第5話 ヘンリー王太子殿下と初対面ですわ
「アイゼンベルグ国王陛下御一行様が到着しました!」
その言葉に一同は咄嗟に背筋が伸びる。
急いで出迎えに行こうとすると、ひょいとメイドのマーサに担ぎあげられた。
マーサの肩にだらんとぶら下がる私。
マーサは私を担ぎながら、ガニ股走りで玄関ホール方へと駆けて行った。
・・・(もう少し私の扱いを考えてくれないかしら。私これでレディなのよぉ。)
玄関ホールにはすでに母モリア、長男のヨゼフィス、執事のスチュアートを筆頭に使用人たちがずらーり。
やはり、次男アルベルトは来ていないようだ。
あの仮病魔めぇ。
ほどなくしてアイゼンベルグ陛下御一行様が玄関ホールに到着。
最初に姿を現したのは、立派な口ひげを生やしたナイスミドルのおじ様。
常人ではあり得ないほどのキラキラオーラを放出し、一瞬でメイドたちの心を奪ったようだ。
これが国王陛下…いやーん素敵♡
続いて現れたのが、ウイリアム王太子殿下。
国中が注目するほどの頭脳の持ち主で、8歳にしてすでに3か国語をマスターしているらしい。
剣の腕前も相当なもので、ヨゼフィスお兄様も彼の強さに憧れているようだ。
先日も王国で行われた剣術大会で、大人たちを差し置いて見事上位入賞。
しかも同年代だけでなく、メイドたちを虜にするほどのイケメンかつおば様キラー。
彼のさわやかな笑顔に、ズッキュン、ズッキュン音を立てながらメイドたちは心を射貫かれていた。
文武両道でイケメン、性格も良いとウイリアム王太子殿下は次期国王最有力と言われている。
続いて登場予定が第2王太子殿下のヘンリー様。
ウイリアム王太子殿下の前では霞んでしまうが、ヘンリー様も有力な次期国王候補。
私と同じ5歳児ながら、武術全般に興味を示し日々練習に明け暮れているとのこと。
その実直で真面目な性格は、特に兵士たちから人気があるらしい。
しかし、いつまで待ってもヘンリー王子殿下は現れない。
はぁーとため息をつきながら、アイゼンベルグ陛下は私に話しかけた。
「すまんな。ヘンリーは貴公の屋敷の庭を見たいと従者を連れて散策してるのだ。
悪いがメリー嬢なら年も近い。
ヘンリーを迎えに行ってくれないだろうか?」
なぜ陛下が私の名前を?
もちろん、大丈夫ですわ。
「かしこまりました、陛下。その甘ったれた王太子殿下を、ここに連れてきて差し上げますわ(分かりました、陛下。ヘンリー様をこちらにご案内いたします。)
一瞬、その場が凍りつく。
「お、お嬢様…。」
母や兄だけでなく、その場にいた人たちが一斉に私の方を振り返った。
私も陛下にそんな舐めた言い方なんてしたくないのよ!
でも悪役令嬢語しか話せないから仕方ないじゃない!
「ふ、ふははははは。」
静寂をかき消すように、陛下の笑い声がホールに響く。
「あいわかった、メリー嬢。甘ったれたヘンリーをここに引っ張って来てくれるか?」
陛下の優しい口調が場の緊迫感を和らげる。
「かしこまりました。殿下を直ちにこちらにご案内差し上げますわ。(かしこまりました。それでは私にお任せください。)」
陛下はツボにハマったのかずっとゲラゲラ笑っている。
「メリー、くれぐれも粗相のないようにね。」
ギューッ。
こめかみを震わせながら笑顔を作った母の手が、私の腕をむんずと掴み、万力のごとく強い力で締め上げる。
「お母さま、分かっておりますわ。(生意気言ってごめんなさい、お母様。十分に気を付けて行って参ります。)」
私もぎこちない表情を母に返し、うふふふふと笑ってみせた。
おろおろする使用人たち。陛下の笑いも止まらない。
「マーサ、メリーに付いて頂戴。」
「かしこまりました、奥様。」
1人ですたこらと庭へ向かう私を、マーサは遅れて追いかけてきた。
・・・・・・・・・・・
アンポワネット家の領地は、王都から少し離れた郊外に位置する。
小高い丘に囲まれたのどかな地域で、斜面を利用した紅茶畑が一面に広がっている。
アンポワネット領は小さい集落の集まりで、中央部に交易の中心となる街モリーヤがある以外は、小規模の村が点在しているのだ。
主要産業は農業。
特にアンポワネット領産の良質な紅茶葉は、王都では高値で売買されている。
アンボワネットの屋敷は小高い丘の上に建っており、青々とした綺麗な紅茶畑を庭からたっぷりと鑑賞できるようになっている。
貴族らしからぬ自然に囲まれた屋敷を、私は心底愛していた。
王太子殿下はあの場所にいるに違いない。
アンポワネット家専属の庭師の遊び心で、庭の外れに建てられた木製のパーゴラ。
三角形の屋根の一面や柱中に蔓系の植物が絡み、まるで緑の藁ぶき屋根のような味のあるオブジェだ。
パーゴラの中にはベンチが用意され、まるで秘密の隠れ家のよう。
しかもパーゴラから紅茶畑が一望できる、私の一番お気に入りの場所だ。
私とマーサがパーゴラに到着すると、従者らしき男性がパーゴラの中にいる男の子に話しかけていた。
「ヘンリー様、そろそろお屋敷に向かいましょう。陛下がご心配なさっております。」
「嫌だ。僕はここにいるんだ。屋敷に行っても退屈なだけだ。」
「それでも屋敷に行かれませんと、私が陛下にお叱りをうけてしまいます。」
「お前のことなんて知ったことか。僕はここにいるんだ。」
まぁーなんてお子様なんでしょ。
王太子殿下といえどやっぱり5歳児ね。
「何だお前は?」
私に気付いたヘンリー様は、私のことをじろっと睨みつけた。
これが私とヘンリー様の初対面だった。
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