性癖大量生産シフト

sabafish🐟

自分にだけ異常に距離が近い女の子

「ねぇねぇ、今日もお膝の上空いてる?」

 こちらの返答を待たずに、膝の上に心地よい重みが乗る。僕よりも少しだけ体温が高く、ミルクみたいにいい匂いがする柔らかい感触。

 昼休みになった瞬間、僕が席を立つよりも早く襲来したのは亜麻色のボブカットの女の子。何故か僕にだけ異常に距離が近い。

「確認する前に乗り込んでくるなよ」

「目視で確認したところ問題ありませんでした!上官!」

「…はいはい」

 びしっと敬礼。肘が肩に当たって痛いんですけど。

「今日もここでご飯食べるね。お世話になります。ぺこり」

「口で言うな。動作で示せ」

「えー、だってお膝の上でいろいろもぞもぞ動くと…ほら、君だって困るでしょ」

「まぁ、反応はするけど」

「わ、隠さないんだ。まぁバレてるけどねいつも」

 僕だって年頃の男子なわけで、同級生の女の子がこんなに密着してたらそれなりに動揺もする。そして劣情も湧く。てか君、自覚はあったんかい。

「だけど安心したまえルーキーくん。私は些細なことは気にしない、大丈夫だ」

「僕は上官じゃなかったのか」

「細かいこと気にしてる男の子はモテないってよく言うよね」

「言うなよ、凹むだろ」

「私は君のこと好きだけどね」

「またそういうこと言う。あんまり誤解生むようなこと言ってると揉めるぞ」

「他の人には言ってないけど?」

「ダウト」

「はいはい、お弁当冷めちゃうよ」

「そもそも温かくはないだろ、作ってから何時間経ってると思ってるんだ」

 結局どっちなんだ。他の人にも言ってるのか言ってないのか。謎のままだ。

 膝の上の生き物は、僕のカバンから当たり前のように弁当を取り出し始める。ナチュラルに人の私物を漁る神経もよく分からない。毎朝二人分の弁当を用意している自分も、まぁよく分からないんだけど。

「お、今日はたこさんウィンナーがいち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち…」

「そんなに入れてないよ。なんで増えてるの」

「たこさんは繁殖力が強いからね、私が食べて退治してあげよう。いただきまーす」

「お粗末さまでした」

「はやいよ、まだひとくちめだよ。大食漢あつかいしないでよ、これでも女の子なんだけど」

「でもたこ全滅してるじゃん」

「ふたを開けたらいなかったんだよ。シュレティンガーのたこさん」

「じゃあさっき何を数えてたんだよ、虚無?」

「ゼロ匹のたこさんを数えてた」

 思考実験ではなく、SCPだった。

「今日のお弁当も一段と美味しいね。いつもありがとう」

「どうしたの急に」

「いや、幸せで死ぬかもとか思って」

「最期の挨拶?照れるな」

「先に戸惑うか心配をしよう、君のせいで死を間際に控えてるんだよ私は。何呑気に照れてるの、本当に男?」

「変なキレ方してジェンダー論に一石を投じるな」

 燃えるだろ。主にSNSが。

「お、二人とも今日も仲いいな相変わらず」

「お前は…!」

「まさか生きてたとはね」

「なんで奇跡の生還者みたいな扱い受けてるんだよ。同級生の扱い雑すぎだろ」

 話しかけてきたのは隣の席の野球部。坊主頭に日焼けした肌。白い歯。元気そうで実際元気な好青年だ。なんかムカつくな。

「おい、今理不尽に怒らなかったか」

「いや…………」

「誤魔化すの下手すぎだろ。いいけど」

 いいんかい。

「てか本当にお前の膝の上の生き物、可愛いな。ちょっと俺にも代わってくれない?撫でてみたいんだよな」

「動物園のふれあいコーナー扱いだ、どうしますか?」

「私は飼い主にしか懐きません。触れたら殺す」

「……ちゃんと躾けました?」

「僕が飼い主であることに関するツッコミがまだなんで早くしてもらっていいですか」

「みんなそれ思ってるし、本人がお前のこと飼い主って普段から呼んでるからあんまり違和感ないんだよな」

 ちらり。少女の顔を覗き見る。

 下手くそな口笛を吹いていた。こいつめ。

「道理で最近周りのやつらから『これ…うちで余ってるやつだから』ってドッグフードとかリードとかペット皿とか渡されるわけか」

 …いや、倒錯的すぎない?

 ちょっと想像したらテンション上がってきた。

 リード付けたこの子が這い蹲ってペット皿でドッグフードを食べるんだよな。

 性的すぎて多分何らかの法には触れるでしょ、いいのかな。いいか。見てみたいし。

「……あの、当たってるけど。飼い主」

「はて」

 当然反応はする。指摘された僕はとぼけてみた。

「はて、じゃないよ。お尻の下……スカート越しでも結構しっかり体温とか形まで分かるんだけど。そういうのは夜まで待って」

 生々しい指摘のされ方をしてしまった。

「待ったらいいのか…」

 すると一瞬口ごもり、照れたように髪を指先でくるくると弄り始める。上気した肌から甘い匂いがする。大抵のことでは照れない彼女がここまで動揺するのは、ぼくと同様にその行為を想像したからだろうか。僕は自分のことを棚に上げて、変態だな、と思った。

「いいよ別に。私、君のことが好きだし」

「そっか、じゃあいいか…僕も君のこと好きだし…」

「じゃ、付き合おっか、私たち。そしたらリードとか、使っていいよ」

「ふむ……そうするか」


「……え、お前らまだ付き合ってなかったの?それでその距離感だったの?」

 混乱する坊主が一人。

 あとは倒錯的なペット彼女と、その飼い主が、一人ずつ。

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