父親として
初めて会う父は記憶の中よりも、そして肖像画よりも、ぐっと若かった。
顔立ちは確かにそっくりだが、自分達とほぼ変わらない年齢の少年。
事前に言われてなければ信じることはなかった。
いや、今でも信じがたい。
だが、周りの大人たちは皆そうだと信じている。
何よりも、母レナンの表情が変わっていた。
いつも笑顔で優しい母。
そかしその笑顔はどこか寂しげで儚げで、いつも心配であった。
すぐにでも自分たちの手の届かない場所へ行ってしまうのではないかと、気が気じゃなかった。
その母が心から微笑んでいる。
明るく優しく。
生気に満ちた表情で。
「アイオス。フィオナ。そしてリアム」
名を呼ばれた。
声変わり前の男性にしては高い声。
記憶とは違う声。
「寂しい思いをさせてしまってすまなかった。ずっと頑張っていたと、レナンとリオンから聞いたよ。特に二人はレナンを支えられるようにと外交を頑張ってくれたと聞いた、本当にありがとう」
ぎゅうっと抱き締められる。
同じくらいの身長だから違和感は半端ない。
しかし、懐かしい匂いが色々な事を思い出させる。
「アイオス。フィオナと仲良くやれているか?レナンに似て優しいお前だから、おやつを取られたり、デザートを奪われていたりしないか心配だったよ」
「今は十回に一回くらいに減りました」
正直に答える。
「ダメだぞ、フィオナ。アイオスをからかってはいけない。もうアイオスの枕元に、虫のおもちゃを置くなんてもしていないと思うが、嫌がることをしてはいけないよ?」
「わかっております、あれからはしていません!」
フィオナが顔を真っ赤にしている。
二人から離れ、リアムを見る。
レナンに似た銀髪と青銀色の瞳。
エリックに似た色白の肌。
探るような目で、エリックを見ている。
「お父様…?」
初めてお互いを目にする。
「リアム。お前が生まれる時に一緒にいてやれなくてすまない。本当ならその誕生の瞬間に付き添いたかった。不甲斐ない父親ですまないな」
「いいえ、お父様はお母様を守ってくれたと聞きました。それがなければ、俺はここにいなかったでしょう。お父様のおかげでこうしてここまで大きくなれました。ありがとうございます!」
リアムは頭を下げる。
「それに俺にはお母様も、お兄様も、お姉様も…そしてティタン叔父様やリオン叔父様、そしてお祖父様。皆がいてくれました。寂しさはありましたが、こうしてお会いできて嬉しいです」
「皆がリアムを支えてくれていたのだな」
真面目で、そしてひねくれることなく育っているようで嬉しい。
「はい!正直お父様に会うの、すごく不安でした。俺だけがお父様に会ったことがない、そんな中で受け入れてもらえるのかと。でも皆すごく嬉しそうだし、お母様もいつもとまるで違う明るい表情で、信頼してるんだって感じて…!」
リアムはエリックの前に立ち、両手を広げる。
「俺は本当にあなたの子ですよね?あなたと俺は血が繋がった親子ですよね?」
「リアム…」
レナンが心を痛める。
リアムは兄や姉のような金髪をしていない。
肌の色はエリックに似ているが、全体的にレナンの血が濃い。
エリックが亡くなってから生まれた為、不貞で生まれた子ではないかと、密かに囁かれていた。
レナンがそんな母ではないと、もちろんわかっている。
でも心無い言葉は幼い心を傷をつけ、なかなか払拭されなかった。
リアムは父を知らないし、その愛情を受けたこともない。
「皆、俺を大事にしてくれました。何不自由なく生活もさせてもらえて、勉強も教えてもらえて。でもずっと俺、寂しかった。皆が語るお父様の思い出を俺は知らない。お父様の愛情を感じたこともない。だから早く会いたかった、会って確かめたかった。お兄様やお姉様が受けたような愛情が欲しかった。お父様の本当の子で、本当に愛されてるんだって実感したかったのです」
初めて聞いたリアムの胸の内の言葉に、レナンもアイオスもフィオナも、言葉が出ない。
父親がどういった人物だったのかと、リアムはよく聞いてきた。
実の父親の事だし、興味はあるだろうといっぱい話してあげたが、寂しいという気持ちまでは察してあげられなかった。
「リアム」
エリックはリアムを抱きしめ、頭を撫でてあげた。
「不安だったのだな。ずっと我慢して、寂しいという気持ちを押し殺していたのか」
「いいえ。普段は側に必ず誰かがいてくれて平気でした。でも時々、両親が揃った子をを見るとたまらなくなる時がありました。お父様はどんな人だったのだろう、もし今お父様がいたら、なんて言ってくれるだろうとか考えてしまいました。ただ不貞の子だと言われた時に言い返せなかった自分が、悔しかったです」
どうしようもない気持ちは抑えられなかった。
「こんな事言うつもりなかったのに、ごめんなさい」
兄と同じくらいの体格なのに、抱き締められた安心感が違う。
きっと母の雰囲気が変わったからだとリアムは思った。
レナンから感じる安心感がまるで違うのだ、きっとレナンの心もエリックに会って平穏を取り戻したからだと思う。
「いい。子どもは親に甘えるものだろう。これから存分に甘えてくれればいい」
リアムが満足するまでエリックは抱きしめる手を緩めなかった。
「お前は間違いなく俺とレナンの子だ。誰に何を言われようと、自信を持っていいんだぞ。寧ろ言ったやつは誰だ。ニコラ、制裁を加えて来い」
急に耳元の声が低く、冷たくなった。
「わかりました、潰します。リアム様、後でお名前を教えてくださいね」
仮面で見えないが、にこやかな男の声がする。
こわい、というのはこの事なのか。
先程とは温度差の違う声色に驚いた。
エリックの容赦ない言葉とそれを受ける忠臣。
一気にリアムの心が恐怖で占められていった。
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