(9/47)コトンボって誰?
「責任とってちゃんとおごって」
リタがそれはそれは高圧的な態度で言った。
「え?」
「聞こえなかったの?責任とっておごって!」
「いや、聞こえてるけど、なんでおごらなきゃいけないだよ」
「はーぁっ?」
リタは首を振りながら、攻撃的なため息をついた。
「それが、筋ってもんなんだよ?」
「すじ?」
「そうなんだよ!こんな美少女に密着されたのに、それを男だと断って。おかげでボクは笑い者になって恥をかいたんだよ?」
「いや、それはリタが大声を出したせいだし……。それに密着してきたのは俺から何か金目のものを盗ろうと思ってたんだろ?」
リタがきつい目で俺を見た。
「そうなんだよ?笑われた上に何も盗れなかったんだし!だから二重の意味で責任をとっておごってもらわないとだよ!」
こ、こいつ。
こういうのが本当の『開き直り』ってやつじゃないか?
「キエールで勘弁してあげるから、おごらないとだよ!」
リタは手の平を上に向け俺に差し出してきた。
「まてまてまて、ちょっと待てって」
「ちょっと?一、二、三。これくらい?はい、待ったし。さあ早く!」
「だから、ちょっと待ってくれって」
「ちょっとはもう待ったし。だから待ちくたびれたし。くたびれたからもっと喉乾いたし。え、何?まさかキエールさえおごらないって言うの?」
「……俺、金持ってないんだよ」
「え?あのキエールよ、キエール」
「……だから金無いんだってば」
「このギルド良心的なんだってば。大銅貨三枚だよ?」
「一枚たりとも持ってないんだよ!」
動きを止めじっと俺を見るリタ。
時間もぴたりと止まった。
「……」
「何だよ、なんか言えよ」
「……、…………」
「何か言えってば」
「……、…………、………………」
「なんで、逆に間合いが長くなってるんだよ!」
「……はぁ~~~~」
リタが長い溜息をついた。
そして、舌打ち一つ。からの、
「しょーもなっ!」
と、両方の手の平を上に向け肩をすくめた。
「な、なんだよ、だって、そのさ……」
その俺の言葉にかぶせてリタが放つ。
「あんたってコトンボ未満ね!で?何?何を言いかけたの?言いたいことあるなら言いなさいよ、文無し」
非常に冷たい目で刺してくる。
……また出てきたよ、コトンボさん。
そんなにダメな人なのか?
「俺にだって事情があるんだよ」
「事情?」
「そう。なんていうか、気づいたらこの町にいたというかさ。記憶が飛んでてさ」
「事情じゃなくて自称でしょ。自称記憶喪失」
「本当なんだって」
「事情が持病ってこと?」
「なんだか上手いな。けど、そういうことじゃなくて」
「何があったのかさっさと事情を自供するんだよ?」
「いつまで続くんだよ!」
俺の突っ込みにリタが満面の笑みを浮かべた。
そして話を促される。
俺は素直に昨日からのことを話す。
気づいて目を開けたら
親切な人に声をかけてもらったこと。
食事や寝る場所を与えてもらったこと。
ギルドの登録料まで出してもらったこと。などなど。
……さすがに異世界という話はしなかったけど。
「本当、みんな優しくていい町だよな。でもお金がないからさ。仕事探しも兼ねてギルドにきたんだ」
「どおりで」
「ん?」
「どおりで、まさぐり上げても金目のものがないと思ったんだ。じゃあ、おごられるのは許してあげるよ」
「許してあげるってなんだよ!」
リタがにやりと笑った。
「仕方ないから仕事手伝ってあげるから」
「え?まじ?ありがとう!リタ」
俺は立ち上がって礼を言う。
「で、その報酬でおごるんだよ?」
「いや、ひどくないっ?リタ!」
お互い顔を見合わせ笑ってしまう。
「でもまあ、手伝ってくれるなんデズリー育ちだからリタも良いやつなのかな。しかし……初心者でできそうな簡単な仕事がないんだよあ」
「デズリーは初心者向けの町なんだけどね。ちゃんと依頼内容を見たの?」
「見たけど、キツそうなのばかりだったんだ」
「本当?一緒に見てみようよ」
俺はリタと一緒に掲示板へと向かった。
「ちゃんと探した?」
掲示板でリタが振り向く。
「ほら。ここもここもここも。俺なんかに無理そうなものばかりだろ」
リタの横に立った俺は依頼書を指さしていく。
「ばっかねだねえ。派手なものを前にしてるんだよ。簡単で地味なのは後ろのほうにあるんだよ?」
と、リタは首を振った。
悔しいほどの得意気な顔をされてしまった。
「へ?後ろの方?」
「そう。重なった後ろの方にあるの」
リタがパラパラと貼られている依頼書をめくる。
「なんでそんな面倒くさいことを!」
「見栄なんだよ、見栄」
「見栄?」
「そう。受付嬢ジーナの見栄なんだよ」
なんですとー!
「見栄ってなんでだよ」
「初心者の町となめられたくないんだって」
「なんですとー!!」
二度目なので声に出てしまった。
「だからこの辺はずっと達成できてないんだけどね。ほら日付も昔のだし。色もちょっとあせちゃってるし」
「なんだそれ。逆に初心者には優しくないんじゃないか?」
俺は依頼書に近づき確かめる。
「それくらい気づかないなんて、初心者どころかコトンボより愚かだねー」
リタが鼻をフフンと鳴らした。
「……仕方ないだろ、知らないんだから」
と、ちょっと拗ねるような俺に、
「ああ。それもそうか。ごめんなさいなんだよ」
リタがあっさりと応じる。
そう、根はいいやつなのだ。
リタが前面の依頼書をめくった。
「ほら、簡単そうなものがこんなに」
確かに裏側に依頼書がまだまだあった。
「なるほど」
俺も近づいてぱらぱらと確認してみる。
「あ、そういえばコトンボって誰?さっき別の女の子にもコトンボがどうしたみたいなことを言われたんだけど」
「そうなんだ?くくっ。別の人にも言われたんだ。くっくっくっ」
リタが笑いをかみ殺しながら続ける。
「じゃあ、じゃあさ……」
目の端にはきらりと光るものさえ見える。
「これなんて最初の仕事にどう?くっくっくっく」
と、一枚の依頼書を指した。
「ん?これ?」
近づいて確かめる。
………………。
…………………………。
……………………………………?
「なんですとー!!!」
三度目はギルド内に響き渡る大声を出してしまった。
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