第2話

「どう責任を取るつもりだ。これが不貞でなくてなんという? つまり妻と君は、私を差し置いて気持ちが通じ合っているということだろうッ!? 恥を知れ!」


 叫んだ瞬間、伯爵に肩を抱かれていた夫人がすすり泣きながら「あなたやめて。このひとのことを責めないでください」と言った。

 固まっていた中将はそこでハッと我に返った様子で、抑制の効いた声で言った。


「気持ち、通じてはいないですね。いないです。いまの流れでどうしてそういう結論になるのかさっぱりわかりません。落ち着いてください」

「貴様、まだそんなことを言うのか! 私の妻をなんだと思っている!!」

「なんとも思ってません。思っていないので、できればお二人で話していただけませんか。俺全然関係ないです。本当に、何一つ関係ないですしご夫婦円満を強く願っています」

「私の妻を泣かせておいて、なんとも思っていない、だと……!? それでも貴様、男か!!」


 一言何か言えば、すぐに拾われて火種となり燃え盛る。

 かと言って、何も言わなければありもしない不貞をでっちあげられる。

 手の施しようのない修羅場。

 中将は辟易とした様子で唇を引き結び、一瞬押し黙った。


(見ていられない……)


 折悪しく。

 アークライト中将の真横にいるときに騒動が始まってしまい、動くに動けなくなっていたオーレリアは、目深にかぶったフードの影で息を止めたまま青ざめていた。

 クリス・アークライトは、王宮所属の魔術師団で働くオーレリアとは広義の意味で同僚。顔見知りの仲であり、この日は他の同僚たちとともに、要人多数出席の茶会の警備任務にあたっていた。

 打ち合わせで会話を交わしてはいるが、とても仲良しなどといった間柄ではない。


(助けてあげたいけど、機転がきかないです、ごめんなさい~~~~!)


 元来、オーレリアは魔術師としての腕前はともかく、人間関係の機微には疎い自覚がある。

 それこそ、任務で暴れている九竜大蛇ヒュドラを討伐しろと言われれば「命に代えてでも……!」と勇んで飛び出して行くが、他人の色恋沙汰など一転して無理無理の無理だ。

 どうにかこの場が収まってくれないかと願うばかり。


 しかし、中将がどう理屈で話しても、伯爵夫妻が理屈ではない。話が通じない。この状況を一言で表すならば「無理が通れば、道理が引っ込む」であろうか。

 あまりにも夫妻が堂々として不貞を告発しでっちあげているだけに、初めからつぶさに会話を追ってでもいない限り、中将にも非があると勘違いするひとは出てきそうである。


 耳を澄ませば「何? どうしたの?」と肩を寄せ合い扇の影でひそひそと話す御婦人方の声。「中将殿、遊びならもっとうまくやりたまえよ」と嘲るような紳士たちのせせら笑い。「手袋を叩きつけた以上、もはや決闘やむなし」と話し合い、決闘会場設営の算段を始めている衛兵たち(それは流石に気が早いのでは)。

 あっという間に、中将が何かやらかしたらしい、という空気になりつつある。


「私がいけないんです、あなた。あなたというひとがいるのに、この方に心ひかれてしまった私がいけないんです……!」


 伯爵夫人が、あられもなく泣きじゃくりながら伯爵に取りすがる。発言そのものはまったくもって正しく、何一つ間違えていない。

 その肩を抱き寄せ、背中をさすりながら伯爵が何度も頷きつつ言う。


「ああ、しっかりしなさい。君が心映えの優れた気立ての良い女性であることは私が一番にわかっている。そんな君に想いを寄せられて、これほどまでに冷たく振る舞えるだなんて、あの男はどうかしている」


 あなた……! と感極まったようにむせびなく夫人。ひしっと抱き合う二人。

 もはや何を見せられているのかさっぱりわからない。

 そこに「中将ー」と声を上げながら近寄って来る軍服姿の下士官がひとり。


「一触即発の愁嘆場で、決闘になりかけているってすごい騒ぎになってますけど。急遽決闘用のスペース作ったんですけど、このまま決闘しますか?」


 言われたアークライト中将は渋面になって「何もかもがおかしい」と呟いた。


「おかしいって。何がです? 中将、人妻に手を出してしまったんでしょう? 言い逃れは見苦しいですよ、往生際が悪いです」


 部下らしき相手から、しら~っと白けた態度で応じられて、明らかに中将はむっとしていた。それはそうだ、明らかに勘違いに基づいた批判なのである。

 もはや自分がどうしてここにいるのかも忘れ、いたたまれない思いでオーレリアは「本当にご愁傷様で……」と呟く。

 それが折悪しく、中将とその部下の注意をひいてしまった。



 ☆ ☆ ☆



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る