第八十五話 誕生パーティの始まり

「うーん、これ以上はどうしようもないですね」

「サトー自身の美しさもあるから、どんなドレスを着ても目立つのじゃ」

「あーあ、女性からすると羨ましい悩みだよ」


 ルキアさん、ビアンカ殿下、エステル殿下が、俺の前でうーんと悩んでいる。

 俺の場合、地味なドレスや質素な装飾品をつけても目立ってしまうという。

 これが普段なら贅沢な悩みだけど、今は致命的な問題だ。

 メイクやウィッグとかを工夫しても、どうしても目立つという。

 かと言ってあまりにおかしいメイクは、ドレスコードに引っかかる。


「この際、ノーメイクでいいんじゃないですか?」

「一回試してみましょう」


 俺がノーメイクを提案したら、ルキアさんも賛同したので試してみることに。


「うーん、素肌もキレイだから最低限のメイクでも目立ってしまいますね」

「じゃが、これが限界じゃろう。くう、羨ましい悩みじゃ」


 ルキアさんもビアンカ殿下も、素肌にちょっとのメイクで限界だと言う。

 どうなるか分からないけど、今日はこれで行くらしい、

 そしてビアンカ殿下を筆頭にミケ以外の女性の皆様、俺の事を睨まないで下さい。

 俺にはどうしようもない問題です。


「サトーさーん」


 宿の前で領主邸に向かう馬車の用意をしていたら、お昼の閉店後に別れたはずのネルさん達がこっちに歩いてきた。


「みなさん、どうしたのですか?」

「もちろんサトーさんのドレスを見にきました」

「とっても美しいですわ」

「ええ、美人は目の保養になります」


 三人はキラキラした瞳で、俺のことを見てうっとりとしていた。

 たまたま道端で俺のことを見た人も、うんうんと頷いていた。


「あのー、これでも領主夫人よりも目立たないように、かなり地味にしたんですよ」

「服装とお化粧を見れば分かりますわ」

「でも、元が美しいから、どんな服を着ても問題ないですね」

「うんうん、美しさが隠せていないですわ」


 どうもネルさん達も、化粧をしていた時のルキアさんと同じ意見だった。

 そして周りには人の輪が出来ている。

 あのー、いつの間にか人だかりが出来ているんですけど。

 中にはキャーキャー言って、はしゃいでいる若い女性もいるぞ。

 こっち向いてとか、手を振ってとか、どこのアイドル会場ですか。

 おい、そこの禿げたおっさん。目の前に女神が現れたと、俺に向かって涙流しながら祈らないように。

 周囲の人も、納得って感じで頷かない。

 

「はっはっは、流石はサトーさん。とてもお美しいドレス姿で」

「トルマさんまでいつの間に」

「これだけの人が集まっているので、直ぐに気が付きました」

「ですよねー」


 こっそりとうちの馬車の後に、トルマさんは馬車をつけていた。

 俺の方を見て、うんうんと頷いているよ。


「さて、サトー様。そろそろ出発のお時間です」

「そうですね。リンさん、オリガさん、マリリさん、お願いしますね」

「こちらは任せて下さい。サトーさんも気をつけて」


 トルマさんから時間だと言われたので、リンさんに後を任せて出発することに。

 ちなみにトルマさんの馬車はトルマさんと秘書の人で、秘書さんが御者をするという。

 中々美人な秘書さんだ。

 こちらは偽装を兼ねて、ルキアさんが御者をするという。


「では、行ってきますね」


 俺は、せっかく駆けつけてくれたネルさん達に挨拶をしたつもりだった。

 だか、群衆がわっと盛り上がってしまった。


「いってらっしゃい、美人店員さん」

「無事に帰ってこいよ」

「領主夫人に負けるなよ」

「ミケちゃんも気をつけてね」


 まるで戦場に送り出される兵士の様な言葉だったが、ある意味間違ってないな。

 群衆に軽く手を振り、馬車の中に入った。

 そこには、笑いを必死に堪えているビアンカ殿下とエステル殿下の姿が。


「ぐふふ、サトーが女神とは。腹が痛いのじゃ」

「中身を是非教えてあげたい。だめ、笑い声が漏れそう」


 あなた達、何気に酷いですよ。


 トルマさんの馬車を先頭にして、ゆっくり進んでいく。

 程なくして領主邸に到着。

 門番に招待状を見せたら、あっさりと通過を許された。

 念の為にシルに毛布を被せて見えないようにしたけど、ノーチェックだった。

 本当に何もチェックしないでいいのかと思ったよ。


「領主夫人には誰も反抗できないと思っているのです。なので毎回ノーチェックですよ」


 馬車を降りたトルマさんがこっそりと教えてくれた。

 ちなみに秘書さんは馬車に残るらしい。

 ということで、俺とルキアさんとトルマさんで領主邸に入っていくんだけど、まあ物凄い豪華絢爛な領主邸だ。公爵のバルガス様のところよりも凄いよ。

 庭は細かく手入れされていて、いたる所に像が置かれている。

 玄関から中に入ると更にすごい。

 ホールには大きなシャンデリアが飾ってあり、絵画や大きなつぼや鎧が廊下の両端に飾ってある。

 この領主邸の住人だったルキアさんも、思わず呆れてしまうほどの美術品だった。

 しかも、今回の誕生パーティーはホールで行わず、庭に面した大きな部屋で行うという。

 その大きな部屋も豪華なシャンデリアがあり、煌びやかに光っていた。

 カーテンとかも豪華だし、調度品も豪華だし、とにかく何でも豪華だった。

 元々は別の用途で使っていた部屋を改修したらしく、ルキアさんも知らなかった。


「ルキアさん、凄いですね。凄いとしか言いようがありません」

「はい、私も何も言えません」

「サトー様とルキア様のお気持ちはよく分かります」


 ルキアさんとトルマさんとひそひそ話をしていたが、みんな同じ感想だった。

 ドレスに隠れているタラちゃんやヤキトリも同じ意見の様で、タラちゃんはともかくヤキトリまでため息をついていた。

 気持ちはよく分かる。


 立食形式なのか、特に決まった席は用意されていなかった。

 壁には休憩用の椅子が並んでいた。

 この椅子も、彫刻がすごいなあ。

 その脇では、メイドさんが忙しく動いて料理を運んでいた。

 料理の見た目は豪華だけど、きっとタラちゃんの方が美味しいんだろうなって思っていた。

 そして上座の壁を見ると、デッカイ女性と子どもの肖像画が飾ってある。

 この女性と子どもが、領主夫人とその子どもだろう。

 この絵を見る限り、普通の人の印象だ。もちろん豪華に着飾った姿だけど。

 俺達は上座なんて行けないので、下座の方に移動していく。

 すると、この中では数少ない知り合いから声をかけられた。


「サトー様、ルキア様、トルマ様」

「モルガンさんもきていたんですね」

「はい、ケリーもレオもおります」

「サトー様は何をきても似合いますね」

「どう見ても美人にしか見えないな」

「ははは、ありがとうございます」


 自治組織のモルガンさんとケリーさんとレオさんが、誕生パーティの会場にきていた。

 一応街の有力者の名目だが、本当は昔支えていた人に見せびらかす為という。

 そして、もう一人知り合いがいた。


「あら、美人店員さんじゃない。今日は一段と綺麗ね」


 そう、店の常連だった大阪のおばちゃん風の人だった。

 流石に今はドレスだったが、何でここにいるんだ?


「サトー様、彼女はレオの奥さんです。私たちとも付き合いは長いのですよ」


 すかさず、モルガンさんが補足してくれた。

 何でも元冒険者で腕のたつ人だったとの事。

 レオさんと結婚して家庭に専念しているそうだ。

 だからルキアさんも知らなかったんだ。


「ちなみに、美人店員さんとルキア様の事は旦那から聞いているわ。それとは別に私が美人店員さんのファンなのよ」

「はは、いつもご来店ありがとうございます」


 おばちゃんは俺にウインクをしてきたが、実は色々情報を知っているとは。

 それって、俺が女装しているのも知っているのでは?

 突然の事で頭が混乱していると、会場がザワザワとし始めた。


「サトー様、ギルド長と国教会司祭様と人神教会司祭様です」

「うん、三人ともキラキラしていますね。一目でわかります」


 トルマさんが教えてくれた人が、領主夫人と息子の次の重要人物なのだが、これは見間違える事はないな。

 三人とも頭が禿げていて、かなりの肥満体。

 豪華なネックレスや指輪などを沢山つけていて、いかにも金持ちという雰囲気だ。

 服も豪華な装いで、金の刺繍がキラキラしている。

 当然の様に上座に集まり、ゲラゲラと笑いながら話始めた。

 

「モルガンさん、警備が薄いですね」

「この街で領主夫人に反抗できる人はいないかと、当然でございます」


 モルガンさんにこっそり聞いたが、室内には数人しか警備がいなかった。

 外の気配を探っても門番くらいしかいないし、本当に逆らう人がいないと思っているんだな。


「皆様、お待たせいたしました。只今より領主様、ご夫人様、並びにご子息が入場されます。盛大に拍手でお迎えください」


 と、ここで司会が領主夫婦が入場するとあった。

 ルキアさんのお父さんのダミーもいるのか。

 会場の来場者と一緒に拍手をして今かと待っていた。


 扉が開かれると、中年の男性とどう見てもオークにしか見えない親子が入場してきた。

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