飼い犬と一緒にゲームの世界に転移したらオッサンな飼い犬とイケメンに出会っちゃいました!?

あずさちとせ

第1話 神との邂逅

 気がついたらそこは真っ白な世界だった。

 大沢葵はキョロキョロとその白い世界を見回す。どこまでも真っ白で果てが見えない世界。(なんだろう、ここは…。ええと私、さっきまで何をしていたんだっけ?)と、記憶を引っ張り出す。


 葵はさっきまで、飼い犬のアンディと夕方の散歩に出かけていたはずだった。近場の大きい公園をぐるりと一周し、さて帰ろうと思ってアンディを抱き上げた瞬間、この世界に来ていたのだ。


(記憶はないけど、私死んじゃったの?)


 急に不安になる。一月ほど前、四月に高校に入学したばかりで、入った高校には中学まで続けていた陸上部がなかったから帰宅部になった。帰宅後の時間は弟とゲームしたりアンディの散歩をしたり、それなりに忙しくしているはずだった。高校でも友達はちらほらできてきていたし、最近は新しく始めたMMORPG、ダチュラファンタジーにどっぷりハマっていた。とはいえ、MMOは初めてで勝手が分からず、ゲーム内では思いっきりぼっちなのだが。


 葵は(ここは生と死の間なのかもしれない)と思った。だからどうにかしたら生き返ることができるかも、と思って声をだす。


「すみません!誰かいませんか!」


 思いの外大きな声が出た。意外とこの空間は狭いのか、自分の声がじんじんと響く。

 どういう世界なんだここは、と葵が心の底で不思議に思っていると、若い少年のような声が響いた。


「ようこそ!よく来たね、大沢葵さん。」


 その声とともに姿を表したのはおかっぱくらいに髪を切りそろえた黒髪の少年だった。服装は葵の感覚からすると不思議なもので、まるで現代の服装とは思えない格好をしている。トップスは平安時代の水干のようにも見えるけれどもあちこちに装飾が施されているし、かと言ってボトムスは膝丈くらいの半ズボンに見える。ちぐはぐだ。そして彼はなぜか葵の名前を知っている。ニコニコと笑みを浮かべる彼からは悪意を感じられない。葵は思い切って彼に尋ねた。


「あの、私死んだんですか?」


 その問いに少年はきょとんとした表情を浮かべて、からからと笑い出す。

 葵が戸惑っていると、少年は顔の前で手をパタパタと振って答えた。


「違うよ。別に死んでなんかない。これからもそんな危険はない。まあ痛い思いはするかもしんないけど。」


 そう言うと、葵の戸惑う表情を見て更に笑みを深くする。どうやら少年は葵の味方、という感じではないようだ。


「君、ゲームやってるでしょ。ダチュラファンタジー。僕ね、それの神様。」

「えっ…!」


 何を言われているのか理解できず、葵はそのまま言葉を継げずにいた。


(ゲームの神様?どういうことなの?)


 混乱する葵に少年は続ける。


「初めまして、僕はスオウ。この世界の神だよ。そして君はゲームがサービス終了するか僕を倒さないと元の世界には帰れない。僕の娯楽に付き合ってもらうためにこの世界に呼んだんだ。よろしくね。」


 にっこり笑ってそう自己紹介する神様スオウに、葵はあんぐりと口を開けて言葉が出ない。心の奥底では言いたいことがポコポコ浮かんできているのに、だ。


「君のジョブはビショップだっけ?火力が弱いから僕のこと倒せるかなあ…?まあわかんないけど、色々足掻いて僕のことを楽しませてよ、ねっ!あ、もしかして人の形をしたものを殺すのは怖い?大丈夫!僕も倒されたら復活するようになってるから心配してくれなくても大丈夫だよ!」


 信じられない、と葵は思った。こんなことがあっていいのか。そして、こんな神様がいていいのか。こんなの神じゃなくて悪魔じゃないかと叫びだそうとした瞬間、別の声が響き渡った。


「おいふざけんなよ!俺のメシはどうなる!」


 中年の男性の声だ。葵は毒気を抜かれてキョロキョロと見回すが、それらしい人影はない。


「おい、どこ見てんだ葵!下だ!お前がスリングで俺を抱きかかえてるだろ!」

「アンディ!?」


 まさか、と思ったら声の主は犬だった。アンディ六歳。トイプードルである。


「えっあんたそんなオッサンなの…引くわあ…。」


 ドン引きする葵にアンディは怒りを見せる。


「なに言ってんだ!いっつもアンディ〜アンちゃんかわいいでしゅねとか言って擦り寄ってくるくせに!」


 ぷんすかと怒るアンディに、葵はすっかり毒気を抜かれてしまう。


「もうメシの時間のはずだ!こっちはずーっと腹減ってんのにいつまでこんなとこいるんだよ!帰る!」


 スオウは、ぎゃんぎゃんと怒るアンディを見てなにか思いついたとばかりにぱっと顔を輝かせて言う。


「僕もう既に何人かをこの世界に放り込んでるんだけどさ。」

「何人も!?鬼畜じゃないの!」

「この世界に放り込む人にはみんなチートスキルをあげてるわけ。そうだね君には、そのわんちゃんの餌を出すスキルをあげるよ!」


 葵のツッコミには反応せず、スオウはにっこり笑って葵の額に手をかざしてみせる。


「ちょちょちょっと待ってよ!なにそのゴミクズスキル信じらんない!」


 叫ぶ葵を無視して手をかざしたままスオウが葵の額を人差し指でつん、とつつくと、葵の周りの白い世界はぐらりと揺れて、そこには夜の中に緑の鬱蒼とした森が広がっていた。

 葵は慌てて自分の服装を見る。こんなところに来るような格好はしていなかったからだ。散歩に出るのにTシャツに体操着のズボン、肩までの髪を簡単にひとつ結びに結っただけ。そしてスリングを装着してリードなどの散歩グッズを持って出てきたままだ。ダチュラファンタジーはRPGの世界だ。そんな格好でフラフラしていたらすぐにモンスターにやられてしまう。

 そう思って服装を確認したが、葵の服装はゲームで見たことがある白のワンピースのアバターと右手に杖、といったものだった。更にその上にスリングとアンディがいるが。


「へえ、似合ってるじゃない。」


 声の方を見るとスオウが愉快そうに笑っている。


「一応こっちの世界に来たわけだからね。こっちでもおかしくない服装にしておいてあげたよ。君のアバターが今着てる服装にしといた。で、本題はここからだ。」


 スオウはそう言うと、両手を仰ぐようにしてあげた。


「ここは見ての通り街の外!モンスターがうようよいる。君のミッションは怪我なく街までたどり着くことだ!ちなみに君もわんちゃんも怪我はするけど死なないから心配しないでほしい。まあ瀕死の重傷だと回復してもらえるまで苦悶することになるけど絶対死なないよ!あと、倒した魔物は一定時間経つと復活するからね。だから倒してアイテムドロップしたらすぐ逃げるのが鉄則!」


 スオウが演説めいた口調で滔々と語っているのをげんなりした表情で眺めていた葵だが、はたと遠くからガサガサと物音が聞こえることに気がついた。それと咆哮。恐らくモンスターだ。


「ちょっとスオウ!街はどこなの!」


 慌ててスオウの胸ぐらを掴んで揺さぶる。スオウは「あっち」と方向を指差すだけだ。


「アンディ、逃げるよ!」


 葵はアンディを抱えてとにかくスオウの指差した方向へ向かって走り始めた。走るのは久しぶりだ。通学は自転車だし、部活を去年の八月を最後に引退してからは殆ど走っていない。運動といえば通学とアンディの散歩だけだ。

 だけどもとにかく今は走るしかなかった。スオウの言うことは信用ならないが、このままではやられてしまう。死ぬことはないと言っていたが、痛い思いはできるだけしたくない。


 必死で走っていたが、やはり四キロの重りをつけた状態で長い時間走るのは体にこたえる。段々モンスター達が迫ってくるのがわかる。葵は頭の中で、(攻撃魔法なんだったっけ、全然思い出せない!)と必死で迎撃する方法を考えていた。

 走り続けて、ふと街の光らしきものが見えたとき、モンスターに囲まれた。スライム状のぶよぶよした生き物がウオオオと叫んでいる。こんなもの見たことがない。本当にここはゲームの世界なのだと実感したその時、ふと思いつく。


(待ってよ、お腹がすいてるんだったらもしかしたら…!)


 次の瞬間、葵は


「フード!」


 と叫んで片手を突き出す。そこにふよふよとアンディのいつも食べているフードの袋が現れた。内容量は三キロ。葵はそれを掴んで一気にパッケージを開く。フードの匂いが辺り一面に漂った。

 モンスターたちの視線が一斉にフードの入った袋に注がれる。それを見た葵はフードを袋ごと一気に遠くまで投げた。瞬間、モンスター達が一気にフードを追いかけて走り去っていく。それを見た葵はヘナヘナとその場に座り込んでしまうのだった。

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