第35話 貴族の生活は無駄がいっぱい?

 ◇◇◇


 王宮の門前には、すでに多くの貴族達が馬車を連ねていた。二頭立ての豪華な作りの馬車は歴史と伝統が感じられる、と言えば聞こえはいいが、どこか古びた印象のものが多い。そういえばシリウス伯爵家の馬車もこんな感じだった。


(貴族と言えども馬車の手入れには莫大なお金がかかるものね)


 基本的に貴族の使う馬車は職人が一台ずつ手作業で制作したもので驚くほど高価なため、そうそう買い替えられるものではない。そのため、どの家でも丁寧に修理を繰り返しながら乗っている。


(ふむ。これは……馬車の修理や部品交換専門のお店なんてどうかしら。艶出しを塗るだけでも随分印象は変わるわ。内装もこだわったほうがいいわね。でもそうすると金額も上がるか。いえ、いっそのこと馬車を大量生産して安く作れないかしら……工房を作って職人を育てるのもいいわね)


「ソフィア、まだ緊張してるのかい?そんな難しい顔をして……」


 暇つぶしに新しく思いついた商売のアイデアを考え込んでいたせいで父が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「ああ、高位貴族の方たちの馬車が古びて見えるから、安く豪華に作り変える方法はないかと思って」


 素直に話すと呆れた顔をされてしまった。


「またかい?相変わらずソフィアは商売熱心だね」


「貴族の生活って無駄が多いわ。わざわざお金がかかることばかりしてるもの。その割に無駄をなくす努力はしないのよね。そのお金がどこから来たものかちゃんと分かってるのかしら」


「でも、貴族がお金を使わなければ経済も回らないからね。きちんと社会に還元できる仕組みを作れば浪費は罪じゃない」


「確かにそうね」


 そうこうしているうちに入城が許される。夜会が開かれる広間への入場は身分の低いものからになるので、新興男爵家の私たちはくつろぐ暇なく入場することになるはずだ。しかし、なぜか控室のほうに通されてしまう。


「お呼びするまでこちらでお待ちいただけますか?」


「ありがとう」


「では、何かございましたらお呼び下さい」


 メイドが出ていったあと父はのんびりソファーに腰を落ち着けているが私は気が気ではない。


「ねえ、お父様。私たちは一番最初の入場じゃないの?」


「ああ、ちょっとした余興があるから少し遅れて入場することになってるんだよ」


「余興って何?聞いてないんだけど」


「大したことじゃないさ。それよりソフィアもお茶とお菓子はどうだい?」


「お菓子は遠慮しておくわ。コルセットがきつくて食べられそうにないもの」


「おやおや、安くて豪華な馬車よりも先に苦しくないコルセットを作ったほうがいいかな?」


「むしろコルセットなんて馬鹿げたもの無くすべきね」


「そうなると女性たちの間で革命が起きそうだ」


「革命を起こすのも悪くないわ」


 ゆっくりとお茶を飲み終えたころ、ようやく「お待たせいたしました」と声がかかる。


「ではお嬢さん、お手をどうぞ?」恭しく差し出された手を取り、真っすぐに背筋を伸ばして歩き出す。もうすぐジークに逢える。そう考えただけでどうしようもなく心が浮き立つ。身分違いだって分かっているけど、好きな気持ちはそうそう簡単には変わらない。多分一生、変わることはないだろう。


 広間のドアを開けると一斉に注目が集まる。呼ばれた名前に驚きを隠せない人、いぶかしんでいる人、あなどっている人。貴族たちの反応もそれぞれだ。微笑みを張り付けながらぐるりと会場を見渡し、素早くジークの姿を探す。まだジークは広間に来ていないようだ。挨拶を済ませ広間の中ほどに移動したとき、新たなる入場者を読み上げる声が響いた。


「国王陛下と王太子殿下のご入場です」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る