第八十二話 サトーのナンパ撃退劇場

「はあ、何かやるせないなあ」

「どうしたのか、サトーよ」

「バスク領で助けられた子どもがいて、今回の様に傷を負った子どもがいる。多分殺された子どもいるだろう。ままならないなと」

「しょうがあるまい。全てを救うことはできぬ」

「今はできる事をただやるのみ。分かってはいるのだけどね」

  

 翌朝、国王陛下からの連絡を俺の部屋に伝えにきたビアンカ殿下と、連絡内容の確認の前に話をしていた。

 こればっかりは、いくら考えても中々上手くいかない物だな。


「そんなサトーに連絡じゃ。本日バスク領から小隊が出発するという。明日夕方までには着くじゃろう。後はギルドから調査官と担当者が、国教会からは教会騎士団がブルーノ侯爵領に向かっているそうじゃ」

「随分と色々な所から勢ぞろいですね」

「ギルドと教会の調査は、こちらでは出来ぬのでな。ギルドと教会騎士団も明日の夕方には着く。そしてアルスお兄様達の飛龍部隊も、明日の夕方には着くそうじゃ」

「誕生パーティーを舞台にして、一気に関係者を取り押さえるつもりですね」

「うむ。此度の違法奴隷の虐待の件は、父上もかなり怒っておる。横領などとは別に調査するらしいのう」

「内容が内容だけに、俺からもキッチリ裁いて貰いたいです」

「そうじゃな。普通は子どもの為にそこまで調べぬその夫人の子どもも、今回は大人と同じ取り調べを予定している。ケリはつけぬといかんのじゃ」


 そういえば、この領主夫人の子どもとビアンカ殿下は同い年か。

 いくらビアンカ殿下が聡いとはいえ、それだけに夫人の息子のクズっぷりが目立つな。

 この際親子共々、キッチリ地獄に落ちてもらおう。


「サトー、行ってくるね」

「サトーお姉ちゃん、行ってくるよ」

「無理はしないでね」


 リーフとタラちゃんに、スラタロウとタコヤキが領主邸に向けて出発した。

 運搬役にヤキトリとサファイアとショコラも着いていく。

 少しでも、怪我をしている子ども達の具合が良くなってほしい。


 ポチとフランソワは、引き続きワース商会に行く。

 どうも店内にかなりの武器を隠しているらしく、今の内に糸でグルグル巻きにして使えなくするそうだ。

 なので、宿の護衛は馬一頭にホワイト。オース商会の護衛はもう一頭の馬とシルで行う。

 いくらワース商会が派手な行動を控えているとはいえ、何かをしてくるのは否定できないな。


「私達も行ってきます」


 今日自治組織に向かうのは、エステル殿下とリンさんとオリガさんとマリリさん。

 明日の事について、色々打ち合わせをするとのこと。

 俺とルキアさんはパーティーの方にいくので、今回のワース商会とかの対応はリンさんとかにお任せになってしまうな。

 今日の夜にでも、みんなで再度打ち合わせを行おう。


「おはようございます、クレアさん」

「おはようございます、サトーさん。今日はミケちゃん以外は別の人なんですね」

「はい、ビアンカさんとルキアさんです。昨日と同じく陳列と補充を手伝ってもらいます」

「助かるわ、昨日は物凄く売れたから、今日も補充専任は非常に助かるの」


 ということで、今日はビアンカ殿下とルキアさんがオース商会の手伝いに。

 ビアンカ殿下とルキアさんはここのところ調査とかで忙しく、また昨日の話の件もあるのでここは気分転換にということです。


「品物の補充なら大丈夫です。サトー様も接客を頑張ってください」

「あの有名な美人店員の接客を間近で見れるのじゃ。妾はある意味幸運と言えよう」


 ビアンカ殿下が何か言っているが、取り敢えず補充を頑張ってほしい。

 二人とも覚悟してくださいね、補充も忙しいですよ。


「いらっしゃい!」

「今日もミケちゃんは元気ね」

「うん、いつも元気だよ!」

「がはは、威勢がいいからこっちまで元気になっちまうよ」

「ミケちゃん、今日も頑張ってね」

「ミケ、頑張るよ!」


 相変わらずミケは人気者だ。

 色々な人から頭を撫でられたり、褒められたりしている。

 いかつい筋肉ムキムキの冒険者のおっさんも、ミケの前じゃ顔がデレデレだ。


「いいわね、ミケちゃん元気があって明るくて。私にもミケちゃんが欲しいわ」

「あはは、流石にミケはあげないですよ」

「ですよね。あんなにお姉ちゃんに懐いていて、とっても可愛いわ」


 今日も大阪のおばちゃん風の人と世間話。

 おばちゃんは、店頭の声かけしているミケを見てデレデレになっている。


「そういえば店員さんは美人だから、まさか明日の領主の跡取りの誕生パーティーに呼ばれてないよね?」

「いえ、実は招待状が来ていまして、行く予定です」

「ええ! 行くなら注意しないと。あの領主夫人は美人がいると、息子の嫁にと声をかけるから」

「そうなんですか? 私は婚約者みたいな人がいるので無理ですね」

「美人だと、もういい人がいるのね。でも気をつけなね。嫁の誘いを断って、その後行方不明になった女の子が何人もいるから。この街じゃ有名な話よ」

「それは怖いですね。忠告ありがとうございます」


 おお、流石おばちゃんネットワーク。いいネタが入ったぞ。

 あの親子らしい、いかにもという内容だな。

 これは違法奴隷の件とは別に調査対象になるぞ。

 もしかしたら、囚われて違法奴隷と同じく地下牢にいるかもしれない。

 明日の救出作戦の時に、救出者の確認で対象者がいないかお願いしよう。


「似たような話なら俺も知っているぜ。あの領主夫人は若い男が好きで、たまにワース商会にさらわせているって話だぜ」

「その話はあたしも聞いたわね。中々怖い話だよ」

「ああ、世も末だ。おらあ中年だから大丈夫だけどなあ」

「とても怖い話ですね。身震いがしますわ」


 今度は小太りの調子のいいおっちゃんからの話だ。

 おばさんが若い男なんて集めて、一体どうするつもりなんだよ。

 本当に、あの親子のやることは訳が分からないな。


「サトー様は凄いですね」

「流石は美人店員じゃ。客の方から次々と情報が入ってくるぞ」


 二人とも、美人店員とか関係なく井戸端会議の延長かと思うよ。

 どこにでも噂好きな人とかは結構いるし。


 その後も相変わらずの盛況ぶりで、ビアンカ殿下とルキアさんも大忙し。

 ミケの声かけの反応もよく、俺も接客を頑張っているけど、本当にお客の入りが良いな。

 ワース商会からの妨害もないし、本当に良いことだ。

 そんな風に思っていたら、久々にトラブルがやってきました。


「お、姉ちゃん美人だね。これから一緒にデートなんてどう?」

「仕事中ですので」

「仕事なんて他の店員に任せればいいじゃん。だから一緒にデート行こう」

「申し訳ないですが、お断りします」

「またまた。客がいる前だから恥ずかしがっているんでしょ。本当は俺に一目惚れしているんじゃない?」

「そのような事はありません。仕事に戻ります」


 嗚呼、いたよバカが。

 あの城門にいたナンパ野郎が。

 確かこいつ、ルキアにも二回もナンパしていたな。

 いかにも尻軽そうな服装を着て似合わない笑顔を浮かべて、俺に軽々しく話しかけてきた。

 髪を手でかき分け視線を流しながら喋る姿に、思わず吐き気がしそうだ。

 このナンパ野郎は、周囲の目線を全く気にせずに声をかけてくる。

 ふと周りを見たら、シルと馬から殺気が出ている。

 ミケも怒り顔だし、俺の後ろにいるビアンカ殿下とルキアさんからも殺気が出ている。

 しかしナンパ野郎は全く気が付かないのか、俺に声をかけていた。

 いい神経をしているな。


「いいじゃんよ。今からいこうぜ」

「やめて下さい。いい加減しつこいです」


 おい、いきなり俺の腕を掴んで強引に引っ張ってきたぞ。

 とっさにナンパ野郎の腕を振り払ったけど、ナンパ野郎はその時にバランスを崩して尻もちをついた。

 おお、足腰の訓練やってないな。

 そして、周りの客から失笑があがっていた。


「舐めているのかこのアマが。俺に喧嘩を売って。俺はワース商会と繋がっているんだぞ」


 ナンパ野郎は起き上がり顔を真っ赤にして、俺を睨みながら叫んできた。

 あーあ、とうとう言っちゃった。

 ワース商会と繋がっているなんて、それは禁句だよ。

 お、馬がナンパ野郎の後ろにこっそりと近づいてきた。

 周りの人も気がついて、ささっとナンパ野郎からスペースを取っている。


「だから、ワース商会が何ですか?」

「お前なんてあっという間に……ぐほ」


 ナンパ野郎が、あっという間に白目むいて崩れ落ちたぞ。

 口から泡を吹いてピクピクしている。

 ナンパ野郎の後ろには、右前脚を上げた馬が。

 つまり馬は、ナンパ野郎の背後から股間を蹴り上げたのだ。


「ふん、軟弱野郎だぞ」

「シル、宜しくね」

「主よ、任せるのだぞ」


 シルはナンパ野郎の片足を咥えて、ズルズルと引っ張って行く。

 シルがナンパ野郎をうつ伏せで引っ張っているから、自称美形のお顔がズリズリと地面と擦れている。

 いや、もしかしたら今よりももっと美形になれるかもしれない。

 そしてシルは、ナンパ野郎をワース商会の店先にポイッと捨ててきた。


「主よ、終わったぞ」

「シル、よくやったね」


 戻ったシルの頭を撫でてやり、馬も鼻先を撫でてやった。

 そしてお客さんに振り返って一言。


「ご静聴ありがとうございます」


 ついでにカーテシーのマネもしてみた。

 そうしたら、お客さんがわっと盛り上がり拍手喝采。


「姉ちゃんよくやった!」

「見ていてスカッとしたわ」

「あのナンパにも動じない冷静な口調もいいね」

「従魔とも、良く連携取れているわ」


 俺はお客さんに囲まれて、もみくちゃにされていた。

 馬とシルを褒めている人もいる。


「お姉ちゃん凄いね」

「あの対応なら、こちらに非はないでしょう」

「サトーも、大した役者ぶりじゃ」


 ミケもルキアさんもエステル殿下も、俺の対応に関心していた。


「流石はサトーさん、素敵ね」

「やはり女優の素質はあるわ」

「ああ、とても素晴らしい所が見られたわ」


 ネルさんとクレアさんとメルさんが何か言っているが、気にしないことにしよう。

 決して狙ってやったわけではない。

 上手く流れが繋がっただけですよ。

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