委員長まで狙われることになる。だから、やるしかない」
「サダヒコさま! そんな急がなくても大丈夫ですから、もっと慎重に……」
「ミコのおかあさん、もう
俺がそう言うとミコが言葉に詰まった。もう時間がないとは感じていたから鎌をかけてみたが……やっぱりか。そうじゃなければ俺の力が不確かな状況で母親の元に連れていくはずがないもんな。
顔をしわくちゃにしてミコは泣きそうになるのを堪えていた。
「そんな顔するなよミコ、美人が台無しだぞ。それだけが理由じゃない。なんか起きたときから今日で決着がつく気がしているんだ」
「う……く、口説き文句を言うなんて、酔っぱらってるんですかサダヒコさま」
「はは、俺は未成年だよ」
「ぷぷ、顔真っ赤! かっこつかないなー! よわよわおにーさん」
「うぉおおお!?」
いきなり耳元で声を掛けられ、ばっと飛び退く。そこにはちび妖怪のザコちゃんが浮いていた。
「あーびっくりした……なんだ。ザコちゃんか」
「ちょっと!? なんだってなによ! 命の恩人でしょー!?」
「え、何? 何かいるの?」
「ああそっか、サツキには見えないんだった……ザコちゃんだ。前に話したろ?」
せっかくかっこつけて家を出ようと思ったのに、何だか気が抜けてしまったな。
「ねぇねぇ! おにーさん、バックの中みたー?」
「なんだよザコちゃん。バック変えたから、忘れ物ないかってことか?」
昨日、律に真っ二つにされたから俺は鞄をリュックサックに替えていた。教科書やノートだけでなく、一緒に持っていた体操服まで切断されたのは本当に許せない。解決したら律に文句言ってやる。
「そーじゃなくて! 中見てよーほらはーやーくー!」
くそ、遅刻しそうなのに何邪魔してきてんだコイツ。
仕方なく背中のバックを下ろして中を開いた。入っていてはいけないものを発見して俺は絶句する。
「……来いザコちゃん。お説教だ、遅刻なんか知るか」
「ぎゃー!? ちょ、違う違う! 違うから! これを使ってから神さまの力使えば、きっとうまくいくからー!!」
「だとしてもこれはないだろ!? ふざけんなコレ学校に持っていけってか!?」
「どうしたんですか? サダヒコさま?」
「そーだぞ。見せてみろよ?」
俺は鞄をぎゅっと抱いてミコと栖孤から距離を取った。コレだけは見せられない。
「いや、待て! 見るな、これだけは見るな!!」
「おい。ザコちゃんよー? お前何入れたんだよ」
「えー? それはねー」
「言うなよ!? ザコちゃん、絶対に言うなよ!? あと、ほら。遅刻だ! 行くぞ!」
「ちょ、ちょっと! 待ってくださいサダヒコさまー!」
俺はバックを抱えて学校へと走り出す。畜生なんでこんな目に。
最悪な一日が今、始まった。
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