王宮へ。荒ぶる国王
王宮前に到着して、ようやく生きた心地を取り戻すことができた。屋敷から逃げるように飛びだしてからこちら、満足に呼吸すらできた記憶が無い。
こちらを怪しんでいる衛兵に名前と身分、騎士の証である銀製時計を示すと厳かに通してくれた。歩きながら乱れを整えるが、できればフードも取りたくてしょうがない。
篭った乱れた吐息と苦しさ、顔中の体毛を湿らせべっとりと貼りつく熱さ。新鮮な空気への渇望。なにより案内をしてくれる妙齢の侍従の不審者を見る視線。いかんともしがたい。
しかし、これから会う人物のことを考えれば憚られる。
「失礼ですが、何故私が呼ばれたのでしょうか」
元々王宮に赴くつもりであったから手間が省けた・・・・・・・・・しかしまさか使者が屋敷を訪ね王宮に来るのは想定外だった。
それも、命令という形だ。詳しい内容も説明されることなかった。騎士になにか命じるのだったらまず騎士団、団長を経由するというのに。
まぁ、おかげでシャルから逃げることはできたので助かったのだが。
「直接お話するでしょう。私もどのような内容かは聞かされてはおりません」
つまりは内密。おいそれと他言できないことか。
案内されたのは王宮の奥も奥。おいそれと立ち入ることが許されない国王をはじめとした王族のプライベートに当たる場所だ。一頻り歩くと、侍従がある一室の前に立ち止まり、訪いを。
「入るがよい」
扉のむこう側から低く唸るような返答があり、自ずと居ずまいが正される。
「エリク・ディアンヌ。お呼びにより参りました」
いたのは老境に達した男性。しかし鷹を連想する鋭い瞳に喉仏まで隠すほどの白い髭の持ち主だ。身につけているガウンとレガリアにも負けない威風堂々とした気迫。傅かずにはいられない。
この部屋の主。そして俺をここにわざわざ呼びだした人物にしてレヒュブルク王国の頂点に君臨し、忠誠を捧げる。
国王陛下その人である。
自分のような騎士には一目、相見えることすら難しい。恐れ多い方だ。
「外せ」
「は?」
「顔を見せよ」
それが命令で、なんのことを言われているかわかってもすぐにフードを外すことができなかった。躊躇いが生まれて、非礼にあたると決心がつくまで時が必要だった。
異形の風体を晒しても、ギョッとすることも目を背けられることもなかった。只興味深いという具合に少しばかり目を細めさせた。
「そうか・・・・・・・・・・・・噂どおりだな」
「は」
「ふむ、よし」
「死刑」
「・・・・・・・・・は?」
「打ち首。首は七日ほど王宮前に晒せ。その後遺体は八つ裂きにして街で制札とともに吊しておけ」
「お待ちを」
「一月したあとは野に打ち捨ててしまえ」
「お待ちを!」
護衛、そして侍従だろうか。後ろに控えていた数人は一人を除いて非常に困惑しながらこちらに近づいてくる。
待て、待ってくれ。何故いきなり呼びだされたのか。そしていきなり打ち首になるのか。いつ命を落としてもかまわないという心構えはしていた。しかし。だがしかし!
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! ええいもうよい誰ぞ剣をよこせ余自らがぐおおおおおおおおおお!! この不調法者をぬがああああああああああああああああああああ!!」
荒ぶっていらっしゃる。為政者としての威厳もなく、王族としての誇りもかなぐり捨てて人間らしい見苦しさを剥き出しにしておられる。
「陛下、お待ちください! 何故私が首を斬られるのですか」
「黙れいっっっ! 言い訳無用! まさか身に覚えがないとは言わせぬぞ! 貴様のような輩がよもや、よもや・・・・・・・・・! 我が宝を・・・・・・・・・!」
「宝?」
「我が愛娘のことだっっっっっ!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ふぅー、ふぅー、! と血の涙すら流しそうな鬼気迫る表情。憎くて憎くて仕方がないという悪魔をおもわせる吊り上がった目つき。
「陛下。愛娘とは、シャルロット王女殿下で?」
「そうだっっっ! シラを切りおってからに! 貴様の元におるのであろうがっっっ!!」
「やはり・・・・・・・・・・・・」
「なにを得心しておるかああああああ!!」
「へ、陛下!」
「おやめください!」
制服の襟を掴み、ガックンガックンと揺さぶられる。恐れ多く、また放心するしかなく、されるがまま。撒き散らされる唾がかかる。どうする? そんなことを言っても・・・・・・・・・と目で語り合っている後ろの人達にも期待はできなさそうだ。
「どこまでいった!! なにをした!! なにをするつもりだあああああああ!!」
「な、なにも、まだ、しておりま、せんっ!」
「まだだとおおお!? 騙るに落ちたなああああ!! いずれ手を出すつもりだということであろうがあああ! 皆の者聞いたであろうう! 斬れ、斬れ! こいつは今自らの罪を認めたぞおおおおおお!!」
「おい、父上を押さえろ」
「あ、はい!」
「ぬを、これ! なにをするかあああああ!」
数人で背後から抱きかかえられながらも抵抗し藻掻く様子はまるで駄々っ子だ。
「そこまでにしてください父上。話が進みません。お気持ちは察しますがそんなことのためにエリクを呼んだわけではないでしょう」
「ぬ、ぬぅ・・・・・・・・・・・・ふー、ふー・・・・・・・・・」
微笑みながら国王に代りきたのはずっと沈黙を守っていた端正な顔立ち。服装や立ち居振る舞いから他の者達と一線を画している。
「シャルロットの兄、ウィリアムズだ。ああ、挨拶はいい」
「は、いえ。助かりました」
「さて。エリク。君をここに呼んだのは理由がある。先程父上が申したことなのだが。そなたの屋敷に王女、シャルロットがいるな?」
「は」
荒ぶっている国王とは正反対、気品に満ちていて驕ることもなく尊大さを示すこともない王太子は落ち着いていて優しげな顔立ちに、つい安心してしまう。
「他言無用だが、シャルロットを離宮に移すというのは嘘。刺客や敵を誘うためのはったりだ」
「やはりそうでしたか」
離宮という一番王女がいそうな場所に置かず。一番いなさそうな場所に移す。身を守りつつ敵を捕らえるための策だったのだ。
「ああ。私と父上、そして周りの近しい者は王宮内に刺客、そして指示した真犯人がいると睨んでいる」
「では、私の屋敷にシャルロット王女を隠す場所に選んだと?」
「ああ、そうだ。というよりも・・・・・・・・・・・・選ばざるをえなかった」
「?」
「そうだ。君は勤勉で真面目で優秀な騎士と聞いた。更にはシャルロットもそれを認めている。加えて・・・・・・・・・・・・君にとっては喜ばしくない噂も、敵を欺けるとおもった」
話しぶりに歯切れの悪さを覚えたが、すぐに消えた。呪われ騎士。忌まわしい風聞。おぞましい見た目の化け物。騎士とはいえそんな男の側にまさか一国の王女がいるとは誰もおもわない。そんな狙いがあったのか。
こんな形で呪われたことが役立つとは・・・・・・・・・・。皮肉なものだ。
「それに、妹もそなたを信用している。身を挺して賊と戦い、守ってくれたとな」
「もったいないお言葉です」
「余は認めておらんぞ! くそがあああああ!」
陛下があんな風に荒ぶっているのは親心としてか、それとも一国の主だからか。大切な娘が呪われている男の側にいるのが不安だからだろう。それにしては感情的すぎる気がするが。
「は。納得ができました。しかし、一つだけわからないことがあります」
「ん? なにか?」
「どうして事前にそのように命じてくださらなかったので?」
「それは・・・・・・・・・・・・」
「そうであればシャルロット王女が女中として雇われに来たときも、きちんと応対できたのですが」
「ん?」
「それに、何故私にも身分と名前を偽っているのか」
「んんんん?」
意味がわからない、どういうことだ? とばかりに。首が折れてしまわれないかという具合に傾けている。そうされても、こちらとて同じ気持ちなのだから困ってしまう。
「シャルロットは、君に伝えていないのか?」
「はい」
「・・・・・・・・・・・・・なにも?」
「は。ちょうど募集していた女中としてやってきて、昨夜顔を合せました。すぐに王女だとわかったのですが、本人は知らぬ存ぜぬで通そうとしております」
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~ん・・・・・・・・・・・・・・・」
「そのため、私もどういうことかと、王宮にて尋ねようとしていたのでございます」
「うううううううううううううううう~~~~~~~~~~ん・・・・・・・・・」
苦笑いしながら腕を組み始めた。ウィリアムズ様ももしやわかっていないのだろうか?
「見せてやれ。ウィリアムズ。あれを」
「父上。しかし――――」
「そうすればこやつもわかるであろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
懐から徐に取りだした紙片、くしゃくしゃで所々滲んでいて破れているのは誰かが力を入れすぎたからだろうか。鼻水や水を垂らしてしまったからだろうか。そんな想像をするのは造作もなかった。
「昨夜シャルロットの寝室に行くと、この手紙が残されていた」
「拝見いたします」
『お父上様。兄上様。親不幸な娘をお許しください。されど私はいてもたってもられないのでございます。あの御方の元へ行くことができぬのであれば私の胸の内に膨らむばかりの初めて感じるこの心に押しつぶされ、刺客の手によらずともいずれ死を迎えることとなりましょう』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
『シャルロットは幸せになります。どうかご心配をなさらないで』
「こういうことだ」
「どういうことで?」
手紙に書かれている内容の意味を介せなかった。
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