1 男のロマン

「クソっ!騙された!!ギャルのギの字すら見当たらねえ!!」

と自分

「ああ!全くだ!!あのクソ野郎帰ったら覚えてろよ!!」

とグラ

「普通言われた時に嘘だと気づくんですけど...」

とレイ


なぜこんな会話をしているかと言うと、自分達パーティー一行は昨日、酒場のオッサンから2層の奥にはオタクに優しいギャルが居るという話を聞き満場一致(自分とグラのみ、レイは聞こえないフリしてた)で捜索を決定。そして今日、半日懸けて2層をくまなく探すが見つからず今に至る


「おいグラ!確かお前ん家に使ってない部屋あったよな!帰ったら血で汚れてもいいようにしとけ!」

「ああ!お前もペンチとハンマーを頼む!俺たちに嘘をつくとどうなるかあいつに味あわせてやる!!」

「はあ...」


ああ、早くアイツに会いたい。アイツの事を考えてるだけで胸がドキドキしてくる。もしかして...これが...恋!?

と自分の中の説明出来ない感情にドギマギしていると


「おい!」

「カイさん!」


呼ばれて振り返る。そこには仲間の危機迫った顔が、次の瞬間ヌメヌメしてほのかに温かい感触に包まれる左腕


「!?」


自分の左腕に着いたこの物体いや、生物には見覚えがある。ルーキーの頃1番気をつけなくちゃいけないモンスター筆頭として挙げられる...


[スライム]

ダンジョンに幅広く群生し強い酸性の半透明な液体で構成されるモンスター。物理での攻撃は効かず炎魔法が有効。使える魔法が少ない初心者にとってはまさに天敵。

別名「初心者狩り」


「レイ!炎魔法は!?」

「今日の探索中のバトルでもうmp使い切っちゃいましたっ!」


まずい!スライムの液体は中級者までの装備なら余裕で溶かし、腕ともなれば言わずもがな...

ああ、黄金のサウスポーとも呼ばれた左腕とは今日でお別れか、21年間ありがとう。これからは片腕のカイと名乗っていこう、いや、隻腕のカイもカッコイイな。でも最近はすごい高性能な義手が出たそうだしそれを奮発して買うのもありだな...

と現実逃避していたところで異変に気づく


「確かカバンの中に火打石があったはず!」

「早く!」

「おい、お前ら」


呼びかけるが2人とも焦りすぎてこちらを向かない


「あったぞ!カイ腕を出せ!!」

「カイさん!!」


同時にこちらを見る2人


「「!?」」


2人も驚いただろう、自分の左腕の変わり果てた姿に。

皮膚は爛れ1部からは骨が覗く......なんてことは無く思いっきり健在で五指も欠けること無く揃っている。ただ1つ変わっているのは肩から先の装備が無くなっているのである。綺麗さっぱりと。


「なあ、気づいたかグラ」

「ああ、これは...」


その場を重い沈黙が満たす。誰のと分からない息を飲む音が辺り一面に響いた時、2人の発した言葉は


「「服だけを溶かすスライムだ!!」」

「はあ...」


途端に湧き上がる男2人の歓声


「服を溶かすスライムは存在したんだ!父さんは嘘を吐いてなかった!!」

「ひゃっはあああああ!

夢もへったくれも無い世界だと思っていたがこんな所にエデンへの切符があるとはなあ!!」

「帰って良いですか?」


そう!服を溶かすスライムである!

何故か女性比率の多いパーティーの前に現れ、普段お目にすることが出来ないキャラの破廉恥な姿を見さseゲフンゲフン...に問答無用でするという鬼畜!まさに女の敵を具現化したようなモンスターであり、大変けしからん存在である。


「おいグラ!こいつ連れて帰るぞ!これを女冒険者が通る道に設置すれば...グフフ」

「あたぼうよ!こんな千載一遇のチャンス逃せるか!おいレイも手伝え!!」

「はあ...私帰りますね

さようならゴミ共、頭冷やしてから帰ってきてください」


俺たちに酷い言葉と侮蔑の視線を残してレイはスタコラサッサと去ってしまった。


「男のロマンがわからん奴め」

「ああ、まったくだ!

このモンスターの素晴らしさがわからんとは」


女性であるレイがこのモンスターの良さを理解するのもそれはそれで怖いのだが興奮している男2人はそこまで頭が回らない


「さて、これを一体どうやって持ち帰ろうか

段々上半身の装備も溶かされているから早いとこどうにかしたいんだが」

「んー、とりあえず引き剥がすか」


左腕に付いたスライムに触れるグラ


「おい!なんかこれ掴むに掴めないし、こっちも取り込もうとしてくるんだが!?」

「おいこら暴れるな!」


途端もつれて倒れる二人の男


「イテテ、なっ...!」


目の前にあるのは流石は6股をかけ、日々女性達から背中を狙われる男の整った顔。唇と唇がくっつくまで10cmも無く、相手の息遣いがこちらまで伝わってくる程近い。

そう、ガチ恋距離である。倒れた際にグラが自分の上に覆い被さるように倒れてきたのだ。


「おい、その汚い顔を今すぐどけろ

俺は男とキスをする趣味はねえ」

「ひでえなあ、事故みたいなもんじゃねえか......おい!体見てみろ!体!」


途端さわぎ始めるグラ

うるせえな騒ぐ前にまずどけよと悪態を吐きながらも体を見てみる、その時完全に自分の中で時が止まった。

体一面にスライムが付いている。さっき倒れた際に自分とグラとの間に挟まって飛び散ってしまったのだろう。咄嗟にグラの方を見てみる、グラも自分と同じくらいスライムが付いていた...

1度状況を整理しよう

①カイとグラは男である

②その男二人の体にはスライムがベッタリ付いている

③そのスライムは服だけを溶かすスライムである


服を溶かすスライムである


服を


溶かす


スライムである


その瞬間地獄が誕生した


「おいいいいいいいい!やばいって!!この展開は不味いって!!誰得なんだよこの展開!!」

「おい!スライム!服を溶かし始めるな!!

なんでよりによって溶かすのが男2人の服なんだ!!」


2人同時に体をはたき、振るい、なんとかスライムを飛ばそうと行動を始めるが、スライムを飛ばし終える頃には時既に遅し

そこに居るのはフルチンの男2人だった。


「ヒッ...グスッ...こんな屈辱初めてだ」

「服を剥かれるのは女だけと決めていたのに...グスッ...」


大の大人2人が恥も外聞も無く泣くこと数分、どちらともなく立ち上がり呟く


「「帰るか...」」


静かなダンジョンをフルチンな男2人が歩く


「クソっ!スライムはどっか行ったし、装備は溶けて無くなるしで最悪だ」

「日頃俺に優しくしないから天罰が下ったんだろ」

「は?元はと言えばお前が原因だろ!」

「いーやお前が悪いね!」


ぎゃあぎゃあ騒ぎながら歩いてると遠くから地響きのようなものが聞こえてきた、それも段々とでかくなっている。まるで2人の方向へ向かっているかのように。


「なあ、これって」

「ああ、やべえな」


2人とも頭に血が上って忘れていたがダンジョンで大きな音を出すのは基本ご法度。なぜならダンジョン中の血に飢えたモンスター達がその音に群がるかのように集まって来てしまうからだ、こんな風に...


気づいた時には既に俺たちの前にとあるモンスターの群れが駆け寄って来ていた。

身長は人間の子供位で薄汚れた身なりをし、下品に笑うモンスターは


[ゴブリン]

魔物であるが知性があり、基本群れを組んで行動する。非常に狡猾な性格で罠に人質、更には友好的なフリをして油断したところを仲間に襲わせたという例もある。


不味いぞ...武器はあるがこちらは素っ裸、どんな攻撃でも致命傷に成りうる。ここはグラを生贄にしてどうにか......

行動するのに最善のタイミングを図るべくゴブリン達の動向を見ていたが何故か一向に攻撃してくる気配が無い。ふとゴブリン達の目を見てその理由に気づく


「なあ、グラあれって」

「ああ、よく俺達が酒場の嬢ちゃんから向けられる目とそっくりだ」

「ああ、あの目は間違いなく」

「「ドン引きされてる時の目だ」」


そう、ゴブリンは魔物と言えど知性があり、恥部を隠すという概念を理解している。現に今目の前にいるゴブリン達は魔物の皮と思われる物を体に巻き付け恥部があるであろう場所を隠している。

それで何も付けず生まれたままの姿で立っている男2人を見たらどう思うか、皆さんならヤバい奴だと思うだろう。

ゴブリン達も「冒険者狩りじゃー!」と勇んで来てみれば居るのはフルチンで喧嘩している男2人。見た瞬間ヤバい奴認定をし、ここに来たことを後悔し始めていた。誰もがこんな奴らと関わるものかと目を合わせないよう顔を背けている。


「なんだか釈然としないが今のうちに逃げるぞ!」

「なんで俺はモンスターにまでそんな目で見られなければいけないんだ...」


2人は心中複雑になりながらもその場から逃げ出す。結局ゴブリン達が追ってくることは無かった。


逃げ出してしばらく経った後


「この調子だったら簡単に外へ出れそうじゃないか?案外ダンジョンもちょろいな!ガハハ」

「ああ!さっさと帰って一杯やりにいこうぜ!ガハハ」


2人は思いっきり調子こいて大口を叩いていた。

だが、簡単にダンジョンから出れるかと言ったらそうは問屋がおろさない。2人の目の前の角から大きな牙と角を持ったモンスターがぬっと現れた。ここはダンジョンである。当然ゴブリン以外にもモンスターは多数存在していて全員がゴブリンのように知性を持っている訳ではない。

当然さっきのように事がうまく運ぶはずも無く、そのモンスターは問答無用で2人の方へ突っ込んできた。その状況で2人が最初に取った行動は...


「「お前が囮になれ!」」


それぞれの頬にお互いの拳がめり込む

2人が選択した行動は仲間を囮にして自分は逃げるであった。


「いってえええ!!お前殴りやがって!人の心がねえのか!!」

「それはそっちの方だろ!責任とってお前が囮になれ!!」

「いや、お前がなれ!!」

「あ?」

「お?」


そんな事をしてるうちにモンスターは2人の目前まで迫ってきていた。


「「やべえええええええ!!」」


2人して脱兎の如く駆け出す。

こうしてお互いの足を引っ張り合う醜い闘争劇は幕を開けた。


数時間後 ダンジョン入り口にて


「ハア、ハアやっと帰ってこれた」

「ハア、地上はもう夜中か」


外の時間は深夜を回っておりダンジョン周りには人の気配が無い。そこを2人してのそのそと歩いていると、少し離れたところに座り込んで船を漕いでいる仲間の姿を発見する


「「おーい、レイー」」

「ん...やっと来ましたか、うわあ...」

「「待ってくれこれには事情が!」」

「まあ、何となくわかりますが...

知り合いだと思われたくないのでそれ以上近ずかないでくれますか」

「「せめて布のひとつくらいはくれ!!」」

「きゃーだれかー裸の変態2人に襲われるー」


その瞬間衛兵数人が飛んで来て変態2人は即座にねじ伏せられる。


「おい!ここの兵士どうなってんだ!来るまで5秒もかからなかったぞ!」

「離せ!俺は無実だ!!」

「黙れ!!その格好で無実もクソもあるか!!この変態め!!」


少し離れたところで


「君、大丈夫?なにかされてないかい?」

「とても怖かったですー」

「それは災難だったね。いくら冒険者と言えどこんな時間に女の子1人は危ないからね」

「はい。次から気をつけます」


そして俺たちは留置所に連れて行かれる事になった。酷いことに服は貰えず、裸のまんまで牢屋にぶち込まれた。グラと自分は身を寄せ合い凍えに耐えながら一晩を明かした。

最初は男のロマンを追っていたはずなのに一体どうしてこんなことになってしまったのだろう...

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