第38話 夢の続きをあなたと
◇◇◇
シンっと静まり返る会場の中、陛下の声が厳かに響く。
「もう決めたことだ。皆も聞いてほしい。私は退位して、ここにいるジークハルトに王位を譲ろうと思う」
突然の言葉に息を呑む。周りの貴族たちも次々と声をあげた。
「そ、そんな、王太子殿下は確かに優秀な方だと伺っております。ですがまだお若い。陛下も退位なさるようなお年ではありますまい……」
「そ、そうです。貴族たちが混乱する今、王のお力が必要です!」
貴族たちの混乱はもっとものことだと思う。初めて拝見した国王陛下は穏やかで優しそうなお方で、年齢的にはうちの父とさほど変わらないように見える。確かに譲位を考えるような年齢ではないはずだ。
「いや、私はもう疲れてしまったのだ。もともと私は王の器などではなかった。此度の一連の事件も、私の指導力不足が原因だ。不甲斐ない王であった私を許して欲しい。ジークハルトは私などよりはるかに優秀だ。ここ数カ月の働きを見てもわかるだろう。ジークハルトが立派に成人した今、王座を降りることになんの未練もない。これからは皆でジークハルトを盛り立ててやって欲しい」
王の言葉を誰もが固唾をのんで見守った。王が今回の事件について言及するのは初めてのことだろう。だが、多くの貴族に周知されていることらしく、皆一様に目を伏せていた。それほど、今回の事件が及ぼした影響は大きかった。一連の責任を取って王の位を退く。それが、国王陛下が出した結論なのだろう。
「そ、それでは王妃はどうなさいます。王となるには王妃が必要です。ジークハルト王太子殿下はいまだ独身で……」
しかし会場中が重い空気に包まれる中、高位貴族と思われる男性の一言で陛下は嬉しそうに目を細めた。
「それに関しては心配ない。すでにジークハルトには心に決めた令嬢がいるそうだ。そうだな」
国王陛下に促され、ジークはにこりと微笑む。
「ええ。彼女以外には考えられません」
ジークの言葉に会場が一斉にざわついた。ちらちらと視線を感じていたたまれない。それはそうか。ジークの色を身に纏い、親しく会話していた私は誰がどう見ても王太子殿下の意中の相手だろう。
「それはもしや、先ほど殿下が親しくされていたあちらのご令嬢ではございませんか」
一人の男性が真っすぐ私を見て問いかける。途端に口々に騒ぎ出す貴族たち。
「いや、確かあのご令嬢はアルサイダー男爵家の令嬢と聞いたぞ。王妃となるには身分が低すぎるのでは?」
「まさか。他に本命がいらっしゃって側室の一人としてお迎えする心づもりなのでは?」
あまりに心無い言葉に胸が痛む。そんなことは誰に言われなくとも私自身が一番分かっていることだ。
だが次の瞬間、カツっと靴音を響かせてジークが一歩前に出ると、誰もが口をつぐんだ。ジークの纏う空気が一気に変わる。笑顔が怖い。
ツカツカと近寄ってきたジークにぐいっと抱き寄せられると、耳元で「許してくださいね」と甘く囁かれた。
ジークは目の前で優雅に跪いたかと思うと、そっと私の手を取った。
「私が愛するのは生涯あなたただ一人。心から愛しています。私の妻になっていただけますか?」
ピタリと視線を合わされて固まってしまう。いつになく真剣な顔に目が離せない。
「身分が……」
やっと絞り出した声は緊張してからからに乾いていた。
「私にとってあなたほど尊い人はいません。あなたは私の全て。あなたを悲しませるすべてのものから守ると誓います。この手を取っていただけませんか?」
「ジーク……」
「ソフィア、愛している」
色々な想いがあふれては消え、言葉が出てこない……
陛下はぐるりと会場を見回すと、厳かに宣言した。
「皆が心配するのもわかる。しかし、私はジークハルトの意見を尊重しようと思う。私もジョセフィーヌを心から愛していた。死してなお彼女以外を愛することは考えられない。王となるものには重い責任がつき纏う。愛する王妃の存在はその支えとなるだろう。皆もジークハルトの選んだ相手を認め、二人の結婚を祝福してやって欲しい」
「陛下……」
(国王陛下が認めてくれた……の?)
「国王陛下にそれほどまで愛された王妃様は本当にお幸せなかただわ……」
「ジークハルト殿下の真剣なお言葉、胸に刺さりましたわ」
「ええ、女性冥利に尽きるというもの」
「私も本当に愛するかたと結ばれたいわ!」
陛下の言葉を皮切りに次々と肯定的な言葉が聞こえてくる。ひときわ大きく聞こえてくるのはメアリー様やキャロルちゃんたちのグループだ。応援してくれている……
「ソフィア、返事を」
「だって、私はただの男爵令嬢だし……」
「かまいません」
「もともと平民で本当は口だって悪いし……」
「知っています」
「ジークは本物の王子様だもの……」
「あなただけの王子です。そう、言ったでしょう?」
いいのかな、私、この手をとってもいいのかな……
「愛してます。心から。私のこと、好きでしょう?」
「大好きです……」
泣きながら手を取る私を優しく抱きしめるジーク。
どうか夢なら覚めないで欲しい。
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