ウィッチ・ブランダー ~魔女の奇妙なやらかし~

白金

プロローグ 『レイラのやらかし』

 その日、私はミスを犯しました。それも……途方もなく大きな過ちを。


 微かに雷鳴が轟く夜のこと。仕事を終え帰宅した私は、とある魔法の研究に耽っていました。


「今日の依頼は割に合いませんでしたねぇ……」

「ニャー」

 【使い魔ファミリア】の黒猫・ピート(♂)と会話を交わしつつ、手元を忙しなく動かします。


「お前もそう思いますか?」

「ミャア」

 人間には彼が何を言っているのかわからないでしょう。しかし私は魔女。猫に限らず、生まれながら多様な動物と意思疎通が可能です。


「さあ……今日もやることやって、とっとと寝るとしましょうか」

 机の上には魔導書や魔宝石やらが散乱していますが、今はそれらを片付けている暇などありません。私には最優先で果たすべき使命があります。


 そう――私は為すべきことを為すのです。


「ニャオン」(ご主人、腹へった。メシ)

「……ちょっと待っててください。後で用意しますから」

 ピートは私の足元に寄り掛かり、それを催促しました。モフ毛が当たってくすぐったいです。


「ニャーニャア」(メシメシ)

「あ、こら……邪魔しないでください」

 彼は面白がって、床の【魔法陣】の周りを彷徨うろつき始め。

「ちょっとピート。危ないですよ」

「ニャアニャアニャアニャア」(メシメシメシメシ)


 あんまりしつこいので、我慢できず杖を彼の元へ向けました。

「邪魔するなってば! あっ」

「フニャアッ!」(あっぶねっ!)

 ただ注意しようとしたつもりが、ついカッとなり結構な出力で魔法を放ってしまいました。それも、よりによって彼の苦手な【雷魔法】を。


 しかし流石は猫。ピートは持ち前の反射神経を駆使して雷を間一髪かわすと、小口から外へ緊急退避しました。


「ご、ごめんなさいっ」

 慌てて謝るも後の祭り。程なくして、彼は安全を確認しつつ恐る恐る戻ってきました。

「大丈夫ですか? ピート……」

「……ニャー」(……おい)

 彼は全身の毛を逆立たせて怯えています。静電気で逆立っているだけかも知れませんが。


「本気で撃つつもりはなかったんですよ。許してください」

「……ニャー。ニャーオン」(……ご主人、それヤバいんじゃね?)

「本当ですってば……え?」

 その言葉に振り返ります。同時に、床の魔法陣から不穏な気配を感じ取りました。見るとそこから、何やら只ならぬ魔力が漂っているではありませんか。

「……何、これ……」

 恐る恐る近付くと、は既に発動した後でした。


(……私……いつの間にこんな魔法を……?)


 何やら嫌な予感がしました。気付けば自身も鳥肌が立っていて、一抹の不安を覚えました。たった今、この世界で何か『とんでもないこと』が起こったような……そんな胸騒ぎを。


「ニャーン?」(ご主人、今度は何しでかしたんだ?)

「……わ、私にも、わかりません……」

「ニャー、ミャア?」(わからないって、どういうことだよ?)


 結論から言うと、その不安は決して気の所為せいなどではありませんでした。つまりこの日、この瞬間。自分は世界のことわりを大きく捻じ曲げてしまったのです。

「……私は……」


 ――そう。

 どうやら私は……やらかしてしまったようです。

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