人欲-7
同性愛者でも異性と結婚して家族を営むということは珍しい話ではないらしい。
わたしももし「結婚」できて、「子ども」を産むことができるくらいの辛抱強さがあれば……。
あんなに強くてかっこよかった明子さんがああなってしまったのだから、わたしだってそう転んでもおかしくない。
自分次第で、選ばなかったほうの人生が突如、選択肢として復活してくることだってあるのかもしれない。
家に帰り、新企画のアイディア出しのブレインストーミングをひとりでする。
その間、既存顧客からの操作に関する問い合わせの電話がかかってきた。カスタマーサポートに連絡してほしいと思いながらも、ここで無下にするわけにはいかないから丁重に説明をした。
18時半にカレンダーのリマインドが鳴った。得意先とリモートの飲み会が予定されていた。わたしの担当ではないが、本高に呼ばれていたので少しだけ顔を出す。
前はわざわざ飲み会に足を運ばなくてはいけなかったけれど、フランクな相手ならば、気軽に自宅からコミュニケーションが取れるようになった。面倒ごとが増えたと思う反面、悪いことばかりではないとも思う。
他愛もない話をしていると参加者の子どもが部屋に乱入してきた。
わたしが「あ」と声を漏らすと「松倉ほのか」の文字の下に表示されている波が揺れた。それから笑って「可愛いですね」と言った。画面に表示される自分の顔を他人のようだと思った。
画面に映っている9人のうち5人が既婚者、わたしと本高を含める4人が未婚。
みんなどうやって相手と出会って、交際し、結婚に至ったのだろう。初体験はどんなだったのだろう。自分の性的指向に迷ったことはないのだろうか。
自分は異性が好きなのか、同性が好きなのかなんて考えたことさえないだろうか。
20時を過ぎて「予定があるので失礼します」と言うと「少しの間でも参加してもらえてよかった」だの「やっぱり女性がいると華があっていいですね」と感謝のようなものをされながらわたしは通信を切った。
一旦ベッドに横になり、目を閉じた。そしてスマホを手に取った。
レズビアン風俗を探すとき、「女性用風俗」という男性セラピストの店が邪魔をしてくることを思い出した。ものは試しと思い、「女性用風俗」と検索した。
女性用風俗店だけをまとめたサイトがあった。地域を東京に絞り表示をすると50店以上あった。
レズビアン風俗の5倍だ。ほとんどが性感マッサージと冠しており、「こだわりのオイルを使用」「幸せホルモンの分泌に着目」などいかがわしさを出さない工夫がされていて感心してしまった。
各店のサムネイルに表示されている男性は、テレビで「イケメン俳優」と冠していても違和感がないひとばかりだ。
「ほんとうの自分としての開花のお手伝い」
何件分も説明欄を読み飛ばしていたが、ついに気になるフレーズに引っかかった。
よく、「ほんとうの自分」と曖昧なことを言うが、実際「ほんとうの自分」とは何なのだろう。わたしが探しているのは「ほんとうの自分」なんてことばで片づけられるようなものではない気がする。
だけど、他店の「彼氏や夫じゃ物足りない」「ありのままにイカされたい」「性感帯を開発したい」という謳い文句は響かず、「ほんとうの自分としての開花のお手伝い」の店を利用することにした。
ここで言う「ほんとうの自分」というのはつまり恥を捨て、思う存分快楽に溺れることを意味するのはわかるが、そういうコピーを書けるお店に惹かれたのだ。
気が変わったら困るから事前予約ではなく当日利用にした。レズビアン風俗にもキャストのことを「セラピスト」と称する店もあるが、女性用風俗はほとんどが「セラピスト」だった。
わたしの身長が170センチなので、10センチくらい高いほうが好ましい。当日受付でひとりだけ、180センチのセラピストが居たのでそのひとにした。
レズビアン風俗を利用するときも当日利用がほとんどなので、お店トップの子と遊んだことはほとんどない。たまたま遊んだ子がその後トップになったことはあったが。
なんとなく、レズビアン風俗の子と遊ぶときに利用したことがないホテルを21時に予約した。新宿のホテルであれば先方の交通費の負担がないので新宿にした。待ち合わせ確認のLINEがきたら、ホテルの場所と部屋番号を送った。
仕事着から深緑のロング丈のワンピースに着替え、少しだけ化粧を直し、家を出た。月曜日からよく頑張るなと自分を嘲笑する。
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