幼馴染と後輩は、眷属を連れ込みたい

 「励……? 私のこと、好き?」


 おぼつかない足取りでこちらに来る白芽は、少し不安定な状態になっていた。よほど霞の言葉が図星だったのだろう、白芽はすっかり弱り果てている。


 「もちろんだ。白芽を嫌いになったことなんて、今まで一度だって無かったよ」


 「嘘……本当は私のこと、嫌いなんでしょ? 励は優しいから、私に気を使ってくれてるだけなんでしょ?」


 「っ!」


 白芽がそんなことを思っていたなんて、僕は考えもしなかった。これまでで一度もそんな素振りは無かったからだ。けれど、白芽は確かに苦しんでいたのだ。僕は白芽に二度とあんな顔をさせたくなくて、白芽に幸せになってほしかったのに、肝心な部分を見ていなかった。


 勝手な僕の思い上がりだったのだ。白芽は僕が傍に居れば笑ってくれる。だから、白芽は幸せとまではいかなくても、苦しむことは無いだろうと勝手に思い込んでいた。しかし、実際は違った。白芽は僕に依存するほど、少しづつ疑心暗鬼に陥っていたのだ。


 僕は、まるで迷子の子供のような白芽を抱きしめた。僕は馬鹿だ。霞どころか、白芽だってきちんと責任を取れていなかった。自分は白芽の責任を取れていたつもりだったのに、本人は僕のせいでこんな顔をしている。これでは本末転倒だ。


 「励……嫌だよ。私を、一人にしないでよぉ……」


 「一人になんてしない! これからもずっと一緒だ!」


 自分が自分で嫌になる。僕の行動は全て中途半端だ。不完全な助け方をして、不出来な責任の取り方をして、その結果がこれだ。泣き出した白芽をしっかりと抱きしめる。もう、絶対に悲しませないと固く誓いながら。


 「先輩、白芽さんが落ち着くまでそうしてあげてください。話が出来るようになってから、また再開しましょう」


 「うん……分かった」


 「やだぁ……私を置いていかないで……」


 「置いてなんか行かないから大丈夫だよ。ずっと、白芽の傍にいるって」


 白芽は僕への比重が偏り過ぎている。いずれは僕がいなくても生活できるようになってほしいが、今はまだその時じゃない。誰だって、一人は寂しいのだ。それを軽く扱うのは、いつだって本物の孤独を味わったことの無い人たちである。僕は、それを軽視したくない。


 しばらく泣き続ける白芽を抱きしめると、少しだけ落ち着いてきた。霞はそれを見て、また同じように白芽を説得し始めた。


 「白芽さん、先輩のこと好きですか?」


 「グスッ……好きに、決まってる……」


 「私もです。私にとって先輩は、無くてはならない存在なんです」


 「私にとっても……それは同じ。励は、渡したくない」


 白芽の僕を掴む力が強くなっていく。僕はそれに応えるように、白芽を抱きしめる力を強くした。少しでも、彼女の不安が解消されることを願ってのことだ。白芽は霞に背を向けたまま、その思いを吐露した。


 「頭では分かってた。励をこうやって縛り付けるのは、良くないって。でも、じゃあどうすればよかったの? 励が他の子に笑いかけていると苦しくなる。励が私以外を見ていると不安で仕方なくなる。私にとって励は必要な存在だけど、励にとっては違うんじゃないかって思ってしまう……」


 「全く……何をくだらないことで悩んでいるんですか。そんなの、あなたの暗示で聞けば一発で分かることでしょう」


 「それは……怖かったから。励が私のこと、本心ではどう思っているのか聞いてしまったら、否応無しにそれを認めなくちゃいけなくなる。だったら、嘘でも何でも優しくしてくれる励のままで、良いと思ってた」


 「白芽……」


 己の不甲斐なさを悔やむのはもう辞める。僕がすべきことは、出来もしない世迷言を思案することでも、自らを貶めることでもない。これからを考えることだ。本音を話してくれた白芽と霞に、行動がどれだけ不順であろうと心持ちだけは誠実でいることだ。


 「大丈夫、僕を信じて」


 「信じたい……! けど、怖いの! もしかしたらが頭によぎるだけで、気が狂いそうになるの……!」


 「……僕は白芽が強い子だって信じてる。それでももし、自分を自分で信じられないなら僕を信じて。僕は、いつだって白芽のことを想っているよ」


 「励を……励が信じる私を、信じる……」


 こんなものは逃げだと言われるかもしれない。自分の意思で行動出来ないのなら、それは他人に生き方を強制されているのと変わらないと。それでも、逃げることで彼女が救われるのなら……僕は白芽のために逃げ道を作ってあげたい。


 僕の胸に顔を押し当てて二、三度深呼吸すると、白芽は僕と眼を合わせた。それは、白芽が覚悟するための時間でもあり、同時に強制力を高めるものでもあった。ここまで長時間眼を合わせると、生死に関わるもの以外は何でもしてしまうだろう。そこまで深く見つめ合った後、白芽はその声を震わせながら僕に命令した。


 『励は私のことどう思っているの? 嘘偽りなく、答えて』


 「うん……僕は、白芽のことが好きだ。大切で大事で……どんなものより代えがたい存在だ、けど……」


 「けど、何……!?」


 白芽の顔が絶望に染まっていく。どうか、そんな顔をしないで欲しい。僕は白芽を心配こそすれど、疎ましく思ったことなど一度もない。今までの白芽との時間は、僕にとってかけがえのないものだったのだ。だからこそ……


 「僕のせいで、白芽の人生を歪めてしまったんじゃないかって、ずっと心配だった」


 「……っ」


 僕は、あの日の行動を後悔していない。あのいじめが起こった日も、それまでの白芽への対応も間違えなどでは無かったと思う。それでも、もっと白芽を傷つけずにことを収める手段があったのではないかと思ってしまうのだ。


 僕がもう少し、社交性があったのなら交渉の余地があったのかもしれない。もうちょっと、僕の察しが良ければ白芽がいじめられる前に対策できたかもしれない。そんなありえたかもしれないイフを想像しては、答えのない答え合わせをし続けていた。


 結果的に白芽は依存し、僕を強く求めるようになってしまったのだ。それは世間一般では、間違っているのだろう。僕はそれでも構わない。けれど、白芽もそう思っているのかどうかは別だ。白芽にはもはやその思考が無いのだから、選びたくても選べない。そんな彼女に、僕の考えを押し付けるのはただのエゴだ。


 「僕は、白芽をこうしてしまった責任を取りたい。けど、その取り方が正しいのか、本当にそれを白芽が望んでいるのか不安だった。それでも僕は……正しい幸せを、白芽に願っている。これだけは、絶対に確かだ」


 白芽の暗示のおかげで、僕の中で上手く言葉に出来なかった感情が全て吐き出された。本当に情けない。僕は結局、責任を取ると言いながら自分の罪悪感を消したかっただけなのだ。自分は正しいことをしたのだと、信じたかっただけなのだった。


 沈む僕に、白芽はゆっくりと行動を起こした。その手を僕の頬にあて、そのまま顔を近づけてくる。白芽が何をしようとしているのか、僕にはすぐに理解できなかった。だってそれは、白芽が今まで僕にしてこなかった行動だったから。


 「なっ!」


 「……!?」


 「はむ……んちゅ……」


 白芽の口が、僕の口とくっついている。何なら舌まで入っている。恋人同士がするような、情熱的なキス。隣で控えていた霞が思わず顔を赤くしてしまうほどの激しいものを、僕は半ば意識を飛ばしながら味わったのだった。


 「ぷはぁ……今日は、ちゃんと起きてる励に出来た。えへへ……」


 「ちょっ、ちょっと白芽さん!? あなた、いきなり何してるんですっ! ついに気が触れてしまったんですか!?」


 「励がおかしなこと言うから、行動で示してあげたの。それと、こんな簡単な事だったのに私も励も気付けなかったことが、なんだか悔しくてつい」


 「ぁ……え?」


 状況が把握出来ない。どうして、白芽は僕にキスをしたのだ? えっと、要するに白芽は僕の本音を聞いて、腹を立ててキスをしたってことでいいのか? だとすると、僕の考えていたことは……


 「余計なお世話だよ。私は、そこまで弱くない。助けてくれた励に感謝こそすれど、あなたを恨んだりなんてしない」


 「そっか……そうだったんだ……」


 僕が心配をしていたことなど、白芽は一切気にしていなかった。それと共に、白芽が気にしていたことを、僕は全く気にしていなかった。単なる考えすぎ。それが、僕と白芽の間にあった悩みの正体だった。


 「励は何でも自分のせいにしすぎ。私だってこの女だって、きっかけはあってもその気持ちを認めたのは自分の意思なの。それを、励があーだこーだ考える必要は無い」


 「そうですよ。先輩は何も悪い事してないじゃないですか。なのに、責任が責任がっておかしいですよ。そう言うのは、もっと深い関係になってからですね……」


 「発情駄肉女は黙ってて」


 「はつっ……! ぶっ飛ばしますよ!?」


 白芽はいつものように、無表情のままケロッとしていた。そうか……僕はまた間違えていたのか。責任を取るなんて、僕にはおこがましかったのかもしれない。そもそも前提として、僕は彼女たちに損害を与えていなかった。いや、彼女たちは与えられたと思っていなかった。


 取るべき責任はそれほど多くなく、だと言うのに僕は勝手に何でも自分のせいにして、責任というお題目を掲げ続けた。僕がすべきことはもっと単純で、もっと簡単な事だった。なんて遠回りなのだろう。それでも、ようやく正しいと思えることを、正しくなくても貫きたいと思えるものを見つけた。


 「白芽、それと霞。僕を……眷属にしてくれますか?」


 白芽は無表情のまま、しかし少し頬を緩めながら言った。


 「もちろん。励は、とっくの昔に私の眷属こいびとだよ」


 霞も僕の方を向いて、噛み締めるように続いた。


 「はい。先輩は、私の眷属かみさまです」


 僕はこの日をもって、正式に白芽と霞の眷属になったのだった。


--------


 「でも、私はまだ納得してないよ。励は、渡したくない」


 「うっ……なぁなぁで流せるかもって思ったのに……」


 「そこを曖昧にしちゃ駄目だよ。きちんとお互い納得出来るような、ギブアンドテイクの関係じゃなきゃ」


 私の目の前には、励がいる。愛しの励。私の眷属こいびと。誰にも渡したくない、私の精神的な拠り所。でも、このチビに言われたことは耳が痛かった。


 私は励を手放したくない。しかし、社会生活を送る以上励とずっと一緒にはいられない。励の血は美味しいし、学校にはあと一人要注意の吸血鬼がいる。そんな中、私はこっちの吸血鬼を相手にしながら励を守れるのだろうか。


 「言ってることは、まぁ分かる。私だって殺人は嫌だし、励を守りたい。けど、それで二股を認めろって言うのは、少し横暴じゃない?」


 「今までわがまま放題だったあなたが、それを言うんですか……」


 発情駄肉チビ女は黙っていて欲しい。ともかく、私と励のイチャラブ生活のためにもこんな要求はさっさと突っぱねて……


 「白芽、お願いだ。僕に、霞の眷属になることを許して欲しい」


 「うん、許すっ」


 あ……つい、反射的に許可を出してしまった。だって、今の私に励のお願いを断ることなんて出来ない。今までの励への愛には、私の愚かな邪推があった。だから、その愛には不純物が混ざっていたのだ。


 だが、今の私にそんなものは一つもない。純粋で無垢な愛情だけがそこにある。今も励を触っていないとまたキスしてしまいそうになる。そんな状態なのだ。全肯定してしまっても仕方ない。


 「おーい、終わったかー?」


 遠くから、男の声が聞こえた。川瀬だ、小学生の時に私から励を奪った最初の奴。私と励の時間を減らす奴は例外なく嫌いだ。さっさと励で不愉快な顔面を上書きしよう。


 「誠一、どこにいたの?」


 「お前らの痴話喧嘩が悪化した時に、いつでも通報出来るようスタンバってた。まぁ、そうならなくて良かったぜ。いやマジで」


 ニヤニヤと笑う川瀬は、そのまま手元にあるスマホを操作していた。彼の手が止まると同時に、励のスマホが振動する。どうせこいつの着信だろうし無視していると、励は驚いた様子で声をあげていた。やっぱり、見ておけば良かったな。


 「じゃ、そういう訳で。俺は帰らせてもらうからな」


 「ちょっ……ちょっと待っ!」


 プラプラと手を振りながら、彼は帰っていった。一体、何を言ったのだろうか?


 「霞……これってどういうこと?」


 「どういうことって……そのままの意味ですよ? 先輩は、今日私の家に泊まるんです」


 ……はぁ? この女、私から励を奪うつもりは無いとか言っていたくせに、何を言っているのだ。抗議のために声をあげようとすると、奴は全てを理解しているような顔で私を制止した。


 「まぁまぁ、気持ちは分かります。けど、これは白芽さんにもメリットのある素敵な事ですよ?」


 彼女は私に近づくと、耳元でこう続けた。


 「今日、両親は二人とも出張に行っていて家にいません。ですので、私たち二人で先輩をそこに連れ込んで襲ってしまいましょう。先輩に、本気の責任を取ってもらうんです」


 なるほど、頭真っピンクの発情しきったこいつらしい考えだ。やはり、こいつを励の近くに置いておくのは危険では無いのか? 今は励の意向を大事にしたいから黙認はしてやってもいいが、あまり度が過ぎると私も我慢できない。励の初めては私が既に予約済みなのだ。励が成人するまで必死に守ってきた、年代物の初物は渡さない。


 とはいえ、こいつを排除して励の貞操を守り切るのは難しい。励は保健室に顔を出す機会が多いし、そこで鉢合わせしたついでに襲われては、私も助けに行けないかもしれない。だったら、今は二股をあえて見逃す方が御しやすくて良いだろう。ゆくゆくは私と励だけの甘々生活にするつもりだが、それはまだ先の話だ。今は励を守ることを最優先するのだ。


 「分かった。じゃあ、励をそこに連れ込もうか」


 「あれっ……? もっと反発されると思ってたんですが、意外と素直ですね……」


 少し怪しまれたが、問題ない。私もお母さんとの約束が無ければ、とっくの昔に襲っているのだ。その欲求は本物で、色ボケにはなんとなくそれが伝わったようだ。チョロいな、こいつ。


 「むふふ……初めては白芽さんにあげますから、存分に楽しみましょうねー」


 ルンルン気分で私を微塵も疑わない駄肉は、わざと胸を押し付けて励と話している。つくづく癪に障る奴だ。励を楽しむ妄想で頭が一杯なのか、だらしない顔をしている。それを見て私は決意した。これから良好な二股関係を結ぶためには、きちんとした序列が必要だ。


 一番上が励として、その下に正妻である私が来るのは必然であろう。あれは、まだ私に対する敬いが足りない。初物を譲るなど、当たり前だろう。それは私が数年前に予約したものだ。私が貰って当然なのである。


 上下関係を築く際に必要なのは、舐められないこと。あいつは些か、私を舐め過ぎだ。私が励に縋りつく所を見て評価を下げたのだろう。私を立てる振りをして内心、ほくそ笑んでいるに違いない。だから、二人で励を襲おうなどという発想がでて、私に協力しろだなんて言えるのだ。


 こいつは少し、痛い目を見た方が良いだろう。そのためにも、今はその下種な提案に乗ってやる。私は渋る励の最期の一押しのため、駄肉女に加勢するのだった。

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