1-1
AGE 4846。世界には戦争、紛争が絶えず起こり続けていた。
資源を奪い合うための争い、宗教による戦争、領土の拡大のための戦争。目的は違えど結果は皆同じ。真新しい血は延々と流れるばかりである。
そんな中、とある国が新たな兵器を開発した。それがCMD、戦闘型モビールドロイドである。
刃物も弾丸も通さない装甲の肌、熱スキャンと高精度ズームを兼ね備えた瞳、僅かな音にも反応できる耳、異常な身体能力を持つボディ、そして慈悲なき心。このCMDによって戦争の形は大きく変わったのだ。
だが、それに反対する者たちもいた。CMDの非人道性を訴える者、戦争の悲惨さを語る者など、彼らはCMDの開発を阻止すべく活動を行なっていた。
しかし、それは叶わなかった。何故なら、彼らの多くは戦争に負けた側の人間だったからだ。
勝てば正義、負ければ悪。それはもう何百年も前から決まっていることである。
「……はぁ」
アユートと名乗る白髪の少女は、モニターに映る映像を見ながら静かに息を吐く。
彼女がいる場所は、戦場から離れた後方基地だ。その部屋は薄暗く、最低限の照明しか点されていない。そのせいもあってか、彼女の白髪は暗闇の中に溶け込んでいるように見えた。
部屋の中央に置かれた椅子に腰掛けている彼女は、目の前にある巨大なスクリーンで戦闘の映像を眺めている。
「また人員が減ってしまったわね」
背後からの声にアユートは振り返らず答えた。
「はい。先日の戦闘で死亡した兵士の数は六名です」
淡々と答えたアユートを見て、声の主は小さく笑みを浮かべる。
「貴方はいつも冷静ね。そして真面目。でも少し根を詰めすぎよ」
声の主はそう言いながらアユートの隣に立った。
その人物は女性である。身長はアユートより少し高く、見た目は二十代前半といったところだろう。肩まで伸びた黒い髪を揺らしながら歩く姿は、まるで人形のように美しい。
「私達MDも、疲れを知らないとはいえオーバーワークは身体に悪いんだから。少し、休憩にしない?」
というより、彼女もMDであるのだから人間ではないのだが。
MDはCMDの前型機、というより軍事改良されていない個体である。MDは人間の生活をサポートするドロイドである。今でこそ戦場にいるが、シェシェは本来人間に寄り添うため作られたドロイドであるため、CMDのアユートより感情というものを理解していた。
「シェシェ。了解です、一時休憩としましょう」
シェシェと呼ばれた黒髪の女性は部屋の外へと歩いていく。その後ろをついてくるように、アユートもまた歩き出した。
「それにしても、今回も酷い戦い方よね」
「はい。敵拠点の破壊を優先した結果、犠牲者が六名に到達してしまいました。私の力不足です。すみません」
「ちょっと何言ってるの! アユートのせいじゃないわよ。あんな無茶苦茶な作戦を立てる上が悪いのよ」
アユートの言葉を聞いたシェシェは慌てて否定する。そんな彼女を、アユートは不思議そうに見つめていた。
アユートは表情があまり変わらないドロイドである。
慈悲の心はなくとも感情はドロイドにも存在する。しかし、アユートはまるで感情さえも存在しないかのように振る舞っていた。本当に存在しないわけではないが、それでもかなり乏しいものではある。シェシェはそれを気にしているようだ。
だが、アユートはそのことをあまり問題だと思わなかった。自分はただの兵器であり、人を殺すために存在しているのだから。そう考えると、他のドロイドに何故感情などが存在しているのかが理解出来なかったが、感情豊かなシェシェと話すのは嫌いではなかったので何も言わなかった。
二人はそのまま廊下へと出る。すると、前方から一人の男がやってきた。
その男は長身で細身。整った顔立ちをしているが、目の下に濃い隈が出来ており不健康そうな印象を受ける。
「おや、シェシェさんにアユートさんではありませんか」
「こんにちは博士。……また徹夜? 人間は寝ないだけでも死ぬんだから、ちゃんと貴方も休んでよね」
「こんにちは、ラッセル博士。先日のメンテナンス、ありがとうございました」
ラッセルと呼ばれた男は二人に向かって軽く頭を下げる。
「いえいえ、これが仕事ですから」
「貴方は本当にMDが好きねぇ」
「えぇ、大好きですよ。そのためにここまでやって来たんですから! あぁ、貴方達の何と美しいことか!」
彼はMDを心の底から愛していた。それこそ、MDのためならば命を投げ出す覚悟があるほどに。
その言葉を聞き、アユートは無言のまま彼を見つめた。その視線に気付いたラッセルは、興奮した様子で語り始める。
「もちろん貴方達は素晴らしい存在です。しかし、この世に完璧なものなんてありません。それはMDも同じことです。つまり完璧に近い存在である貴方達にも欠点はあるということ。それこそが尊いのです。私は、それを愛しています。あぁ、まさしく貴方達は私達人間に授けられた天使の生まれ変わり、いや、化身と呼ぶべきでしょうか! 強くて美しくて、まるでワルキューレのようで……」
アユートは彼の話を聞いている間、ずっと黙ったままだった。その瞳には、手を天に掲げてペラペラと喋り続ける男が映っている。
一方、アユートの隣にいるシェシェは呆れたような顔をしてため息をついた。
彼女は思う。顔立ちの良さがありながらもこの男が結婚できない理由はこれか、と。
左手人差し指、中指、薬指破損。右手小指接触障害。左脚接触障害、軽いエラー頻発。
これらは先日の戦いでアユートが負った損傷だ。戦場に出たアユートは常に最前線に立ち、敵の攻撃を受け続けていた。そのため、このように身体の一部が壊れてしまうことも珍しくない。
「そういえばアユートさん、新しいボディは如何でしょう?」
「前より癖が強くなった気がします。でも、その分行動できる範囲が増えました。練習時間を増やして慣らしていこうと考えています」
そう言うと、アユートは手を動かしたり足を上げたりする。その様子を見て、ラッセルは満足げに笑みを浮かべた。
ここは軍事基地内にある彼の研究室。その中央に置かれた椅子にアユートは座っており、その隣にシェシェが座っている。
「MDからすればここは研究所っていうより休憩所だよね」
と言われているラッセルの研究室は、荷物は多いもののスペースは広く、MDの為に設置された家具も多い。
部屋の中には様々な機械が置かれており、壁際には棚が設置されている。そこには薬品や医療器具、そして様々な部品などが並べられていた。
そして部屋の奥には大きな机があり、その上にはMDのデータが書かれた紙が大量に置かれている。
部屋にある物は全て研究とMDの為に集めた物だけであり、他には何も置かれていない。そんな部屋ではあるが、MDにとっては非常に居心地の良い場所であった。
「MDをもっと大切に扱ってくれる人がいれば苦労しないのにねぇ」
「シェシェはこの現状には不満ですか?」
「まーね。無機物だったとしてもこっちにも自我があるんだから多少の人権配慮をしなさい、ってわけよ。人間のために私達は身を粉にして働いてるのに……」
「そうですか……」
アユートは興味なさそうに返事をする。だが、その表情はどこか悲しげなものであった。
アユートの感情が表に出ることは少ないが、それでもシェシェはアユートの変化を感じ取る。彼女は少し考える素振りを見せた後、何かを思い付いたように声を上げる。
「あっそうだ。今度新しいCMDがこっちに来るんでしょう? 歓迎会、とかやってみない?」
「歓迎会」
アユートはその言葉を復唱する。
「ええ。五ヶ月ぶりの新人くんよ。仲良くなりたいじゃない?」
「……シェシェ、歓迎会、とは何でしょう」
アユートは首を傾げる。今までそのようなことは行ったことがなかったからだ。アユートは戦闘型モビールドロイドであり、兵器として戦うことが全てである。その為、人間の真似事をするようなことを進んで行うことはなかった。
そんな彼女を見て、シェシェは苦笑いをした。
アユートはBBBシリーズ。元々軍事(とりわけ破壊と殺戮を)目的で作られたCMDである。そのため、兵器としての意識が強い。そのせいで、が当たり前に知っている知識や常識を知らないことが多かった。
「歓迎会はね、新しく仲間になった人と親睦を深める為のパーティーみたいなものよ」
「なるほど。しかし、今後長く付き合うかどうか分からない相手に、わざわざ重要な資源を利用する利点はあるのですか?」
「えっ、そうね。…‥仲良くなりやすいわ」
「パーティーをせずとも仲は深められます。シェシェの時も、ラッセル博士の時も、歓迎会はしませんでした」
アユートの言葉を聞き、シェシェは困ったような顔になる。確かに彼女の言う通りなのだが、今回ばかりはそういう訳にはいかないのだ。
何故なら、今回の新入りはただの新入りではない。この基地にはMDの修復、改良ができる人間はラッセルとシェシェの二人だけだ。今回の新入りは戦場にも出るが、MDの修復もできる人材である。はっきり言うなら貴重な存在であった。
それだけではない。この新人は人間でありながらCMDでもある。いわばサイボーグのような存在なのだ。
この様な存在は初めての事例である。実際、上からは戦闘データの回収をする様にと電達がシェシェの元に届いている。
「まぁまぁ、良いじゃありませんか。貴方以来久しぶりにやってくるCMDですよ。きっと共感できるところも多いはずです。新しい友達を作るチャンスですよ」
アユートの隣に立っていたラッセルが口を挟む。彼はいつも通りのニコニコとした笑顔を浮かべながら、二人の会話を聞いていた。
「ラッセル博士、貴方は賛成なんですね」
「はい。だって貴方も彼もまだ若いんですから、こういう経験も良いと思うんですよ。それに、ここじゃ娯楽も少ないでしょう?」
まぁ私は貴方達MDを見ることが最高の娯楽なんですけど! とラッセルは笑う。その言葉を聞いたシェシェはため息を吐きかけ、止めた。
「はいはい、分かったわよ。でも、本当に軽い気持ちだから。どうせ新人が来るのは明後日だし」
「……分かりました」
アユートはコクリと首を動かす。そして、そのまま立ち上がると部屋の外へと歩いていった。
「何処に行くのですか?」
「トレーニングルームへ行って来ようと思います」
「そうですか。いってらっしゃい」
アユートは廊下を歩く。その身体は機械の身体だ。その身体を動かしているのは、人間の脳ではなく人工知能である。何億通りの、いや、それ以上のパターンを学習させ、完全に独立した行動が取れる様にプログラミングが施された脳。でもそのプログラミングに、心までは入れ込まれていなかった。
アユートが歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「おっ、アユートじゃないか」
「こんにちは、ヴァファンクーロ」
アユートが振り返ると、そこにはアユートと同じBBBシリーズ、CMDのヴァファンクーロがこちらに歩いてきていた。
ヴァファンクーロは男性型のCMDであり、見た目は20代前半ほどである。金色の短髪に蒼い瞳、そんな彼の表情は明るいものであった。
アユートは立ち止まる。すると、ヴァファンクーロもそれに合わせて足を止めた。
「どうしたんだ? こんなところで」
「トレーニングルームへ行く途中です」
「そうなのか? 俺も一緒に行こうかな」
「構いません」
二人は並んで歩き始める。アユートはチラリと横目でヴァファンクーロを見る。そして、少し考えた後、口を開いた。
「ヴァファンクーロ、少し聞きたいことがあるのですか」
「ん、なんだ?」
「貴方は歓迎会、というものをご存じですか」
ヴァファンクーロは考えるように目を彷徨わせた後、ふむ、と溢した。
「祝辞事のようなものじゃないのか。すまない、あまり詳しくは知らないんだ。しかし何故?」
「シェシェから、仲間が増えたから歓迎会をしたいと言われまして」
「ほう、仲間が」
「ええ。四人目のCMDらしいです。ですが、私は歓迎会に何をするのか知らなくて」
アユートはそこで言葉を区切る。そして、ヴァファンクーロの方を見ると首を傾げた。アユートの言葉を聞き、ヴァファンクーロも首を傾げる。
二体とも戦闘のために作られたMDなのだ。当然、人間のように感情に基づいて物事を考えることはできない。
「歓迎と名がついているのだから、ようこそ、とでも言ったりするんじゃないのか」
「それは歓迎会でなくともシェシェが言っています。それでは意味がないのです」
「そうか。そうだな。うーん、しかし歓迎会などやったことがないから分からん」
「そうですか」
ヴァファンクーロは腕を組み、難しい顔をして考え込む。その様子を見たアユートは再び口を開く。
その時だった。突然、大きな爆発音と共に地面が大きく揺れた。地震ではない。明らかに何かが起きている。アユートとヴァファンクーロは互いに顔を見合わせると、すぐに駆け出して行く。
「こちらCMD-BBB1。異常を感知。行動許可を求めます」
「こちらCMD-BBB2。1と同様の異常を感知。行動許可を求めます」
『こちらMD-K226。1と2、3の行動許可認証しました。直ちに原因の究明を行ってください』
「了解」
「了解」
二体のCMDは同時に返事を返す。そして、そのまま別々の方向へと走り出した。
アユートは南ゲートから基地の外へと向かう。外には広大な砂漠が広がっていた。
アユートは辺りを注意深く見回す。特に変わった様子はない。だが、アユートは警戒を解くことなく基地の周りを走り始めた。
基地の周囲を一周し終えた時、アユートは動きを止める。
風は吹いておらず、砂が舞っていないため視界は良好。一見すれば異変はなく見える。……が
「……下っ!」
アユートが叫んだ瞬間、足元が一気に崩れた。
アユートはすぐに落ちる岩を踏み台にして跳躍する。アユートは空中で身体を回転させながら着地すると、即座に攻撃の構えを取る。
「敵襲、確認しました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます