捜査、そして驚愕
件の財務大臣は、急に現れた騎士団に慌てふためいていた。令状と国王陛下からの勅書を差し出されても、顔面を蒼白にさせて立ち尽くしている。
屋敷を取り囲んでいる隊と差し押さえられた物を運び屋敷の人間を見張っておく隊。俺が率いる隊は、主に屋敷に怪しいものがないかを探索する役目を任された。
(しかし、広大だ)
俺の屋敷の何倍あるのか、考えるのも馬鹿らしくなる。屋敷内に置いてある調度品、家具や宝石も多数あったがどれも豪華なものだった。長年蓄えていた不正な金銭で手に入れたのでは? と疑うに値する贅沢ぶりだ。
捜索を続けていると、アランに呼ばれた。来てほしいところがあるとのことなので付いていくと、馬小屋だった。
「ここになにがあるんだ?」
「いや、もしかしたらあるかもしれないっておもっただけなんだけど」
話を聞くと、騎士舎のと比べてもおかしなところはなかったため、後回しにしようとした。だが、外にいてもわかるくらい馬はどれも落ち着きがなかった。最初は騎士団と使用人達の空気を敏感に感じとったせいだとおもっていたが、中に入ると必要ない道具が置いてあったり、独特の匂いの中にもおかしさがあって違和感を覚えた。
なによりも、馬を観察していると入れられている馬房から出たがっている素振りをしていたという。
こういうときのアランの勘は、良く当たる。何気ないところに注目し、疑問を抱く。そのおかげで何度も解決に繋がった事件があった。
何人かの隊員と共に、馬房を調べる。馬を出してから藁をどけると石畳の一部が不自然に取り外せそうになっていた。
「これは・・・・・・・・・・・・・団長に知らせろ」
「はい!」
事態を把握した部下が、飛びだしていく。部下達に指示を切り替え、取りだした物を並べていると、すぐに団長が切羽詰まった様子で駆け込んできた。そして今もなお続々と取りだされていく物を唖然と眺めながら駆け寄ってくる。
さもありなん。隠されていたのは、とんでもないものだった。
大小様々な銃や剣、そして樽の中にはぎっしりと詰まった火薬。油。折りたたまれたクロスボウ。武器だ。
「もしかすると、まだ屋敷中に隠されているかもしれません」
「ああ、そうだな。だが、これは流石に。うむぅ・・・・・・・・・・」
苦虫を噛み潰したい表情だが、必死に平静を取り繕おうとしている。単なる不正、横領ではなかったということだ。この大量にある武器を使って、大臣はなにかをしようとしていた。
「大臣は今どちらに?」
「使用人達と一緒に、応接室に押しこめてある。すぐに連行しよう。隊舎に誰か送って増員を」
銃声が響いた。
一発だけではない。何度も。それを合図であるかのように、荒々しい破壊音、けたたましい争闘の気配が。
「いくぞ!」
「はい!」
すぐに団長達とその場にいた全員でむかうと、使用人達が武器を手にそこら中で暴れ回っている。抜剣し対抗するが遠くから狙い撃たれる。
(屋敷の内部にも武器が隠してあったのか!)
だが、やはり戦闘に不慣れなのか命中はしていない。建物内での死角、装填の間隙を突くと、脆くも形勢は逆転していく。何人かは窓を蹴破り逃げていくが、どちらにしろ敷地からは脱出できないだろう。
「逃げる者は放っておけ! それよりも大臣だ!」
団長の掛け声に、遅ればせながら気づく。抵抗している者達の中に捕らえていたはずの大臣らしき姿はないということに。
「エリク隊長! 大臣を追え!」
「は! アラン! 何人か連れてこい!」
「おう! ついてこいお前等!」
ポンメルで相手を殴り倒すと、そのまま駆け回る。続々と増えていく騎士のおかげで終わりかけている戦闘を尻目に奥へと。
応接室に辿りついたが蛻の殻。破壊された家具や弾丸によって血に塗れている床と倒れている何人かの騎士。そして
「くそ、どこに行った!?」
「隊長、あれを!」
開け放たれた窓から、カーテンとシーツが幾重にも結ばれ形成された一本のロープが垂れ下がっていた。壁と手摺りには血を踏んだからだろう、赤黒い足跡が。すぐ真下の地面にも同様のものがしっかりと残っている。
その先は庭園が広がっていて、まさかの事態に散らばっているのか他の隊も見当たらない。
「くそ、上手く囮にしやがったってことか!」
アランの言うとおり。敢えて最後まで残っていた大臣は、使用人達に注目させている間にここから逃げおおせたということだろう。
「降りるぞ!」
億劫になって窓からそのまま庭園へと降り立った。これほどの高さから飛び降りる訓練は常時しているため同様に降り立った隊員達もすぐに立ち上がる。
足跡を追っていたがいつしか途切れた。しかし踏み荒らされた花壇、その先に続いている折れ曲がり踏み潰されている花にアランが気づいた。その痕跡を辿っていくと庭園を抜けてぐるりと見回す。
「おい、いたぞ! あそこだ!」
「ひい、ひ、ひいいい!」
いざというときの脱出路。というにはあまりにも稚拙だ。鉄柵の一部分が大きくくり抜かれたように切り取られ、そこから抜けだそうと大臣が藻掻いている。
しかし、よほど慌てているのだろう。衣服の一部のみならず、体が上下左右に引っかかっていて前にも進めず、後ろにも戻れないようだ。
「大臣。もう無駄です。抵抗はやめてください」
「くそ、うるさい黙れ!」
近づきながら合図して取り押さえようとするが、見苦しくも足をばたつかせる。まるで駄々っ子を相手にしている気分に襲われる。
「ぐあ!」
悲鳴、次いで叫び声。そして肉と皮を絶つ切断音と金属音。振り向きざまに迫ってくる刃と何者か。横薙ぎにブレイド(刀身)で受け流し、体勢を向け直す。逆手に握り、ガード(鍔)でそのまま押えこむ。
「お前は!」
身をダガーを引っこめながら身をしゃがませ、そのまま何度か打ち合う。アランも斬りかかるが、軽やかな身のこなしで剣戟を避けていく。
「どうしてここにいる!?」
見覚えのあるフード。そして短剣の捌き方。特徴は一致しているが、こうして刃を重ねたからこそ肌でわかる。シャルを襲った刺客だと。
距離を取りながら、ジリジリと対峙する。硬直した時間は爆ぜ、アランと分かれ大臣、そして刺客にそれぞれ駈ける。しかしアランのロングソードを受け流しながら、なにかを眼球に擦り付ける。大きく叫びながら仰け反ったアランの襟首を掴み、そのまま何度か回転しこちらに投げつける。
「げ!」
体で受止めると、そのまま刺客は頭上へと飛ぶ。視線で追いながらロングソードを片手で振るがクルンと身を翻す。しかもフードを奪うという軽業師もびっくりの所業。
同時に遮られていた太陽の光をいっぱいに浴びた網膜が、眩んだ。
「ぐ!?」
踏鞴を踏んでいるとばふ、ばふという音と頭部を中心に何かが投げつけられていく。途端に目を中心に異変が生じた。
「な、ぐ、おお!?」
猛烈な、とした独特の刺激が痛みとなって角膜で暴れ回る。瞼を開けようとしても、目が滲みて叶わない。
「ぐ、くそ!」
闇雲に手を、剣を振り回す。なにかを掴んだが、そのままビリッと引き裂いた感触がした。そしてすぐに打撃をあちこちに叩きこまれて呼吸と身動きが自由にできなくなる。
「おい、なにをしている! さっさと助けろ!」
「く、」
足音と、ドタバタとした喧噪。聴覚を頼りにしにじり寄りながら手繰るように這いずり回る。
「エリク隊長! アラン副隊長!」
「だ、団長! 大臣が! そこに!」
「なに!? どこだ! どこにいる!」
視界をやっと、なんとか取り戻したときには、もう遅かった。ぼやけた風景に、二人はもうどこにもいない。
「くそ、逃げられたか・・・・・・・・・・・・・」
「申し訳、ございません」
「仕方がない。だが、すぐに見つけられよう。それよりもまさか二人が遅れをとるとはな。一体どうした?」
「そ、それは、へくしゅん!」
「へくしゅ!」
「? これは・・・・・・・・・・・・・」
アランの顔についているものを指で掬い、鼻をひくつかせる。
「胡椒じゃないか」
「こ、胡椒?」
「俺達、そんなものに翻弄されたんで、ぶえっくしょ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・随分と家庭的な刺客だな]
逃走した大臣は、そのまま捜索されることが決り、残った俺達は事後処理に追われることになった。
怪我人の手当と死亡者の把握。捕らえられた使用人達の人数と発見された武器の捜査。大臣の屋敷は瞬く間に厳粛な空気に飲み込まれていく。
交代に来る隊に引き継ぎをして帰投するまでに不正の証拠と新たに発見された武器の数は夥しいものになっている。
「なあ、エリク。とてつもないことが起こってないか?」
「ああ」
王女の暗殺、そして不正していた大貴族と共に消えた刺客。言葉にしなくとも、一緒に引き上げているアランも予感せずにはいられないんだろう。
一連の騒動は、全てが繋がっていると。
アランが言った、とてつもないこと。それの正体はまだ不明だ。だからこそ疲労困憊の体から気が抜けない。むしろ血を見る戦いから間もないからか昂ってしょうがない。
「そういや、お前なにか奪ってたよな?」
「ああ、これだ」
懐から取り出した証拠品の一つ。逃げる前の刺客から奪った形になった、小瓶。蓋を開けるとすぐさま甘ったるくてかぐわしい香芳が漂う。
「香水、か?」
なんでこんなものを。アランの呟きに同意する。最初に襲撃されたときも、刺客からはこの香水と同じ香りがした。
だが、どうしてこれを所持していたのか。わざわざ持ち運びするようなものではないのに。
(シャルは、大丈夫か?)
まさか居場所までも知られたとはおもえないが、心配で仕方がない。とてつもないことは、いつ何時シャルを無慈悲に蹂躙するとも限らないのだ。
(もしも居場所が知られたら?)
なにががあるかわからない。こうなることさえ見通せなかったのだ。
いや、既に知られているとしたら。もしもこうしている今、シャルが危機に陥っているとしたら。
そして、命を落としたとしたら。
ズキン。
想像するだけで胸が、この全身が、ズタズタに引き裂かれそうになった。
(会いたい)
今すぐ屋敷に飛んで帰りたい。無事であることをたしかめたい。
(なんだこれは・・・・・・)
それは、この俺エリク・ディアンヌにとって相応しくない憂悶だった。
職務とも忠誠とも騎士道とも乖離しすぎている。常に自分の生き方と思考を定めた指針とも違う。
消し去ろうとしても、自戒しようとしても、疼きのように苛み続けた。
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