思い出


 「……懐かしい夢を見たな」


 目じりに涙が渇いたあとがあることに気付きマクダイルは自分が泣いていたのだと頭を振る。

 旅は辛かったが彼等と一緒だったから楽しかった。そんな思い出を久しぶりに見たと難しい顔のまま洗面台に向かい顔を洗う。


 「……歳を取ったな」


 ふと、鏡を見て自嘲気味に呟く。

 夢で見た若いころの自分の顔を思い出しながらあのころの記憶を呼び起こす。


 「今はどこでなにをしているのかね。……いや、恐らく同じ、か。先に逝ったのか私が最後かもはや知る由もないが」


 マクダイルはまた頭を振り現実に目を向ける。

 魔法人形のディンがよく眠っているのを確認し、彼は家を出ると麓の町へと食材を買いに出かけた。


 「……アレは瞬きをしないからな」


 余計な問題は省くに限る。

 彼はディンを一度も外の世界に連れ出すことは無く、あくまでも自分の面倒を見させるための人形なのだと割り切って育てている。


 「レビテーショ……いや、たまには歩くか」


 つまらない夢を見たせいで、などと呟きながら数時間かかる山を下りて町へ。

 魔物からの防衛のため各町には防壁が設けられているので門を開けて貰わなければならないためマクダイルはあくびをする門番へ声をかける。


 「すまない、入れてもらえるか?」

 「ん? ああ、『マークス』さんじゃないか、久しぶりですね」

 「……そうだな」

 「はは、相変わらずだな。ほら、入りなよ。魔王が居なくなっても魔物はいなくなってねえんだからあぶねえよ」

 「助かる」


 門番の男は鉄柵を開けて不愛想なマクダイルを町へ招き入れると笑いながら手を上げて見送っていた。

 そのまま町へ足を踏み入れ、雑踏の中へ身を躍らせた彼はまっすぐ商店街へと向かう。


 「今日、採れたばかりのキャベツはいかがかねー」

 「川で釣ったばかりのイワナだ、今晩のおかずにぜひ」

 「……」


 月に数度だけ訪れることがある麓の町は相も変わらず賑やかだと視線だけを動かし、周囲に気を配りながら瓶のマークを看板に据えた店へと入る。

 

 「……頼もう」

 「おや、マークスさんかい? 久しぶりだねえ」

 「来ていないのは14日くらいなものだがな。早速で悪いがこいつを買ってくれ」

 「半月来ていなかったら長いと思うけどねえ? はいはい、もちろんだよ。ハイポーション?」

 「そうだ」

 「ふん、あたしが言うのもなんだけどもっと愛想よくしたらどうだい」

 

 おしゃべりに付き合っている暇はないとマクダイルが無言で圧をかけると、店主の女性は苦笑しながら透明なシャーレに少量垂らして査定をする。


 「うん、さすがだね。いい出来だよ。ハイポーション4本でこのクオリティなら金貨一枚は出していい」

 「よろしく頼む。……ああ、帰りに米と肉を買うから銀貨と銅貨でくれるか」

 「はいはい、分かってるって。……あんた、腕がいいんだからこの店で……いや、町で開業すればいいのに」

 「要らん世話だ。この店が潰れるぞ」

 「ったく親切心で言ってやってのに! 山奥でひっそり死んじまうよ」

 

 女性が呆れたようにお金を置くとそれをサッと回収して踵を返すマクダイル。


 「……それでいいのさ」

 「え?」

 「邪魔したな。また頼む」 

 

 尋ねようとした女性に口を挟ませる間もなく店を後にして足早に各店で買い物を済ませていく。

 

 「これくらいでいいだろう。そろそろ戻るとするか……ん?」


 収納魔法に荷物を入れながら広場を歩いていると、四人組の冒険者が目に入り、ふと足を止める。


 「いや、だからアレはお前が飛び出したからだろうが!?」

 「そうでもしないとお前はいつまでたっても攻撃しないだろう? 獲物が逃げられるよりはいい」

 「結局あなたも飛び出してケガしたじゃない……」

 「そうだよー! ポーションが無ければしばらく寝たきり!」


 「……」


 どうやら魔物討伐の依頼は成功したが仲間の一人が無茶をしてケガを負い、その反省会をしているようだった。


 「どれくらい組んでいるんだろうか……あのくらいの年齢で組んだパーティは最初、意思疎通が難しいもんだ――」


 (ウェイズぅぅう! 魔法の射線に入るなって何度言ったらわかるんだ!!)

 (あはははは! 髪の毛爆発してやんの!!)

 (カレン、笑っちゃダメ……ぷ……くくく……)

 (あー、もう! 俺が悪かったって! ……くく……ははは!)


 「変な夢をみたせいか随分と昔のことを思い出すものだ……」


 そんなことを口にしながら町を後にして再び山へと帰っていく。

 少しだけ軽い足取りになったマクダイルは汗をかきながらも口元に笑みを浮かべて山小屋の扉を開いた。


 「あ、じいちゃ! おかえいー!」

 「起きていたか」


 リビングのソファで足をぷらぷらとさせていたディンがマクダイルに気づき、飛び降りてから足に絡みついた。


 「さて、肉は夜としてとりあえず朝食にするか」

 「てつだうー」

 「頼むぞ」


 手を上げて宣言するディンに苦笑しながらマクダイルは頭を撫でながら台所へ。


 魔王を倒した英雄に似つかわしくない暮らし。

 名を変えひっそりと生きてきたマクダイルはずっとひとりだと思っていたが禁断の秘術により二人となった。

 

 世話係として創り出したディンとの暮らしは思っていたよりも穏やかで、大きくなるにつれて自身の能力を吸収していく姿に若いころの自分を見ているようで少し誇らしく感じていた。


 そして、さらに月日は流れ――

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