ディンの決意


 ――じいちゃんが死んだ。


 思えば段々と体の自由が利かなくなっていると零していたのでその予兆はあったとは思う。


 『死ぬ』ということは活動を停止すること。

 

 魔物を殺してその肉を食べる僕にとって近しいことだから『人間は老いると死ぬ』ということを聞いているからそういうものだと理解している。


 だけど――


 「いつかこんな時が来るのは分かっていたのになんだか胸が痛いよ……じいちゃん、これはなんだろう?」


 ――僕はベッドに横たわるじいちゃんの顔を見ながらポツリとつぶやく。だけどそれを教えてくれる人はもうその口を開くことはなかった。


 その顔はとても穏やかで訓練中や普段の生活でも厳しい表情だったじいちゃんとは思えない。

 約十年と少しを一緒に過ごしたじいちゃんは間違いなく『親』と呼べる存在だった。

 元々、お世話役として造ったという話は聞いていたからここまで『息子』や『孫』のように接してくるのは物心がついた今となってはちょっと驚いたかな?


 でも、その役目は今日、唐突に終わってしまった。


 「ふう……」


 じいちゃんのお世話ということをずっと言われていたのでその目的が無くなったら僕の存在価値は無に等しい。

 もし死んだら僕が活動を停止するまでここで暮らすように命じられているので特に生活が変わることは無いのは幸いかもしれない。


 だけど、今は完全に一人……


 「……町に行ってみようかな?」


 とはいえ、僕は人間じゃない。

 じいちゃんの言う通り、バレて万が一僕になにかあった時、造ってくれたじいちゃんに申し訳がないのも確かなのだ。

 結局、今はそれが必要ないと頭を振りそのままいつも通りの生活を続けることにした。


 遺体は腐るらしいけどすぐに埋める気になれず、そのままベッドへ寝かせたままにした状態でまた毎日が始まった。


 「やっ!」

 「ブルォォン……!!」

 「そこだ<炎弾ファイヤーボール>!」

 「ブフォォ……」


 僕は杖を軸に回転しながら突進してくる猪の魔物であるレッドホーンの攻撃を回避すると背中に蹴りを入れ、着地と同時に炎の弾を当てると派手に爆発して絶命した。


 「これで五日は持つかな。今日は焼いて明日は塩漬けと燻製にしようかな」


 そんな調子で暮らす僕。

 狩り以外は保存食づくり、畑を耕し、水を汲みに川へといつもの仕事をこなしていく。

 

 ……それでもそれを褒めてくれるじいちゃんはもう居ない。

 

 「訓練もご飯も一人じゃなんだか面白くないや」


 それから数日、僕はじいちゃんの部屋を掃除するため足を踏み入れていた。

 手製の本棚に少しの本。

 僕の勉強用に使っていたけどじいちゃんは『知識が偏る』と口をとがらせていたっけ。

 町で薬を売っていたころはたまに買ってきていたみたいだけどここ最近は町に行くこともなかったので増えてはいなかった。

 

 こんなにつまらないなら自害するのもいいかもしれない。

 どうせ町へ行くことも無ければ、やることもないんだし、じいちゃんの後を追っても誰も怒らないだろう。

 だけどその前にきちんとじいちゃんを弔わなければと遺品整理を続ける。


 「これも読んだなあ。最初は意味が分からなかったけど……っと、じいちゃんの荷物なにを入れようかな――」


 そろそろ埋葬するためじいちゃんの遺品を事前に作っていた棺に入れようと思って片づけを始めたけど思いのほかどれも手に取ると物心がつく前の記憶を呼び起こさせる。

 これが『思い出』というものらしいけど、じいちゃんが過去のことを口にしている時にそう言っていたので多分そうなのだろうということくらいしかわからないんだけどね。


 「この本はよく読んでたし入れとこうかな。あとはローブと杖……。ん? これは」


 机の上に伏せられていたものを手に取るとそこには若かったじいちゃんと僕の知らない男性と女性が笑っている絵があった。


 「確か『写真』という姿を残す貴重な道具だって本で読んだことある。ふうん、この人が勇者かな? こっちの人がカレンさん……」

 

 これは入れてあげようかと思っていると、続いて日記を見つけた。

 読んでみると、僕を作る過程についてずっと書いていたようだ。

 

 「……禁術、か。僕ってホント存在自体が危うい?」


 なぜか少し背筋が寒くなる。

 進んでいくと僕が完成してからは日記をあまり書かなくなったらしく日付が飛び飛びになっていた。

 その中で僕について書かれていることが、あった。


 “私の都合だけで命を作り出した。これは許されることではないだろう。問題は私が死んだ時か。世話をする対象がいなくなれば存在する必要があるだろうか? 私が死ぬ時、一緒に死ぬように伝えるべきだろうか。

 ……しかし、もう私にはあの子を殺すことはできない。魔法人形といえど幼いころから育ててきた子をどうにかできるはずがない。

 もし、私が死んだらディンには好きにさせてもいいかもしれない。金はその時までベッドの下に貯蓄をしておくか”


 「……! じいちゃん……」


 部屋を出てベッドの下を調べると小さな宝箱のようなものがあり開けてみるとお金が入っていた。

 その瞬間、玄関をノックする音が聞こえてきた。


 「……?」


 玄関を慎重に開けるとそこにはいつか夜中に転がり込んできた四人の冒険者が立っていた。


 「あれ? えっと、お孫さんかな? 昔ここで命を助けられたことがあるんだけど……」

 「ええ、知っていますよ。今日はどうしたんですか?」

 「あの時、礼は必要ないと言われたんだけど、やっぱり気になっていてね。おじいさんは?」

 「その……こちらへ」


 僕はじいちゃんの眠るベッドへ案内し、事情を説明すると四人とも悲痛な顔で目を伏せて言う。


 「……騒動や依頼もあってなかなか来ることができなかったのだけど、まさか亡くなられているなんて……」

 「ちょうど先日。埋葬するために遺品を整理していたんですよ」

 「そう、か。山奥にはあまり馴染みのない魚を持って来たんだが、君に渡すよ」

 「ありがとうございます。じいちゃんも喜ぶと思います」


 僕が頭を下げると彼らは困ったように笑い、頭をかいたり顔を見合わせたりしていた。一応、お茶を出そうと裏の畑からハーブを採取して四人をもてなすことに。


 「あら、美味しいわ!」

 「頭がすっきりするな」

 「育てていたハーブのお茶です。じいちゃんが好きだったので」

 「ありがとう。……ここのところ特にきつかったからとてもありがたい。君はひとりになったのかい?」

 「ええ、二人で住んでいましたから」

 「そう……寂しくなるわね」


 『寂しくなる』と女性が口にし、ああそうかと僕は胸中で納得する。

 この胸のもやもやは『寂しい』のだと。


 「そうですね」

 「このままここに?」

 「どうしようかと思っていて……じいちゃんが死んで生きがいというのが無くなったんですよ」

 「君はまだ若いし、町で暮らすのもいいんじゃないか? あの爺さんの孫なら魔法は使えるんだろ?」

 「ええ、まあ……」


 即答は難しいので歯切れの悪い返答をしながら苦笑していると、リーダーらしき人がテーブル越しに握手を求めてくる

 

 「みんな、彼は肉親を亡くしたばかりなんだ。いきなりそんなことをいうもんじゃないって。俺はギル。もし町へ来ることがあれば声をかけてくれ」

 「あたしはアイラよ」

 「ヒッコリーだ、悪かったないきなり」

 「ナナです。あなたのおじいさんのが助けてくれなかったら危なかったかもって言われていたの。直接お礼を言いたかったけど……残念だわ」


 口々にじいちゃんのことと僕のことを心配してくれるギルさん達。

 お茶を飲みほした彼らは席を立ち小屋を出る。


 「それじゃ俺たちはこれで」

 「はい、ありがとうございます」



 ――彼らが帰った後、じいちゃんの棺桶を作り、小屋の近くにある一番景色のいいところに埋めた。

 

 遺品も詰めたけどローブと杖は今、僕の手にある。

 

 墓標の前で少し目を瞑って祈りというものをささげた後、僕はじいちゃんに言う。


 「……僕、旅に出るよ。ここで一生を終えてもいいかなとか、自害も考えたんだけど、もっと人間というものを見てみたいと思ったんだ。じいちゃんは人間が嫌いで憎んでいたけどギルさん達はわざわざ訪ねてきてくれた」


 手にしたローブを着込みながら続ける。


 「じいちゃんは裏切られたけど悪い人間ばかりじゃないと思うんだ。で、いつか僕が人間のことを理解できたら……人間になる方法も見つかるかもしれない」


 じいちゃんは人間が嫌いだ。だけど僕が好きなじいちゃんは人間で可愛がってくれた。

 写真の四人はとても楽しそうで、なぜか『じいちゃんのようになりたい』と強く思ったのだ。

 そのためには人間を理解する必要がある。僕はじいちゃんと先ほどの四人しか知らないし、『感情』というものがおそらく分かっていない。


 「だから僕は行くよ、もしかしたら正体がバレて死ぬかもしれないけどどうせ死のうとも考えていたくらいだしそうなっても本望だと思う。でも、いつか必ずここへ帰ってきたい。それとカレンさんやウェイズさん、プリエさんも探してみるよ」


 連れてくることができるかはわからないけど、旅の目標は必要だろう。

 じいちゃんの代わりに彼らを探すのはある意味、僕が息子、あるいは孫としてやれることだと思った。


 ――そしていつか人間に……僕はいつまで活動できるのかわからないけど、そんな想いを胸に旅立つことを決意するのだった。

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