醜さの証
マクダイルが外に出ると、暗闇の中に複数の殺気を感じ取り視線を動かす。
家の灯りがあるため彼の位置は敵対者には見えているが、怯むことなく声を上げた。
「……ここから即立ち去れば良し。攻撃を仕掛けてくるというなら山の養分になると思え」
低い声でマクダイルが杖をかざすと暗闇の中から呟くような言葉が聞こえてくる。
「老いぼれが調子に乗るなよ。その汚い小屋に逃げこんだ奴等を引き渡せば見逃してやるぞ?」
「ふん……なにが目的だ? ただの物盗りにしては随分執着するではないか」
どうせ引き渡したところで皆殺しにするのは目に見えていると、マクダイルは質問を投げかけて気配を探る。
「(身を隠すのは得意のようだが所詮は野盗か。木の上に一人、屋根に一人……正面の木の裏に二人……)」
結果、取り囲んでいるのは十五人と判明。
武器は見えないが制圧するには十分だと思っていると、家の中から三人の冒険者が躍り出てきた。
「す、すみません俺達のせいでこんなことに……。さっきは奇襲を受けたので逃げたが、正面からならお前達程度にやられはしない!」
「カカカ……活きがいいのは結構だが、すぐに口も利けなくなるさ」
「くっ……」
リーダー格の男が怒声をあげるが野盗は涼しい声で怯みもしない。殺気と敵の数は理解しているようだなとマクダイルが分析していると女性冒険者が小声で口を開く。
「ギル、あたしが魔法で牽制するからヒッコリーと二人で木の陰に居るやつを倒して。そこから糸口を見つけましょう」
「……わかった。おじいさん、申し訳ない。家の中へ入っていてください。ここは俺達がなんとかします」
三人が冷や汗をかきながら武器を構えた。
しかしなんとかなるとはどう考えても難しい状況にマクダイルはポツリと呟く。
「……ここはワシがなんとかしてやろう。だが、今から見ることは他言せぬようにな」
「どういうことですか?」
「そうでなければワシがお前達を殺す」
「え?」
「ジジイ、なにをぶつぶつと――」
『殺す』とマクダイルが口にした瞬間、持っていた杖から青白い光が線状に放たれて頭上へ。
そして屋根から声を出していた男が最後の言葉を発することなく、転がるように落ちてきた。
「!?」
「<
「うお……!?」
杖を持っていない左手を空に掲げて光の玉を放つと一瞬で昼間のような明るさになり、野盗達の姿が露わになる。
「チッ、高位の魔法使いか! 散れ!」
暗闇に乗じてというアドバンテージを奪われた野盗達はすぐにマクダイルと冒険者達に襲い掛かるが、その判断は時すでに遅し。
「つ、ついてくるだと……!? こんな魔法……ぐあ!?」
「馬鹿野郎、こっちにくるんじゃ――」
「ああああああ!?」
「お、お前達!? くそ、ジジイがぁぁぁぁ!」
「凄い……こんな魔法があったなんて……」
時間にして一分。
野盗達はあっという間に魔法により貫かれ、避けて小屋へ突撃してきた者も迎え撃った冒険者達により斬り伏せられた。
指示を出していた最後の一人が追尾してくる魔法を避けながらマクダイルへとロングソードを振りかぶり、彼はそれを杖で難なく受け止めながら口を開く。
「おじいさん!?」
「案ずるな。……舐めてかかった貴様等の自業自得というやつだ。最後のチャンスをやろう。そこまでしてこやつらを狙うのは何故だ?」
「ぬかせ老いぼれ、この距離なら魔法は使えまい……!!」
「……では死ぬがいい」
「な――」
受けていた杖が光ったその時、男は一瞬で燃え上がり黒い炭と化す。
崩れる遺骸を風の魔法で吹き飛ばしてからマクダイルは唖然とする冒険者に向きなおる。
「……これで脅威は無いだろう。さっさと山を下りるのだな」
「あ、ありがとうございます! ナナを連れて町へ行こうみんな」
「ああ!」
「このお礼は必ず!」
「いい。それより他言無用だ、覚えておくのだぞ? もしここへ知らぬものが尋ねるようであればお前達を見つけて殺すまでだ」
「あ……はい。それは、もちろん……しかしこれだけの力、さぞや高名な方なのでは? なぜこんな山奥に……」
リーダーの男が不思議そうな顔でそう口にすると、マクダイルは玄関に歩きながら呟いた。
「死にたくなければ詮索するな。お前達とて『なにかある』のではないか? そうでなくば逃げた相手にあそこまで追う真似はすまい。死体は明日にでも片付ける。代金やお礼などいらんからさっさとここから離れてくれ」
「……」
冒険者達は顔を見合わせたあと入り口で倒れているナナという冒険者を連れて外へ。
山小屋を前にしてリーダーの男が頭を下げて礼を示すとランタンを持って仲間と共に遠ざかっていく。
「……」
野盗の傍若無人もそうだが、あの冒険者達もなにかを隠している気がするとマクダイルは窓の向こうに目を凝らしながら考える。
冒険者の誰かが野盗の大事なものを奪ったか、野盗が誰かに雇われたか――
「……どちらにせよ人間がなにを考えているかわかったものではない。いつ裏切るか裏切られるか――」
やがてランタンの光が見えなくなると、マクダイルは部屋の奥に声をかけた。
「ディン、もうよいぞ」
「あ、うん。僕、おじいちゃん以外の人間を見たの初めてだからドキドキしちゃったよ」
「まあ、二度と会うこともないだろう。さ、もう寝よう。起きたら死体の埋葬を手伝ってくれ」
「はーい。あの倒れていた人間、大丈夫かな」
「お前が気にすることではないさ」
後ろ髪惹かれるディンの頭を撫でながらマクダイルはそれだけ言ってキッチンで暖かいミルクを作ってから二人で飲み干して再び眠りについた。
◆ ◇ ◆
「眠っているのかなー? 風邪を引いちゃうよ」
「これは死んでいるのだ。魔物や動物を倒すと動かなくなるだろう。それと同じだと思っていい」
「じゃあもう起きないんだね」
いい機会だと人間が死ぬと遺体になるのだと教えるマクダイル。
魔法や狩の仕方は教えたが、特に必要ないだろうと必要以上の常識は教えていなかったなと肩を竦める。
そして事件があって半年ほど経った頃――
「それではディン、古代魔法である<終焉の
「うん! でもこんなに強力な魔法って必要かな?」
「身を守るには過ぎた力かもしれないが……うっ!? げほッ! ごほ……!?」
「じいちゃん?」
――マクダイルは口から血を吐き出し、地面に倒れた。
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