花言葉

「ふふっ、なんてね」


 その言葉に驚いたのは沙奈だけではない。健斗も優馬も自分の耳を疑った。あの旧校舎の中であれだけ自分を、自分達を助けるために奔走していた綾香が、自分達を見下ろし、笑っている姿を受け入れる事はできなかった。


「ふふっ、『なんで?』なんておかしな事を聞くのね。散々言ってたじゃない。ねぇ、健斗?」

「な゛に゛を゛……」

「4年前に自分達が何をしたのかみんなは覚えているんでしょう?」

「ま゛、ま゛さ゛か゛」


 綾香の言葉に、健斗は彼女の正体をようやく理解した。それは沙奈や優馬も同じらしく、3人揃って毒のせいで青白かった顔がより白に近くなった。

 

「本当に、面白かったわ。成長したから見た目で気づかないのはわかるけど、名前は一緒なのにね。誰も私に気づかない。後悔している? 虐めた女の子の名前も覚えていないのに? 可笑しすぎて笑うのを我慢するのも大変だったのよ?」


 綾香はそう言ってケラケラと笑う。だが、表情は、彼女の目は笑ってはいない。彼女の心情は怨み、怒り、それとも呆れだろうか。

 息をするのも苦しくなり、回らなくなった頭で3人が考えるのは、小さい頃に綾香にして来た数々の仕打ち、後悔。そして――


「どうして帰って来たのか? そう思ってそうだから答えてあげる。それはもちろん復讐するためと言いたいけど、本当は偶然なの」

 

 3人は私の話しを聞いて驚いた顔をする。実際、綾香も戻って来るとは思っていなかったし、本当に少しも関わりたくなかった。だけど――

 

 綾香の怨みは消える事はなかった。復讐をしたい。それほどまでに綾香は健斗たちを、いや、村の人々を憎んでいた。


「彼女は私の望みを叶えようとした。あの場にいた3人、つまりあなたたちを亡き者にする事。その願いは一致していた」

「な゛ら゛」

「うん。なんで私が3人を守ったのかが気になるんでしょう? それはね――」


 綾香はこの状況で笑っている自分を異常だと理解している。したうえで、それでも心から湧き上がる感情を、歓喜を押さえつける事はできなかった。だってようやく――


「私の手でみんなを殺したかったから」


 ――ようやく私の手で殺せるのだから。


 綾香はふと、3人の反応が鈍く感じた。それは恐怖のせいではないだろう。もちろん、それも要因の一部なのだが、綾香にとってそんなものはどうでもよかった。


「あらあら、もう時間なの。もっと話したい事がいっぱいあったのに、ざんねん。そうね、せっかくだし自分達が何で死んでいくかだけ教えてあげるね」

「「「…………」」」


 彼らからの返事はない。しかし、3人とも目線だけは綾香をしっかりと捉えていた。綾香はそんな彼らに構いもせずに話し続ける。

 

「みんなが飲んだのはコルチカムという花を大量に煮込んだもの。コルチカムはね、とても綺麗な花を咲かせるんだけど、毒があるの。少しなら腹痛で終わるかもしれないけれど、みんなには大量に用意したものだから、確実だね!」


 綾香はまるで知識を自慢する子供のように無邪気に話す。しかしその内容は残酷そのものだった。


「最後にね、コルチカムの花言葉を教えてあげる。花言葉は『私の最良の日々は過ぎ去った』なんだ。私にピッタリでしょ。あの日、この村に来てあなたたち、ううん、ここの人間に出会った日に私の幸せは全て終わったのだから……って、もう聞いてないか」


 健斗たちはとても驚いたように目を見開いたまま動かなくなっていた。そんな彼らを見ていた綾香の眼差しには、酷く冷たいものが感じられた。

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