第23話 砂のハートに火をつけて ⑦

 電話を終えた赤沢さんがカウンター席に戻ってきて、修司さんにスマホを返した。


「ありがとうございます。おかげで少し光明が見えた気がするよ」

「それはよかったです」

「まだどうなるか分からないのだけどね、あの窯だけはどうにかしたい。先生と作品を作り上げたあの窯は歴代でも最高の窯で、あの窯が取り壊されたり、使われず朽ちていくばかりなのは本当にもったいない。そこだけが気がかりで……」


 赤沢さんは寂しそうに呟いた。最初に店に来て話を聞いたときは遺されたものに対して、自分には分不相応なもので受け取れないという感じだったのだが、初めて執着心といったものが垣間見えた気がした。執着するところがお金のような俗物なものではなく、窯なのが火男の赤沢さんらしいとも思えた。


「じゃあ、その窯、使っちゃえばいいじゃん」


 修司さんが軽い調子で横から口を挟む。赤沢さんは困ったような視線を修司さんに向け、藍子さんは空気読めとばかりに露骨に顔をしかめる。


「そんな怖い顔することなくない?」

「いや、でも、修司さん……その窯で焼く物を作っていた方がお亡くなりになったわけですから……」

「それは分かってるよ。だから、その窯で焼きたいと思えるほどの物を作ってくれる人を探せばいいじゃんと」

「だけど、そんな人、そんなにほいほいと現れるわけないじゃないですか」

「それはそうだけどさ、可能性がある人ならいるじゃん」


 修司さんは真顔で言いきった。何か考えがありそうで、先ほどまでの適当なこと言わないでくださいとばかりに返していた言葉が出てこなかった。代わりに赤沢さんが前のめりに修司さんに「それはどこの誰だい?」と尋ねていた。


「梅城さんだよ。あの人、砂かけだろ? 陶芸とかって詳しくないけどさ、あれって砂……いや土だっけか。とにかくさ、それなら梅城さんの得意分野のはずだろ? もし上手くいけば、窯が気がかりだということも梅城さんの悩みも解決できて、ウィンウィンだろ?」


 修司さんの言葉に、それぞれが顔を見合わせては頷き合った。どこかでそういうことなら行けるかもしれないという、無責任だけど確信めいたものを感じてしまったのだ。


「ねえ、浩輔くん。梅城さんは今はたしか……」

「どこかの仕事の面接ですね。梅城さんの人間としての職歴や年齢だと難しいかもしれませんね」

「そうよね……」


 藍子さんと確認するように頷き合う。


「面接終わりに店に戻ってくるように言ってみたら? 仕事のアテが見つかったてさ」

「そうですね。どうしますか、赤沢さん?」

「お願いしても?」


 不思議と全員が小声気味でおそるおそる言葉を発していた。スマホを取りだし、赤沢さんの事情などを全て伏せ、さっき話していた内容をそのままメッセージで送った。すぐに既読が付き、面接が終わったところなので店に戻ります、と梅城さんから返事が来た。

 そのことを三人に伝え、今日は早い店じまいとばかりに玄関扉に掛かっている札を『CLOSE』にし、ロールスクリーンを下げた。これで邪魔者はやってこない。梅城さんをめるようなことをしていることには気が引けるが、それでも周囲を気にすることなく一度話をする場というのを整えたかった。

 梅城さんを待つ時間が緊張からかとても長く感じ、さらには手持無沙汰になってしまったので、カウンター席に座っている三人に新しくコーヒーを淹れることにした。

 梅城さんからの返事を受け取ってから三十分と少しが経ったころ、梅城さんがスイングドアを抜け、フロアに顔を出した。


「みなさん、集まって、どうなさったんですか? それにお店は……」

「おかえりなさい、梅城さん。店は臨時休業にしました。それで先ほども伝えましたけど、梅城さんにお勧めしたい仕事があるんです」

「それはいったい……」


 そこで赤沢さんに目配せをする。赤沢さんは椅子から立ち上がり、梅城さんへと近づいて向き合うようにして足を止めた。


「はじめまして。赤沢仁平と言います。私は火男で、人間の陶芸家の下で窯番をしていました」

「は、はあ。ご丁寧にどうも。私は砂かけの梅城依里子といいます」


 梅城さんは社会に出てから長いせいか、条件反射のように自己紹介をし、頭を軽く下げていた。頭を上げると困惑の度合いが深まった表情でこちらに助けを求めるような、説明を求めるような視線を向けてくる。


「赤沢さんも梅城さんも、とりあえずカウンター席に座っていただけますか?」


 そう言いつつ、藍子さんに視線を送ると察したように席を立ち、カウンターの内側へと回ってくる。赤沢さんは元いた真ん中たりの席に、梅城さんは先ほどまで藍子さんが座っていた端の席へと座った。


「それで梅城さん。仕事探しの方はどうですか?」

「はい。そうですね……なかなか難しいですね。見た目年齢を若くして、履歴書を作り直せばいけそうな気はしますが……」

「そうなんですか。では、まだ仕事は決まってないということでいいんですよね?」


 梅城さんは、「ええ」と力なく頷いた。


「梅城さん……先ほどメッセージでも送りましたが、梅城さん向きと思える仕事を紹介したいのですが」

「はい。それでどういうお仕事ですか?」

「それは赤沢さんから説明してもらいます」


 赤沢さんは頷き、梅城さんへと向き直る。


「陶芸に興味はありませんか? お給料という面では出来高払いになりますが、それまでの金銭面含め、サポートは全て致します。そして、あなたは砂かけだという。陶芸の才もあるやもしれません。悪くない話ではありませんか?」


 赤沢さんは熱い想いを抑えているのか、つとめて冷静に言葉を並べて梅城さんを勧誘する。しかし、梅城さんはというと浮かない顔をしていた。


「すいません。私は不器用で特別な力も才能もありません。だから、お断りさせてもらいます」

「でもさ、サンドアートパフォーマーで鍛えた手先の器用さと繊細さ、芸術性があれば、なんとかなるんじゃないか?」


 修司さんが横から梅城さんの逃げ道を潰す。しかし、梅城さんは次の道を模索し始める。


「しかし、陶芸なんて触れたこともないし、知識もなにもありません。そんな私が踏み入れていい世界ではないでしょう?」

「知識や技術ならば、私が知っている。今まで何人もの先生の下に仕え、そばで見聞きし、一流の作品に触れてきた。私も実際に多少なりに作ったことはある」

「しかし……」

「それに私もあなたもあやかしの身なれば、時間という制約はなしに陶芸の道を邁進まいしんできるでしょう。もしダメでもお互いに、また個のあやかしに戻ればいいだけではないか? だから、ゆっくりと一緒にがんばってみませんか?」


 梅城さんは逃げ道を塞がれ、外堀というもの完全に埋められてしまった。それでも首を縦に振らないのは、きっと一歩を踏み出す勇気がでないからだろう。

 外堀を埋められ、それ以外に道が見えなくても踏み出す勇気が出ないということには、自分も覚えがあった。調理の専門学校に進むと決める前はそんな感じだった。今、必要なのは一度整理して考える時間だろう。


「梅城さん、突然のことで申し訳ありません。今すぐ決めなければならないということではないと思うので、一度持ち帰って検討してもらえませんか?」

「はい……分かりました」

「赤沢さんも今はそれでいいですよね?」

「もちろんだとも」


 梅城さんは申し訳なさそうに俯き、赤沢さんは昂った気持ちを静めるようにグラスの水をぐいっと飲み干した。

 そして、今日は解散ということになった。梅城さんと赤沢さんを見送り、時計に目をやる。針は三時過ぎ辺りを指していた。


「まだ時間ありますし、もう一度店を開きましょうか?」

「そうね」


 藍子さんと手分けをして、もう一度ロールスクリーンを上げ、玄関扉の札を『OPEN』へと変える。


「じゃあ、俺は休憩室あたりで時間までくつろがせてもらうね」


 修司さんののん気な声に、気合いを入れ直そうとしていた自分がバカらしく思えた。それは藍子さんも同様だったようで、修司さんにも聞こえるくらいの盛大な舌打ちをしていて、思わず苦笑いを浮かべながらカウンターの中に戻った。

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