83.【悲報】伝説の賢者はいなかった件について
「やっ……た?」
おそらくそう呟いたのだろう。冒険者風の男の人が口を小さく動かしたのが見えた。
近くにいた仲間とこわごわ目を合わせ、お互い同時に右ストレートを顔面にめり込ませ合って「いてぇなクソ!」「夢じゃない……?」と叫んでいる。
周囲の人達もゆっくり視線を動かし始めた。みんな、これが現実であることを確かめているようだ。
分かる。現実感が無いよね……。
突然始まり、何が何だか分からないうちに終わってしまった大ピンチに誰もが戸惑う中、私もようやく足が動くようになってハヤトの元へ歩み寄る。
「アリーシャ。大丈夫?」
「はい、私は大丈夫です」
そう答えながら、赤ちゃんを背負ったまま地面にへたり込んでしまったお母さんの傍らへとしゃがみ込む。
「怪我はありませんか? お子さんも」
「……はっ! そうだったわ! クリス! 大丈夫!?」
クリス。お兄様の愛称と同じ名前だね。
お母さんは慌てておんぶ紐を外し、抱き上げて身体に傷が無いか確認を始める。赤ちゃんはその間もずっと泣き続けていて、怪我のチェックが終わって抱きしめられようやく少し落ち着き始めた。
「どこも怪我してないね……! 良かった……! 良かったぁぁ!」
今度はお母さんがわんわん泣き始めてしまった。
するとさっき村の入り口で話しかけてきた農具で武装している男の人が駆け寄ってきて、切羽詰まった表情で「大丈夫か!?」と叫んだ。
「だいじょうぶだったぁ! ……あんたこそ大丈夫なの⁉」
「俺はなんとも……! そうか、無事だったか! 良かった……!」
男の人は大きな腕でお母さんと赤ちゃんを抱きしめた。
きっと家族なのだろう。お互いの無事を喜び合って涙を流している。
それからはっと思い出したように顔を上げ、ハヤトに話しかけた。
「……そうだ! 君が倒してくれたんだろう!? 正直今でも信じられないが……でも確かにこの目で見たんだ。君、すごいなぁ!」
「偶然ですよ」
偶然な訳ないじゃない……。
でも彼はそういう事にするらしい。無表情ながら苦しさを感じているのが私には伝わってきた。
きっと責任を感じているんだ。あれが出たのは自分のせいだと思っているから。
「偶然……か? そうは見えなかったが……。おや、何か落ちてるぞ。黒い金属みたいな……これは何だ!? 危ないものじゃないのか!?」
「ドロップ品ですね。二つある……。爪と鱗だと思います。ドラゴンは必ず何かを落とすようです」
「ドロップ!? じゃあなんだ!? これはさっきのドラゴンの爪と鱗だっていうのか!?」
「はい」
「ひえぇーっ!」
声にならない声を上げた村人に、周囲の人達がなにごとかと集まってくる。
「ドラゴンの爪!?」
「さっきのは幻じゃなかったのか!?」
「初めて見た。触ってみたい」
「これ、売ったら幾らくらいになるんだ!? 家が建つんじゃないのか!?」
「家どころか別荘建ててもお釣りが来るぞ」
冒険者達も覗きに来ていて興味津々だ。
「なぁお前、これでSランクになれるんだよな!? 単独でなった奴なんてこれまで一人しかいないって噂で聞いてるが……お前が二人目ってことになるな」
「俺は単独じゃないですよ。仲間がいます」
彼はそう言って私の肩にポンと手を置いた。
「え……。でも私は何もしてないですよ」
「いいんだよ」
よくないよ。
足がすくんで固まっていただけなのに、一緒に戦ったみたいなふうに言われるのはちょっと……。
釈然としない気持ちでいると、周囲の人達は「なんだ、ただのカップルか」と言ってクスクス笑い始める。それを受けてハヤトは言った。
「ただの、じゃないです。大切な仲間、パートナーです」
「おぉー」と歓声が上がり 口笛ではやし立てられる中ハヤトは黒ドラゴンの爪を拾い、私に「要る?」とたずねてきた。
「いえ。貴方が持っていて下さい」
「俺も要らないんだよな……。寄付するか。――あの、この村に教会ってありますか?」
「あるにはあるが……要らないのか? なぜだ……理解できない」
「使わないので」
「そ、そうか……。えーと、教会だったな。この村で一番大きくて立派な建物があるだろう。それだ」
「分かりました。ありがとうございます。行こう、アリーシャ」
「はい」
教会に向かって歩き始めた時、ハヤトはふと何かを思い付いたようで足を止めて振り返った。
「……ああ、そうだ。皆さんも今夜は教会で過ごしませんか? また危険なことがあるかもしれないですし。皆で固まった方が安全ですから」
「お、おう。そうだな……。確かに。今夜は君達もこの村に留まってくれるんだろう?」
「そうですね……。アリーシャはそれでいい?」
「はい。もうすぐ夜ですし、今から外に出るよりはこちらの村で屋根をお借りしたほうが良いかと」
「うん。じゃあそうしよう。――俺達、先に行ってます。あとで皆さんも来て下さいね」
「おう」
いまだ騒ぎの収まりきらない中、私達は連れ立って教会へ向かう。
ハヤトは皆を集めていったい何をしようとしているんだろう。
一箇所に集まっていれば有事への対応がしやすいのは確かなんだけど……。
「あのさ、アリーシャ。バイオリン持ってきてる?」
「バイオリンですか? はい。ありますよ」
「さすがだなぁ。じゃあ……教会に皆が集まったら、一緒に何か弾かないか?」
あ。分かった。
きっと、この村にいる人達全員の“上限”を、引き上げようとしているんだ。昨晩、酒場でやったのと同じように。
「一緒にですか? いいんですか? 邪魔になりません?」
「ならないよ。一緒にやりたい」
貴方が良いと言うのなら。
頷いて、教会に向かった。
教会に着いてシスターに出て来て貰い、黒ドラゴンの爪と鱗を手渡すと申し訳なくなるくらい驚かれた。
どうやら村の中にドラゴンが出たと知らなかったらしい。
一瞬のことだったからね……。何事もなくて本当に良かった。
寄付を終え、シスターに『魔物の襲撃に備えて、今夜は村の人全員で教会に集まりましょう』と伝えると彼女は一も二もなく頷いてくれた。
炊き出しをすると言うので私とハヤトが手伝いを申し出ると、私は厨房、ハヤトは祈りの間(人が集まれる広いとこ)にみんなで食事を取るための椅子とテーブルを出す係を割り振られた。
続々と集まってくる村の人達から野菜やキノコ、チーズなどの食材の提供を受けて、大鍋でスープを作る。
こんな時になんだけど、ちょっと楽しい。
それはみんなも一緒のようで、非常事態にも関わらずあちこちから談笑する声が聞こえてくる。危機を共に乗り越えようという一体感だ。
絶望の奥には希望があるって言うけど、本当だね。
そうこうしていると、祈りの間のセッティングを早々に終えたハヤトが厨房に様子を見に来てくれた。
スープを小皿に取り、味見をしてもらう。
「どうですか?」
「おいしい」
久しぶりに新婚気分になった。
教会にみんなが集まり、点呼を終えてから炊き出しのスープを配り始めた。
各々好きなテーブルにつき、夕食を取り始める。その一角で私とハヤトも向かい合ってスープを頂いていたら、私達と同じように偶然この村に訪れていたという冒険者パーティの人達が同じテーブルに座ってきた。
「よう。ここ、いいか?」
「いいよ」
少し横にずれて彼らが座るスペースを空ける。
彼らは男性3人、女性2人のパーティだった。前衛と後衛のバランスが取れているタイプの良い組み合わせ。
メンバーは私と同じBランクがほとんどで、一人だけAランクがいた。おそらくリーダーと思われるAランクの男性剣士は食事もそこそこにハヤトに向かって話しかける。
「君、なんでSランクへの昇格を申請しないんだ? もったいないと思わないのか?」
「思わないよ。もう辞めたから」
「辞めた? 何故だ……?」
パーティの他の人達も気になるようで、みんな食べながらも真剣な目でハヤトを見ている。彼はなんて事無いような淡々とした口調で答えた。
「もう続けられなくなった」
「そ、そうか……。事情は人それぞれにあるとは思うが……。本当にもったいないな。せっかくSランクになれるというのに。なんだか考えさせられるよ。世の中には名を上げなくとも強い人がいるものだな、と」
「あ、俺もそれはよく考えるよ。きっと山奥の洞窟とかには謎の最強お爺さんが隠れて生活してるんだとか」
「さすがにそれはないかな」
秒でそう返されたハヤトは無表情で座り直してテーブルの上で手を組んだ。
そしてものすごく真面目な顔で私に訊ねてくる。
「さすがに……ないのかな」
「知りませんよ」
「あ、あのっ!」
ふいに背後から話しかけられた。
振り向くとそこには赤ちゃんを抱っこしたお母さんが立っていて。
「あ、さっきの」
「はいっ! あの、さっきは動転していてお礼が言えなくて……ごめんなさい! 助けてくれてありがとうございました!」
「いえ、何事もなくて良かったです」
ばぶー、と可愛い声を上げる赤ちゃんに皆の表情が緩む。
赤ちゃんは好奇心が旺盛なようで、テーブルの上のスープ皿を見つけて「あ! あ!」とぷくぷくの短い手を伸ばし始めた。
「あら、食べたいの? でもダメよ。あれは大人用なの。後でちゃんと潰したニンジンをあげるから、我慢してね」
「やー!」
食べさせてもらえないと知った赤ちゃんはぐずり始めた。
お母さんの腕の中でばたばたと暴れてやがて泣き始めてしまう。
「あらあら、困ったわね……。ごめんなさい、お礼に来たのに」
「いいんですよ。えーっと、クリス君? おいで」
ハヤトはお母さんから赤ちゃんを預かって、泣かれてもめげずに慣れた手つきで背中をトントンと叩きあやし始める。
「お上手ですね」
「俺、孤児院で育ったので。小さい子のお世話はよくしていました。……お母さん。クリス君はしばらく俺が見ているので、少し休んできて下さい」
「えっ!? で、でも……ご迷惑じゃ」
「全然迷惑じゃないです。このくらいの子って目が離せなくて大変ですよね。お母さんも、たまにはゆっくり食事する時間があっても良いんじゃないですか」
するとお母さんは口元を押さえて目を潤ませ、横の冒険者パーティーの女性達からは「結婚して……!」という小声が聞こえてきた。
だめ! 私がするの!
私が視線で敵を威嚇しているさなか、ハヤトに抱っこされたクリス君はお皿に触ろうとしてテーブルに手を伸ばす。
ハヤトは赤ちゃんを抱えたまま立ち上がり、テーブルから離れてお母さんに話しかけた。
「勝手に何か食べさせたりしないので、安心して休んで下さい。――クリス君、一緒に遊ぼうよ」
話しかけながら隅に移動していく。
さすが、小さい子の相手に慣れている。
壁際には古びたアップライトピアノが置いてあって、クリス君はそれに興味が移ったようだ。あ、あ、と言いながらしきりに手を伸ばしている。
「あれが気になるの? 触ってみる?」
それを聞いて私も立ち上がった。
彼は膝にクリス君を乗せて椅子に座り、ピアノの蓋を開く。小さな手が鍵盤を叩いてポーン、と音が響いた。みんなの視線がバッと集まるけれど、赤ちゃんが遊んでいるのだと分かるとスルーしてそれぞれの時間に戻っていく。
「上手だねー。そう、これがCだよ」
手のひらで鍵盤をバンバンと叩くのに合わせてハヤトも音を鳴らした。さすがに曲として成立はしないけれど、二人とも楽しそうだ。
ラヴの子が生まれたらあんな感じになるのかな。
なってほしいな。
微笑ましく眺めていたら、ハヤトが鳴らす音が無軌道なものから段々と旋律に変化していくのに気が付いた。
これは――この世界の子守歌だ。
貴族も平民も誰もが知ってる、お馴染みの、右手だけで奏でる子守歌。
赤ちゃんの遊ぶ音がちゃんとした音楽に変化したのにつられて、講堂の人達の何人かが意識をこちらに向け始めた。音に合わせて子守歌を口ずさむ声も聞こえる。
食事をしていたお爺さんが同じテーブルの人と話す声も聞こえてきた。
「懐かしいなぁ……。ワシの母ちゃんがな、よくこれを歌ってくれたんだ」
「アンタそんな昔の事をよく覚えてるね」
「もう顔もよう思い出せんけど、これを歌ってる声だけは覚えとるな」
「うちは娘が生まれた頃によく歌ったわ」
音が古い記憶を呼び起こしていく。
クリス君も聞き覚えがあるのか、鍵盤を叩くのをやめてハヤトの手元をじっと見ている。
これ知ってる、みたいな感じの顔。
私は彼が弾きやすいように、ハヤトの膝の上からクリス君を抱き上げた。赤ちゃんを抱っこするなんて初めてでちょっと怖かったけど、クリス君は音に夢中でおとなしくて、私でも大丈夫だった。
子守歌の演奏に左手の伴奏が加わり、深みが増していく。気が付くとクリス君のお母さんが横に立っていて、私と同じように聴き入っていた。
クリス君はお母さんに向かって手を伸ばし、「あ、あ」と声を上げる。
「お母さんのところに戻りたいの?」
「あー」
お母さんの腕の中に戻してあげると、クリス君はお母さんの髪の毛をぎゅっと掴んだ。
「ふふっ……。ありがとうございました」
お母さんは微笑み、私にお礼を言ってくる。
「お食事は済みましたか?」
「いえ、まだなのですが……これが聴こえてきたら、なんだかすごく抱っこしたくなって。いつもしてるんですけどね」
そう言って笑うお母さんの顔には愛が満ちていた。
子守歌の演奏は終わり、間を開けずに次の曲が始まる。これは“花のワルツ”だ。家で一緒に演奏して遊んだやつ。
ハヤトはわざとゆっくり前奏をして私に視線を送ってくる。きっと“入ってきて”と言っているのだ。私はマントの影からバイオリンをパッと取り出した。
「えっ……?」
隣にいたお母さんがぎょっとしていた。どこから出したの? という顔だ。
これはねお母さん、我がステュアート家の魔道具ですよ。
最近出たばかりでまだ旅をする人くらいにしか需要は無いけど、よかったらお買い上げ下さいね。
フフフと意味ありげに笑いかけながら楽器を構え、音を鳴らす。彼とはたくさん演奏して遊んできたから、呼吸を合わせるのも楽勝だ。
家から遠く離れたこの場所で一緒にワルツを奏でると、今まで彼と過ごしてきた記憶が次々に浮かんでくる。
――またあの頃のように過ごしたいな。
思い出の曲に、幸せな記憶が呼び起こされる。
不安な心が慰められて、ふと、涙腺が緩みそうになった。
♢
ワルツが終わると講堂中からたくさんの拍手が湧き起こった。みんな聴いてくれていたようだ。
「あの、今ので“上限”は上がったんですか?」
正直、今のワルツにはそういう効果があったようには感じられなかった。
ただ幸せな気持ちをくれただけ。私はそれでじゅうぶんなのだけど、これから身を守らなければならない人達に必要なのはやはり"英雄"の力なのではないだろうか。
案の定ハヤトは首を横に振り、「これからやる」と言った。再び鍵盤に手を置き、バーンと最初の音を鳴らす。
私の書く“文字”が無条件に魔法を発揮する訳ではないのと同じように、彼の“音”も無条件にそういう効果がついている物ではないようだ。
拍手のさなかに始まった“英雄”は、最初の一小節から不思議な魔力が宿っていた。
♢
演奏が終わると再び大きな拍手が湧き起こり、ハヤトは普通の顔してテーブルに戻った。
テーブルでは例の冒険者パーティーのみんなが高揚を隠し切れない表情で迎えてくれる。
「君達、凄いな! すっかり引き込まれたよ! 強いだけじゃなく音楽にも通じているなんて……いったいどんな人生を歩んだらそうなるんだ?」
「なんだか力が湧いてくるようだ……。正直、今すぐ戦いに行きたい」
「私もー! ねぇ、ちょっと行ってみない? 見回りも兼ねてさ」
「いいね。行ってみようよ」
彼らはごそごそと荷物をまとめながら私達に「君達はどうする? 行かないのか?」と訊ねてきた。ハヤトは答える。
「俺達は少し休みます」
「そうか。まぁ、大事な彼女を夜中まで連れ回せないよな。いくら強いとは言ってもさ」
「はは……」
「じゃ、俺達行くわ。いいもの聴かせてくれてありがとうな。縁があればまたどこかで会おう」
苦笑いするハヤトの肩にポンと手を置き、彼らは慌ただしく教会を出て行く。
私達はすっかり冷めたスープを挟んで向き合い、しばし謎の沈黙を過ごした。
どうしようかな……。見回り、私も行ったほうが良いような気がするけど。でもちょっと休みたいのもあるんだよね。今日は一日中歩いたから……。
「アリーシャ」
「はい」
「ありがとね」
「なぜお礼を?」
「色々。まさかこの旅がこんなに楽しくなるなんて、思ってもいなかったからさ」
「楽しかったですか?」
「うん。とっても」
「それは……良かったです」
「ありがとうね」
「もういいですって。やめてくださいよ」
なんだか別れの挨拶みたいじゃない。
なんとなく、彼は今でも私と共に家に戻るつもりは無いのだな、と感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます