婚約破棄

アドガルムに来て数日が経った。


学校へ通えなくなったレナンとミューズのため、アドガルム国は家庭教師もつけてくれた。


そこまで甘えるわけにはいかないと断ったのだが、

「代わりにシグルド殿が、我が国の騎士達の鍛錬を快く引き受けてくれたから、気にしないでくれ」

と言われてしまう。


これにはティタンも大喜びだった。


「嬉しいな。剣聖と言われるシグルド殿の剣技を間近で見られるなんて」


厳しい指導となったが、強くなる為ならと熱心に指導を受ける者が多かった。

シグルドも満更ではない様子で、指導にあたってくれている。


シグルドと同じ屋敷に戻る話も提案あったが、まだディエスの疑いを晴らせたわけではなく、寧ろ投獄されていると伝わっていて、街中は危ないと保留にされた。


リリュシーヌからの連絡はあるものの、まだ冤罪の証拠をしっかりとは得られていないらしく、難航しているそうだ。


「ごめんね、なかなか数が多くて…」


政敵として一番怪しいのは大臣だが、手助けしたと見られる者が多すぎて、調べきれていない。


リリュシーヌに味方してくれる者もいるが、調べるにはもう少し掛かるようだ。




投獄されたディエスは割と快適に過ごせているらしい。


宰相であった立場と、異例のことだが、アドガルムからの異議の申し立てがあったからだ。

隣国からの申し立てを無視することは出来ない。




辺境伯のシグルドも、不服申し立てをしており、再度内容を精査し納得いくものでなければ、亡命して国境の領地はアドガルムへと受け渡す、と言っていること。


既に領地にはアドガルム兵もいるため、戦が起きるのではないかと近隣の領の者は気が気じゃないらしい。






毎日顔を合わせていれば自然と仲良くなるものだ。


ミューズ達姉妹と、ティタン達兄弟の五人で食事を取ることも増える。


話題はお互いの国についてが多いが、単なる談笑も増えてきた。


「この前ティタン様に頂いたパフ入りのチョコレートが美味しくて、実はこの前チェルシーに買ってきてと頼んでしまいました。ぜひこの後のティータイムでいかがでしょうか?」


ミューズはこのあと出てくる予定の甘味にワクワクしている。



「あぁマオに教えてもらった店のだな?兄上は甘いの苦手だろうが、リオンはチョコレートなら食べられるだろ?」


リオンは頷いた。


「えぇ大丈夫です。マオ、後で僕にもそのお店を紹介してください。他にも良いところがあれば是非。レナン様は甘いのはお好きですか?」


レナンは少し考え込む。


「わたくしも好きですが、甘すぎるのは苦手なのです。コーヒーなどと一緒に頂ければ嬉しいですわ。エリック様もコーヒーの方が好きですよね」


レナンも少しずつエリックの好みを覚えてきていた。


「そうだな、申し訳ないがチョコレートは苦手で。ミューズ嬢の心遣いだけ、頂くとしよう、甘味は皆で楽しんでくれ」


和気あいあいといった雰囲気だ。


不安がないわけではないが、エリック達の心からのもてなしに、年相応の笑顔が増えていったのだ。



食事を終えそれぞれ勉学や訓練に励もうとした時、おずおずとニコラが書簡を持ってレナンへと差し出した。


「陛下より賜りました。こちらリンドール国より届いた書簡です、お部屋でお読みください」


差出人はハインツ=ミハイラス。


レナンの婚約者だ。




部屋に一人戻ったレナンは封が切られた書簡を机に置き、しばし深呼吸をする。


午後の勉強はキャンセルしてあるそうだ。


ニコラが気を回したということは、この中身に良いことは書いてなさそうだ。


既に開けられて拝見されてるだろうから、自分が読む前に全部あらためられているのだろうな。


いつもおどおどとしつつも、気遣わしげにこちらを伺っているニコラを思い出す。


書簡をレナンに渡した後は、固い表情の皆を別室へと誘導していた。

穏便にきっと伝えているのだろう。


意を決して中身に目を通すが、思った以上にショックは受けなかった。



ハインツから来た内容は、所在がわからず、王家に婚約破棄を申し立てたという説明から始まっていた。


レナンの父が犯罪者となった為、婚約破棄をすること。

慰謝料請求については、現在居場所がわからないため後日行うこと。

状況によっては、仕方ないが裁判となること。


つらつらとそのような事が書かれている。


(気遣いの一つも書いてほしい、なんて贅沢かしら)


アドガルムの王子様たちは当たり前のように気遣い、心配してくれていた。


挨拶のように自然にこちらを慮ってくれた。


思えばお茶の誘いも、茶会の準備も、プレゼントもレナンからであった。


話すのもレナンばかりであったし、ハインツが好きなものの話はするがレナンの好きなものなど話しただろうか。


優しくはしてくれたし、エスコートもしてくれた。

紳士的な人ではあった。


容姿も素敵で学校でも他の令嬢から話しかけられる事も多かったハインツ、遠くから寂しく見つめるしかなかった。


そのことについて素直に話すと、


「レナン嬢は騒がしいのは苦手かと思って誘わなかったんだ、ごめんね」


とこちらを気遣うように話してくれていたが、そこからも別に他の人との時間を減らすわけではなく、寧ろ人がいる分レナンとの時間が減った。


定期的なデートはするものの、主にレナンが喋っていた。


会えない時間が出来た分、ハインツの事を改めて考える時間が増えた。


そして思い出の中の彼の行動に疑問を持ち、愛情が減っていってるのがわかった。


「会えないと気持ちが冷めるものなのかしら…」

どちらかというと目が覚める思いだ。


「出会った時は素敵だったのに」

後で皆と会うとき、どんな顔をしたらいいか。


特にミューズは心配しているだろうなと、涙も出ない目で天井を見つめていた。






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