第20話  悪役令嬢はご機嫌ななめ

 

 ◇◇◇


「待ってましたわ。あなたこの非常事態に一体何をなさってたの!?」


 屋敷に入ったとたん、玄関ホールで仁王立ちしていた令嬢に凄まじい剣幕で詰め寄られギョッとする。


「はっ、えっ?……はぇ?」


「お陰でずいぶん時間を無駄にしてしまいましたわっ!もう一刻の猶予もありません。今すぐ王宮に乗り込みますわよっ!」


「は、はいい???ま、待って。し、失礼ですがどちら様でしょうか……」


「私を知らないですって!?これだから平民上がりは嫌なのよっ!いえ、今は私のことなんてどうだっていいわ。近衛騎士たちに捕まったロイス様を助けにいくのよっ!あなたも一緒にきてもらうわよっ!」


(んんっ!?ロイス?そう言えばさっきロイスと一緒にいた……キャロルちゃん、だっけ……?)


 学園で見かける度に違う令嬢を連れているロイスのこと。相手の顔なんていちいち覚えてもいないが、目の前のご令嬢にはなにやら見覚えがある。


 よく見ると、甘いピンクブロンドに透き通るような空色の瞳を持つ、なんとも儚げな風貌の美少女だ。


 くっ!ロイスの奴めっ!こんな儚げな美少女にまで手を出すとはっ!羨ま……けしからんっ!!



 内心ロイスを罵倒しつつ、なぜキャロルちゃんが家の玄関前で仁王立ちしてるのかは謎。さっきからバルトがハラハラした様子で見守っているし。一体いつから待ってたんだろう。


「えーと、お待たせして申し訳ありません?」


「ついてらっしゃいっ!」


 鼻息も荒く手を取られるとあれよあれよという間に待機していた馬車に乗せられる。立派な二頭立ての馬車に付けられた家紋を見て思わず息をのんだ。


「ソード侯爵家……」


「あら?さすがに気がついたようね?」


 フフンと鼻を鳴らすキャロルちゃんを見て納得する。貴族なら知らないはずなどない。だって


(宰相閣下のご令嬢。未来の、王太子妃様だ……)


 ◇◇◇


「はぁ、ロイス様、今頃騎士たちにひどい目にあわされてないかしら。だいたいなんで近衛騎士が学園にまで出張ってきますのっ!貴重な学園生活が台無しですわっ」


 先程からイライラを隠そうともしないキャロルちゃんに


「はあ、そうですね」


「心配ですね」


 と気のない返事をしていたらついに怒られた。


「大体!あなたは仮にもロイス様の婚約者でしょう!何をそんなに落ち着いてますの!?ロイス様のことが心配ではないの!?」


「あ、いやぁ、心配ではあるんですが、多分ロイスが原因で連れていかれたわけじゃ無さそうなので……そんなにひどい目にはあってないんじゃないかなと」


「なぜそんなことがわかるのよっ!」


 キッと睨み付けられて言葉に詰まる。ラファのことは秘密だ。


「とある情報筋と申しましょうか……」


 私を睨み付けていたキャロルちゃんは、途端にポロポロと泣き出してしまった。


「本当……?本当に、ロイス様は大丈夫だと思う……?」


 わっと泣き出したキャロルちゃんの背中をさすりながら思う。


(うーん、これって、もしかして浮気にあたるのかな?王太子妃候補だったよねぇ?)


 何やらヤバそうな匂いがする。余り関わらないほうがいいのでは……と思ったそのとき、


「ロイス様だけが、私に話し掛けて下さったの……」


 キャロルちゃんがポツリポツリと話し出した。


 王太子妃候補として選ばれたものの、一度も王太子殿下に謁見を許されたことがないこと。


 そのせいで他の貴族から遠巻きに見られていたこと。


 威厳を保つためにとびきり傲慢な態度をとっていたらますます孤立してしまったこと。


(王太子殿下のお噂はあまり聞かないのよね。確か飛び級で学園を卒業した天才だけど、人嫌いで離宮に閉じこもりがちとか……)


「息の詰まるような学園生活でロイス様だけが、他の令嬢と変わらない態度で私に接して下さったの。嬉しかったわ」


 単に可愛かったから声をかけただけなんじゃ……と思いつつ、黙って聞くことにする。


「でも、もし、私のせいでロイス様が捕まったんだとしたら……王族への不敬罪で処分とか、されたら……」


 再び涙がポロポロとあふれてくる。


「お願い。ロイス様の婚約者のあなたからも、ロイス様の減刑を求めてほしいのっ!」


「あー、いえ、うーん……」


 あれ、もしかしてもし本当にそうならヤバくない?ロイス、王太子殿下に手打ちにされちゃうんじゃないの?


「……ちなみにロイスとはどの程度のご関係ですか?」


「ど、どの程度って!」


 途端に顔を赤らめソワソワと視線を彷徨わせるキャロルちゃん。何これ可愛い。


「お、お昼に庭園をお散歩したり、ランチをご一緒したり、図書館でおすすめの本を選んでもらったり……」


 うん。大丈夫。それなら手打ちにされることはないだろう。


「こ、この間、く、口付けを……」


 きゃっと手で顔を覆うキャロルちゃんをみてすんっと表情が落ちる。いや、分からない。もしかしたら死ぬかもしれない。私は頭を抱えたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る