第二百五十六話 ジェマの暴走

「ぐわぁ」

「きゃー!」


 突如として群衆から悲鳴が上がり、何人かが倒れていく。

 そして、一匹の魔獣が姿を現した。


「アールースー! こ、殺ーす!」


 既に異形の姿になっているが、間違いなくジェマだろう。

 目は大きく赤く見開いていて、口からは牙も生えている。

 手は刃のようになっていて、これで群衆を切りつけたんだな。

 

「くそ、完全に魔獣化してやがる」

「あ、あれがジェマなのかよ。もう元の姿が、欠片も残っていないぞ」


 アスル王子とビューティーさんも直ぐに戦闘態勢を取るが、ビューティーさんは初めて見る魔獣の姿に相当驚いている。


「今のうちに、浄化を!」


 俺は、ジェマがアルス王子とビューティーさんと対峙している隙に、浄化を仕掛けてみた。

 だが、ジェマは直ぐに察知して、屋根の上に逃げてしまった。


「くそう、なんとすばしっこい」

「これでは、もう覚悟を決めるしかないかな」


 アルス王子とビューティーさんは、同級生に対して刃物を向ける事に葛藤しながらも、戦うことを決めたようだ。


「お兄ちゃん、お待たせ」

「うわあ、また新型?」

「すばしっこいみたいだね」

「動きを止めないと」


 巡回中のミケ達もやってきた。

 今回は強敵だと感じている様だ。


「恋心から憎しみに振り切ってしまうとは」

「何とも悲しいことだな」

「それでも、止めないといけないぞ」


 ルキアさんとドラコの母親とルシアの母親も、スタンバイ完了だ。

 ルキアさんは、鞭も装備している。

 上空には龍も待機している。

 これで、ジェマは逃げ切れないはずだ。

 

「先ずはどうにかして動きを止めよう。止めたらルキアさんとララと一緒に、聖魔法を叩き込もう」

「それが一番早い解決方法だな。サトーなら、手足の一本や二本は再生出来る」

「よーし、ここはある意味腕の見せ所だな。体は傷つけないようにしないと」


 対応方針が決まったので、一斉に戦闘を仕掛けた。


「うりゃー!」

「すばしっこい!」

「当たらないよ」

「難しい」


 ミケ達が連携しながら攻撃するが、ジェマはひょいひょいと避けていく。

 そして、隙をついて攻撃を仕掛けてきた。


「うりゃ!」

「がっ」

「「「「おお!」」」」


 その瞬間をビューティーさんが逃さずに蹴りを入れてジェマを吹き飛ばす。


「攻撃をしている最中は、体が硬直する。ある意味チャンスだぞ」

「「「「おお! 流石は剛腕ビューティー!」」」」


 ということで、ミケも格闘スタイルに変更してジェマに対峙する。


「あたしらも仲間に入れてくれよ」

「久々に血肉沸き立つね」


 と、ここでドラコの母親とルシアの母親も屋根に乗ってきて参戦してきた。

 空に待機していた龍の内、何頭かも人間スタイルになって屋根に降り立った。

 他のメンバーは、襲われた人達の救出や治療で手一杯だ。

 このメンバーで、どうにかするしかない。


 形勢不利を悟ったのかジェマは逃走をはかるが、そこは数の論理でうちの方が優位。

 次々に攻撃が仕掛けられていき、ジェマは段々と防戦一方になっていく。

 そんな中、ジェマがこっちに向かって突っ込んできた。

 魔力をため始めたので、何かをやらかす気だ。


「アルス王子、ルキアさん。皆も、魔法攻撃が来るぞ!」

「グワァー!」


 タヌキ侯爵の時の様に、ジェマは口を開いてビームの様な魔法を放ってきた。

 狙いはアルス王子だ!

 俺は咄嗟にアルス王子の前に立って、魔法障壁を全力展開する。


「くそ、なんて威力だよ。タヌキ侯爵よりも凄いぞ」


 踏ん張っていても、ズリズリと後ろに後退させられる威力だ。

 タヌキ侯爵の時よりも、数倍は威力があるぞ。


「そこ!」

「グワー!」


 周りも魔法の余波で動けない中、ルキアさんがピンポイントでジェマの左足を魔法で射抜いた。

 ジェマが魔法を放つのを止めて体勢を崩したところを、アルス王子とビューティーさんが見逃さなかった。


「はあ!」

「おらよ!」

「ギャー」


 アルス王子がジェマの左腕を切り飛ばし、ビューティーさんが右足を切りつけた。

 ジェマは体勢を崩して、地面に倒れ込んだ。


「今だ。ルキアさんに、ララ」

「はい」

「えーい!」

「グギガャー!」


 倒れ込んだジェマに対して、三人で一斉に聖魔法をかける。

 ジェマは抵抗しようともがくが、動けないのでなすがままだ。

 段々とジェマの魔獣化が解けていき、元の姿に戻っていった。

 それでも念には念を入れて、聖魔法をかける。

 ジェマの体からようやく淀みが消えたのを確認してから、軽く回復魔法をかけて出血を止めてから拘束した。


「ふう、なんつう化け物だよ」

「新しい薬なんだな。ほら、ジェマを見てみろ」

「白髪が生えて、肌がシワシワになっている。生命エネルギーを使った訳か」


 アルス王子とビューティーさんが話をしているが、ジェマは魔獣化の影響で老化が進んでいた。

 タヌキ侯爵の時もそうだったが、新しい薬は本当に危険だ。

 これが広まったら、本当に大変な事になるぞ。


「ふう、何とか収まったな。サトー、悪いがジェマを王都の兵に引き渡してくれないか? 儂もついていく」

「分かりました。ジェマの母親も拘束対象ですね」

「そっちは、既にスラタロウに頼んで送ってある」


 ということで、軍務卿と一緒にジェマを王都の軍に連行した。

 これから、本格的な取り調べが行われるだろう。


「サトー、手を貸して。怪我人が多いの」

「直ぐに行く」


 護送が終わったら、怪我人の救護。

 部屋が爆発した際に飛び散った破片でかなりの人が怪我をしていて、結構大変な状況だった。

 他にも、切りつけられた人の中には腕を切断している人もいて、まさに総出で対応にあたった。

 勿論ルキアさんも治療にあたっていたし、ソフィー皇女も手伝っている。

 お屋敷に運ばれた怪我人は、王妃様達も手当をしていた。

 そうしてお昼過ぎになって、ようやく一段落した。


「流石に疲れた」

「でも、死者が出なくて良かったですね」


 最終的な怪我人は百人を超えていたが、幸いにも死者は出なかった。

 一番の重傷がモートル伯爵だった。

 ジェマに腹を刺された上に魔法の直撃を受けたので、出血が多く当分は安静にしないといけない。

 しかし自分の娘がやらかした事を謝罪すべく、応接室に集まった人に対して土下座をしていた。


「一つ間違えれば王妃様も傷つけてしまいました。多くの人に怪我をさせてしまい、謝罪のしようもありません」

「モートル伯爵、顔を上げてください。伯爵は事件に関与していませんし、こうして謝罪をして頂きました」


 ルキアさんが顔をあげるように促して、ようやくモートル伯爵は土下座をやめた。

 どうも今回の事は、モートル伯爵の全く知らない所で行われていたようだ。

 というのも、拘束されたジェマの母親はあのタヌキ侯爵家の出身。

 モートル伯爵よりも高位の侯爵出身の為に、常日頃から暴走が止まらなかった様だ。

 ちなみにならず者を送り込んだ下っ端貴族には、ジェマの母親の親戚が嫁いでいるという。

 血縁関係を利用した、上下関係の締め付けが背景にもありそうだ。


「モートル伯爵に罪はないとはいえ、罰金刑位は覚悟して貰わないとな」

「覚悟の上です。私が死刑になっても文句は言えませんので」

「流石にそれはない。しかし、モートル伯爵夫人とジェマは死刑も覚悟してもらわないといけないな。それに屋敷も家宅捜索されているだろう」

「はい、これだけの事をしておりますので、そのつもりでおります」


 軍務卿とモートル伯爵が色々と話をしているが、モートル伯爵夫人とジェマの死刑は避けられないだろう。

 国家として接触禁止を通達しているワース金融と繋がっていたのだから、それだけでも死刑対象になる。

 細かい所は捜査の進展次第だな。


「でも、これで懸念事項はクリアできたから、安心して結婚式ができますね」

「沢山の人が怪我をした中ですので、少々心苦しいですが」

「とはいえ、怪我した連中も結婚式が中止になることは望んでいないぞ。ここはパーッと派手にやらないとな」


 確かに、怪我した人も結婚式を見たいはずだ。

 ここは領民を安心させるためにも、結婚式を開いた方が良いだろう。

 ここにいるメンバーも同じ考えだ。

 怪我人のモートル伯爵とザンディ子爵を、それぞれの王都の屋敷に送っていった。

 早速家宅捜索が行われていたが、二人は怪我人ということもあり、事情聴取は翌日以降ということになった。


「しかし、人神教国ってのは怖いな」

「平気で人を実験台にするあたり、もうマトモではないだろう」

「本音を言うと叩き潰したいが、国家である以上下手には手を出せない」


 そして話題は人神教国に。

 相変わらずのクズっぷりに、思わずため息が出るよ。

 

「いっそのこと、犯罪組織指定にして人神教国を潰したいですね」

「だが、難民に混じって闇ギルドが散らばりかねん。相当な対策が必要だ」


 この世界に来たときから、常に人神教国が平穏な時間を潰している。

 いつかは、人神教国に乗り込んでやりたいものだ。

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