第九十話 復興に向けて

 じー。

 じー。


 視線を感じて起きたら、二つの顔が俺の事を覗き込んでいた。


「ミケにドラコ。何しているんだ?」

「お姉ちゃんからお兄ちゃんになった」

「サトーが女から男になった」


 ミケにドラコよ、俺は元から男ですよ。

 昨晩はミケとドラコは俺が寝るよりも先に寝てしまい、俺が女装する必要も無くなったので何も変装せずに寝ていたら、朝になって起きたら俺が男になっていたと驚いていた様だ。

 

「久々にお兄ちゃんになっているのを見たよ」

「これが本当のサトーなんだ」


 あの……二人とも、そろそろ俺の上から降りてくれないかな。

 ベットから起きられないんだけど。

 そろそろ着替えて食堂に行かないと。


「「「「あっ」」」」


 ミケとドラコを連れて一階の食堂に降りたら、女性陣から一斉に誰だ? って顔で見られて、その後に俺だと気がついた様だ。


「みなさん、一瞬誰だか忘れたでしょう」

「うむ、今までの女装が自然だったので、サトーが男だと言うことを忘れておったのじゃ」


 俺がツッコミを入れても、ビアンカ殿下がサラリと白状して女性陣が皆同意するようにうなづいていた。

 俺は思わずがっくりと項垂れてしまう。

 ちなみに宿の旦那さんと娘さんは、最初俺の事を不審者だと思っていたらしいが、実は女装していたと話をしたところ腰を抜かして尻餅をついていた。

 娘さんを起こそうとして近づいたら、尻餅の姿勢のまま後ろに勢いよく下がっていった。

 おう、流石にショックだぞ。


「いいじゃないですか。美男子という事ですよ」

「そうですよ。これからは女装をしなくていいのですから」


 リンさんとエステル殿下が何かを言ったので、とりあえずそういう事にしておこう。

 今は時間がないのだ。

 早くご飯を食べて、領主邸に行かないといけない。

 ドラコも一緒にご飯を食べて、準備ができ次第馬車に乗り込む。

 ちなみに馬車に乗る時、馬が俺の方を見てホッとした表情になっていた。

 馬よ、俺はこの先も女装するつもりはないぞ。


 馬車はゆっくりと早朝の街を進んでいく。

 ワース商会の前では、騎士たちが朝から忙しく動いていた。

 違法奴隷以外にも違法な物が出てきて、証拠品を領主邸に次から次へと運んでいた。

 この分だと、調査はしばらく続きそうだ。


 その後も何事もなく、領主邸に到着。

 食堂に関係者が集まっているというので、みんなで向かう事に。

 と言っても、オリガさんとマリリさんは席につかずに壁際にいるけど。

 食堂にはアルス王子の他にルキアさんとルキアさんのお父さん、自治組織のモルガンさんとケリーさんにレオさんがいた。


「サトーがその格好でいると、何だか安心するな」

「私はサトー様の男性の姿を、久々に見た気がします」


 アルス王子とルキアさんが女装していない俺の姿を見て苦笑していたが、他の人はよく分かっていなかった。

 モルガンさんとケリーさんとレオさんは、俺が女装していたのを知っているはずだが、頭の理解が追いついていないようだ。

 そしてルキアさんのお父さんが、ルキアさんに俺の事を尋ねた。


「ルキアよ、そちらの男性は昨日はいなかったと思うのだが」

「お父様、昨日黄色いドレスをきた女性がおりましたよね」

「おったぞ。とても美しい女性だった」

「実は、こちらのサトー様が女装していた姿となります」

「は?」


 ルキアさんのお父さんは、俺を見てびっくりした表情で固まってしまった。

 よく見ると、モルガンさんとケリーさんとレオさんも驚いた表情のまま固まっていた。

 

「グフフフフ、腹が痛いのじゃ」


 周囲の反応に、ビアンカ殿下が腹を抱えて笑っていた。

 よく見ると、他のメンバーもクスクスしている。

 リーフやタラちゃんとかも、笑いを堪えている。

 ミケとドラコはよく分かっていない様だ。

 女装から戻ったら、こういう反応かよ。


「いや、失礼。ルキアからなかなかの冒険者と聞いていたが、変装まですごいとは思わなかった」

「あはは、街の人も完全に女性と思っていましたから」


 ようやくルキアさんのお父さんが再起動したので、会議が始まる事に。

 あとルキアさん。フォローしていませんよ。


「さて、昨日は我が領の不祥事を対応いただき、改めて感謝する。これも私の不徳の致すところだ」

「今後の事は追々にして、これからの事を話すとしよう。まあ何かしらの罰は下るかもしれないが、御家断絶はまずないだろう。脅威の排除も終わったし、主犯は領主夫人となる。領主引退と罰金刑は避けられないだろうがな」

「アルス王子殿下、ご配慮頂きかたじけない」

「まあ、その分関係者は死刑も覚悟しないといけない」


 アルス王子の発言だけど、王国の意見でもあるだろう。

 領主の強制引退と罰金刑は、これだけの事件だからしょうがないだろう。

 そして領主夫人などは死刑もあるとなった。

 昨日の調査で、領主夫人と息子はやはり違法奴隷や刃向かった人を殺害していたのが判明した。

 領主邸の裏庭に殺害された人が埋められているらしく、現在小隊が対応しているという。

 きっと貴族だから平民に何をしてもいいと思っているのだろうが、そんな意見は認められるはずがない。

 大量殺人も審議対象に加わるだろう。

 もちろん遺族との補償とかも考えないといけないと、アルス王子はため息をついていた。


「急ぎ対応しないとならないのは、治安の維持と病気や孤児などの対応だ」

「自治組織が機能しているので、街の治安は保たれていますね。解雇された元騎士団やスラムの獣人などを中心に、早期に騎士団を再結成しないと」

「うむ、それが良いじゃろう。獣人を入れることにより、人種差別がないとアピールもできる」

「土砂崩れ後の復興もしないとならないので、獣人の力は必要です」


 アルス王子とビアンカ殿下からも、治安維持に獣人を使うのはいいアイデアだと言われた。

 街の人を見る限り獣人への差別もなく、宿の夫婦の様に結婚している人もいるわけだし。


「ルキアさんとモルガンさん、文官とかに街の優秀な人を採用することはできますか? これから各地の難民キャンプからの帰還もあり、人手が足らなくなる恐れがあります」

「是非進めましょう。村を調査し難民の帰還に問題がなければ、各地より難民を早めに帰還させましょう。難民キャンプを運営している各領の負担も軽減しないといけませんね」

「自治組織で手のあいている人員を直ぐに回しましょう。スラムからも含めて人員の採用は決めないといけませんな。メイドに関しても同様にして集めましょう」


 とにかく人員不足だし、手が足りない。猫の手も借りたいというのは、こういう事だろう。

 動ける所は動かないと、各領の難民キャンプがいつになっても解決しないし。


「宿の奥さんの様に、誤った治療を受けて苦しんでいる人もいるはずなので、救護所の他に巡回して治療を行なった方がいいですね。ケリーさん、自治組織でその辺は把握していますか?」

「全てではないですが、ある程度は把握しております」

「ありがとうございます、それなら従魔も動員して治療を行うようにしましょう」


 ケリーさんが宿の奥さんの介護をしていると聞いたので、もしやと思って聞いてみたらビンゴだった。

 これなら効率も上がるし、人員の割り振りもできる。


「ルキアさん、違法奴隷になった子どもたちはまだ動かせないですよね」

「ええ、成人女性も含めて怪我だけでなく栄養状態が悪いのもあり、しばらくは難しいです」

「確か治療に薬草も必要なんですよね」

「ええ、ただ冒険者ギルドでも薬草採取は単価が低いと依頼掲示されていないものもあり、かなり不足しています」

「今あるだけの薬草だと、どのくらい持ちそうですか?」

「街中で消費する量もあるので、五日間くらいしか持ちそうにないです」


 違法奴隷になった子ども達は継続して治療が必要だが、薬草が少ない。

 これはまた、薬草取りを一度がっつりやった方が良さそうだな。


「後はこの屋敷には不要な調度品が溢れています。最低限必要な物を残してお金にしましょう。それを元手に各種の復興を行いましょう」

「王城よりも豪華な物があるのじゃ。この屋敷にあるものは、オークションにかければ高く売れるじゃろう」

「その辺は商会とも相談が必要ですね。運ぶ手立ても考えないといけないですし」


 まあ、物凄く豪華な調度品の数々だ。どれもかなり高く売れるだろう。

 それに領主夫人は宝石だらけだったから、そっちも数多くあるだろうな。


「うーむ」

「どうかしましたか? お父様」

「いや、ルキアも堂々と意見を言っており、随分と逞しくなったと感心しておる」

「お父様、ありがとうございます」

「勿論当主引退後も手伝うが、これだけ立派になったのだから儂も安心しておる」


 ルキアさんのお父さんは、ルキアさんの成長に目を細めていた。

 娘がこれだけ大きくなったのは、とても嬉しいのだろう。


「しかし、サトー殿は一体どんな人物なのか? 次々に案を提案し、王族の信頼も厚い。本当にただの一般人で冒険者なのか?」

「それは私たちも常に思っております。既に二つの領を救い、多くの人に慕われています。とてもただの冒険者とは思っておりません」


 ルキアさんとルキアさんのお父さんは、俺の事をじーっと見ていた。

 俺はただの一般人ですよ。何にもありませんよ。


「ここからは手分けして動かないといけませんね。治療できる人とルキアさんの護衛も必要ですし」

「サトーよ、誤魔化したじゃろう。まあ、時間は限られているので、直ぐに動かないとな」

「別に誤魔化していませんよ。この辺りの森はまだ危険が多いので、一度バスク領に戻り、王都に向かう森で薬草採取を行いたいと思います。往復二日かかるので、二日間薬草採取を行う予定です」

「それが良いじゃろう。できるだけ治療ができる従魔は残しておこう」

「リンさん、オリガさんとマリリさんをルキアさんの護衛にと思っていますがどうでしょうか」

「はい、問題ないと思います。マリリさんには暫くはお屋敷や治療班でも動いて頂かないと」


 ビアンカ殿下とリンさんとも色々話して、とりあえずの布陣はこんな感じに。

 ブルーノ侯爵領には、ルキアさんとオリガさんとマリリさんでリーフも残る。従魔は多めにタラちゃんとスラタロウとホワイトに、タコヤキとサファイアにヤキトリ。

 リーフとタラちゃんとスラタロウとホワイトにタコヤキも回復魔法が使えるので、できる限り万全を尽くす予定。

 バスク領で薬草採取を行うのは、俺とミケとドラコとリンさんにビアンカ殿下とエステル殿下で、シルとポチとフランソワにショコラが同行する。

 薬草採取でタラちゃんがブルーノ侯爵領に残る分、ポチとフランソワに期待しないと。

 あ、念の為にルキアさんに確認しよう。


「ルキアさん、ブルーノ侯爵領に戻る時に、ララ達三人を連れてきてもいいですか?」

「勿論です。ララちゃん達もサトーさんに会えないで寂しい思いをしているでしょうね」


 ルキアさんの許可も貰ったので、ララ達に加えてベリルも連れて行こう。

 三人にはドラコも紹介しないとな。

 さあ、これから忙しくなるぞ。

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