第40話 二人で同じ景色を
俺と少女がいつもの神社へ着くと、辺りに俺たち以外の人間の気配はないにも関わらず本殿の扉が開かれており、双子の巫女らしき御神体がその姿を露にしていた。
少女は御神体の姿を認めると賽銭箱の前まで歩み寄り、そっと頭を下げた。
「ありがとう。おかげで、結構楽しかった。でも、もう大丈夫だから」
少女が感謝の言葉を口にし終えると辺りに吹いた一陣の風が彼女の髪をなびかせ、それに巻き上げられたと思しき金色の髪が宙を舞い御神体の手の中へと納まった。
陽の光を浴びて輝く金色は確かに俺の視線の先にあったはずなのだけれど、瞬きをした後でもう一度視線をやってみるとまるで最初から何もなかったかのように消え去っていた。
光の加減で消えたように見えただけ。
そう言ってしまえば、それを否定する根拠なんてないけれど。
何となく、俺には少女と過ごす時間がこの場所で終わるのがわかった気がした。
「ねえ、あんたって辺りがぐにゃぐにゃになったり、いきなり時間を移動したり、そういう訳わかんないことに巻き込まれるの、嫌い?」
振り返った少女が口にした問に何と答えようか一瞬だけ迷ってから、結局変に恰好つけたことを言うのはやめて素直に答えることにする。
「いや、好きだぞ。俺の人生には現実逃避したくなるような黒歴史が山程あるからな。現実味のないぶっ飛んだことに巻き込まれるのは、願ったりかなったりだ」
俺の返答を聞いた少女は小さく笑い声を漏らしてから、憑き物の落ちたような清々しい表情を浮かべた。
「そっか。だったらさ、私の夢を叶えるの手伝ってくれない?」
「夢?」
俺がオウム返しに聞き返すと、少女は両手を大きく広げ深呼吸をしてから周囲の景色をぐるりと見回した。
「本当にあるのかどうかもわかんないけど、私たちがこれだけ凄いことに巻き込まれてるんだから、探せば世の中には別の超常現象だってありそうでしょ? 私は、それを見て、調べて、できることなら自分自身で体験してみたい。今考えたばっかりだけど、悪くない夢だと思わない?」
正直、驚いた。
高校生の涼音も二号の解明には精力的に活動していたけれど、自分自身が体験した一号と二号以外の超常現象が存在する可能性に言及することはなかったし、夢なんて言い方をしたこともない。
もちろん、俺には彼女が内心で何を考えていたのかなんてわからないし、本当は目の前の少女と同じ夢を秘めていたのかもしれないけれど。
少なくとも俺は、彼女の夢を初めて聞いた。
高校生の彼女が小学生の頃と同じ夢を抱いているかはわからない。
そもそも覚えていない可能性だって高いし、仮に覚えていても黒歴史と化していることだって十分に考えられる。
けれど、もしも今の彼女が過去と同じ夢を抱いているのなら、それに付き合ってみるのは確かに悪くない。
「ああ。俺でよければ幾らでも付き合ってやる」
「ありがとう。じゃあ、約束ね」
約束の証とでも言うかのように、少女が小指を差し出してくる。
思えば、朱乃との約束を破って以来、こんな風に誰かと指切りを交わしたことはなかったかもしれない。
そんな益体もないことを考えながら、俺は一回り以上小さな細い指に自分の小指を絡めた。
「指きりげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指――」
指きった。
そう締めくくられるはずの唄は、されど最後まで唱えられることはなく代りにペットボトルが地面に落下する空虚な音だけが辺りに響いた。
「あいつ、結局半分くらいしか飲まなかったな」
地面に落ちたペットボトルを拾い上げ眺めてみれば、そこにはまだ黒い液体が半分程残っている。
今、俺と少女は小指だけとはいえ互いの手を触れ合わせていた。
だから、少女が心を決めていた以上こうなるのは必然だったのだろうし、俺も何となく察してはいたけれど。
いざいなくなってみると、案外寂しいものだな。
◇
境内にある切り株に座り一人でぼうっとしていると、鳥居の方に人影を見つけた。
「涼音、思ったより早かったな」
鳥居をくぐり境内へ足を踏み入れた高校生、涼音に声をかけると彼女は懐かしそうに目を細めてから苦笑した。
「そうだね。前に来たのは随分と昔だし、もっと迷うと思ってたんだけど。案外、覚えてたみたい」
涼音の方も子守が終わったらしいので、こうして落ち合うことにしたけれど。
先程までいた少女のせいか、俺と大して変わらない背丈の涼音を見ていると何だか妙な感慨が湧いてくる。
「今まで二号が起こしてた現象とは幾らか毛色が違ったけど、結局何だったんだろうな?」
別に明確な答えを期待していたわけではないけれど、全く触れないというのも収まりが悪くて俺が少女のことを思い出しつつ口を開くと、涼音は本殿の方を見ながら肩をすくめた。
「さあ? 敢えて言うなら、神様が気を利かしてくれたってところじゃない?」
「意外だな。お前なら、さっきの現象を再現できないかもう一度試してみようとか言い出すと思ってた」
「はは、うん、それもちょっと考えた。でもさ、たぶんあれは一度きりなんだと思う」
自分で言っておいて何だけど、確かに俺も涼音の言う通りだと思う。
もし、もう一度目の前の現実から目を逸らし未来だか過去だかへ行く人間がいるのだとしても、それはきっと俺たちではないのだろう。
「それに……あんな恥ずかしいこともう二度と言いたくないし」
涼音が耳の先端を微かに赤くしながら付け足した言葉を聞いて、俺も少女に向かって口にした言葉の数々を思い出す。
別に、彼女に向けた言葉を後悔しているわけではないし、本心を偽ったつもりもないけれど。
まあ、確かに、涼音の心境は理解できた。
「……だな」
俺が急に熱くなってきた顔の周りを手で仰ぐことで冷ましながら同意すると、涼音はそれを見ておかしそうに笑ってからそっと右手を差し出してきた。
「藍川のこと、捕まえといてあげる」
腰を上げ涼音の正面に立ってから、俺も彼女に向かって手を伸ばす。
「ああ、頼む」
俺と涼音の指先は静かに触れ合って、そしてセカイはぐにゃりと歪んだ。
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