第七十五話 コマドリ亭

「誰か助けて!」

「話が違うじゃないか」

「へへ、嬢ちゃんよ諦めな。俺らには逆らえないだろうが」


 三人のならずものが、年配の男性と若い女性に狼藉を働いている。

 どうも女性を連れ去ろうとしているぞ。


「コラー、お姉ちゃんを離しなさい!」

「なんだ威勢のいいおチビちゃんよ」

「俺らは忙しいんだ。あっちに行ってな」

「それとも小さなメイドさんが、俺らの相手をしてくれるのか?」


 ああ、また目を離した隙にミケがならずものに立ち向かっている。

 リンさんが絡まれていた時といい、どうしてそこまで直情的なんだろう。

 急いで俺も現場に駆けつけよう。


「そこまでにしなさい。この人達が困っているではないですか」

「何だ、今度は別の嬢ちゃんが出てきたぞ」

「随分とベッピンな嬢ちゃんだな」

「嬢ちゃんが相手してくれるのなら、俺らも頑張っちゃうぞ」


 ガハハと醜い笑い声をあげて、俺に近づいてくるならずもの。

 今は女装中だけど、こいつら本当にムカつく。

 思いっきり叩きのめしてやるか。

 そう思ったけど、その前に俺の横から二つの影が通り過ぎてならずものを投げ飛ばしていた。


「サトーさんに近づくゲスは許しません」

「人間のクズですね。呼吸する権利もありません」


 激怒しているのは、リンさんとエステル殿下。

 どうも女装している俺にセクハラ行為をしたのが許せないらしい。

 一瞬にしてならずものを次々にぶん投げていた。

 その上で凄まじい殺気を上げながら、投げ飛ばしたならずものに近づいていく。

 殺気を放つ二人の後ろ姿は、まるで死刑執行人だよ。俺でも怖いもん。


「ヒィー!」

「何だよ、何でメイドがこんなに強いのかよ」

「おい、ここは引くぞ」


 ならずものは脱兎の如く逃げていく。

 何なんだ? あいつらは。

 こちらも一つ手を打つか。


「オリガさん、タラちゃん」

「はい。サファイア、あの男を追いかけて」

「行ってくるよ、サトーお姉ちゃん」


 サファイアがタラちゃんを乗せて、ならずものの追跡を開始した。

 これだけの狼藉を働くのだ、きっと背後に何かがあるはず。

 しかしとうとうタラちゃんまで、俺をお姉ちゃん呼ばわりしてきたぞ。

 もうブルーノ侯爵領にいる間は、ずっと女性扱いになりそう。


 さて、あっという間の出来事に呆然としている二人に声をかけよう。


「勝手な真似をして申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

「助けてくれてありがとうございます。私は大丈夫ですが、娘が手を」


 お礼を言いながら男性は立ち上がった。

 うん、見た目は怪我はなさそうだ。

 男性の娘さんが怪我をしたのかな。

 座り込んでいる娘さんに声をかけた。


「どこか痛めましたか?」

「あ、少し手を……」

「ちょっと失礼」

「あっ」


 娘さんが何か言おうとしていたが、無視して手を取った。

 回復魔法を使いながら体の状態を見てみると、足首も捻っているようだ。

 ついでに治療しておこう。


「捻った足も治療しました。立てますか?」

「はい、あっ」

「おっと、大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます」


 娘さんは立ち上がる時によろけたので、とっさに抱き止めた。

 何だか娘さんが俺の顔を見て、ポーッとなっている。

 と思ったら、直ぐに俺から離れた。

 

「うわあ、天然のレディーキラーですよ」

「息をするかのようにやったのじゃ」

「「むー、ずるい」」


 マリリさんとビアンカ殿下が呆れた目で何かを言い、リンさんとエステル殿下はむくれて機嫌が悪い。

 こんなの狙ってできる訳がない。

 偶然が重なっただけだ。俺は何も悪くないぞ。


「コマドリ亭の旦那さんにマニーさん。大丈夫ですか?」

「これはオース商会のトルマさん。お恥ずかしいところをお見せしました」

「いやいや、無事で何よりです。あの者とは何かあったのですか?」

「ここではお話し出来ません。中へどうぞ」


 宿屋の旦那さんは、俺たちを宿の中へ案内をしてそこで話すらしい。

 どうも往来があるところでは話せないらしい。

 まあ、チラリと元ワース商会の方を見たので何となく分かってしまった。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 宿の一階の食堂に案内され、娘さんがお茶を出してくれた。

 ちなみに、念の為に外をオリガさんが監視している。

 屋根の上からヤキトリも見張っている。

 宿の中に入った時に、ワース商会から視線を感じたんだよね。

 悪意のあるというか、気味の悪い視線だった。

 そんな中で、宿屋の旦那さんがポツリと話し始めた。


「実は妻が二ヶ月前から病気で寝込んでいるのです。それで教会に治療をお願いしたのが始まりでした。実は妻はウサギ獣人でして、教会は獣人である事を理由に治療を拒否されました」

「はあ? 何じゃそれは。その教会というのは国教の教会か?」

「はいそうです。それで別の海外の教会に妻を見せたのですが、高額の治療費を請求されました。しかし妻の命には変えられないので、借金をして治療をお願いしました。しかし妻の病気は治りませんでした」


 おいおい、国教の教会が獣人の治療を拒否しただと。

 それだけでも不祥事なのに、今度は別の教会で治療してしかも法外な治療費を請求。

 挙句の果てに治療が失敗したとなれば、本当に目もあてられない事態だ。

 と、ここでトルマさんが旦那さんに質問をした。


「旦那さん、もしかして人神教の教会ですか?」

「トルマさん。ご明察です」

「あそこは人間至上主義で、獣人には適当な治療を行い高額な治療を請求してきます」

「その事実を後で知りました。何せここ数年は怪我も病気もせずに過ごしてきたので全くの無知でした。そして金貸しはワース商会と繋がっていて、法定の利息を超える利子の支払いを要求してきました」

「しかし、この国の金貸しの金利は決まっておる。通常は過剰なとらぬはずじゃ」

「それが人神教は本部が国外なので、この国の法律は適用されないとの一点ばりで」


 うわあ、ここにきて新たな展開だ。

 人神教にワース商会に闇ギルド。

 これはもしかしたら、この国に対する海外からの脅威なのかもしれない。

 ビアンカ殿下も俺の方を見て頷いているので、同じ考えのようだ。


「それで借金の代わりに娘さんを連れ去ろうとしたと。ひどい話です」

「しかしワース商会が手を回して、宿に客を入れさせないのです。今までは何とか貯蓄を崩して対応していましたがもう限界なのです」


 あーあ、旦那さんも娘さんもとうとう堪えきれずに泣き始めた。

 精神的にも経済的にも追い詰められていたんだな。

 そうだ、大事な事を確認しないと。


「旦那さん。奥さんの容体は大丈夫なのですか?」

「それがもうどうなるか分からないのです」

「なら一刻も早く治療を行わないと。ルキアさんいけますか?」

「はい、直ぐに行きましょう。案内してください」


 直ぐに治療を開始する必要があるので、旦那さんを促して奥さんのところへ。

 案内されたのは、一階の居住スペースの寝室。

 そこには痩せてしまったウサギ獣人の奥さんが寝ていた。

 呼吸も不安定で、素人目からしてもかなり危ないぞ。


「これは一人では無理かもしれません。サトー様、スラタロウさんも一緒にお願いできますか?」

「もちろんです。スラタロウもやる気のようです」

「では、治療を開始します」

「あの、なぜスライムが?」

「大丈夫です。見ていてくださいね」

「はあ」


 旦那さんと娘さんは何故治療にスライムがいるのかと思ったみたいだが、ルキアさんと一緒に治療を始めたスラタロウを見てびっくりしていた。

 そして祈るように治療を受ける奥さんを見ていた。

 段々と肌の色が良くなってくると、旦那さんと娘さんはもう涙目だ。


「ふう、まずは今日できる範囲での治療をおこないました。明日朝もう一度治療をしましょう」

「あの、妻は大丈夫なのでしょうか?」

「はい、ひとまずの危機は脱しました」


 治療を終えたルキアさんに旦那さんは恐る恐る質問をしたので、ルキアさんは笑顔で返事をした。

 その時、奥さんの方に反応があった。直ぐに旦那さんと娘さんが奥さんの元に駆け寄った。


「う、うーん」

「おい、おまえ。俺の事がわかるか?」

「お母さん、私の事がわかる?」

「当たり前じゃない。でもまだ、少し眠いわ」

「ああ、もう少しゆっくりしていな」


 奥さんが少し目を覚ました事に、旦那さんと娘さんの号泣が止まらない。

 よく見ると、うちのメンバーももらい泣きをしている。

 旦那さんと娘さんは、奥さんが再び眠った後も暫く奥さんのそばにいた。


「妻の事を治療してもらい、本当に感謝しています。今はお金はありませんが、必ずお礼をします」

「お母さんの事を治してくれて、本当にありがとうございました」

「いえ、私たちも出来る事をしたまでです。お母さんが目を覚ましてよかったですね」


 再び食堂に戻った俺達は、旦那さんと娘さんから深く感謝をされた。

 ルキアさんによると、奥さんは何回か治療が必要だが快方に向かうそうだ。

 二ヶ月前であれば初級の回復士でも治せた病気なので、おそらく嘘の治療をしたのだと憤っていた。

 さて、ここで本題に入らないと。


「忙しいところ申し訳ないのですが、私たちを泊めて頂けないでしょうか」

「それはもちろんです。私達にとっても恩人ですので、精一杯おもてなしさせていただきます。ただ、今はお客がいませんでしたので食料の在庫がなく、お料理が提供できません」

「それは構いません。私たちは自前の食糧もありますし、何でしたら提供させていただきます。それで食事代込みで一週間お願いしたいのです」

「いや、それは逆に申し訳ないです。私たちばかり利益を取っているようなものです」

「それは私たちも同じなのです。ちょっとした思惑があるので。あと、馬車も一緒に置かせていただく事は出来ますか?」

「はい、裏手に馬車を置くスペースと厩舎がございます」

「ではあわせてそこも使わせてください。もちろん費用はお支払いしますし、飼い葉もありますので馬の食事も心配ご無用です」

「何から何まで申し訳ございません。現在どの部屋も空いております。二人部屋を四室でもよろしいでしょうか?」

「はい、それでお願いします。お金は前払いしますわ」


 会計はリンさんがおこなうそうなので、全員分をお願いした。

 何でもバスク卿から、今回の対応の為にお金をリンさんに持たせたという。

 帰ったらお礼をしないとな。


 入口の方を見ると、オリガさんが頷いていた。

 その手元には、ヤキトリとならずものを追いかけていたサファイアとタラちゃんがいて、タラちゃんは俺に向かって手を振っていた。

 さて、初日から色々あったけど情報を整理しないと。

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