第2話 いざ留学!

 白竜とも呼ばれる神竜様を信仰する国は多い。白竜教会とも呼ばれるこの宗派は大陸に広く勢力をもち、多大な影響力を堅持している。


 遥か昔、強大な力を持つ魔族の大侵攻が人類を脅かした際、人類を庇護し魔族を追い払う力を与えたのが神竜様だと言われている。


 以来、神竜様の力が及ぶ場所を魔族が嫌うようになったとか。大陸各地には神殿が建立され、今も信徒たちが祈りをささげている。


 隣国ウェルシュタイン王国は飛竜の産地でもあり、飛竜を駆る竜騎士団を持つ強国だ。

 飛竜も神竜様の眷属の裔なので、必然的に白竜教会の信徒が多い。


 なにせ眷属なので飛竜たちも神竜様には逆らえないからだ。神竜様に見放される、ということは飛竜たちからも見放されるということに等しい。国家の象徴でもある精強な竜騎士団を維持するためにも信仰は欠かせない、という訳だ。


「アルルカ殿下、準備はよろしいですかな?」


 飛竜十騎に及ぶ送迎部隊の出立準備を終えた、爽やかな笑顔のエルンストおじさまがこちらにやってくる。


 ウェルシュタイン王国との境は険しい山脈が横たわっており、馬車で王都まで移動するとなると三週間ほどかかる。飛竜なら半日程度であるので、当然空路での移動を選択した。


「もう少しでーす!」


 胸の高鳴りを抑え切れず、笑みをこぼしたままエルンストおじさまに振り返り答える。


 今、目の前では赤竜おじさま――全長40メートルほどの赤い竜である――の背に荷物を括り付けている最中だ。大半の荷物や人員は陸路で運ぶが、当面必要なものを見繕ったところ馬車三台分となってしまった。仮にも私は王族なので色々と必要なものが多い。鬱陶しい限りだ。


『赤竜おじさまー! よろしくおねがいしますねー!』

『おいちゃんにまかしとけー。』


 赤竜おじさまも大変フランクな竜である。竜はみんなフランクなのだろうか。そうでない竜にであったことがないので私にはわからない。


 竜語で会話できる人間は限られている。そもそも声帯が違うのだ。加護が強い巫女は会話ができるといわれているが、今の代でそれができるのは私のみだ。傍で聞いている人間には音を聞き取ることすらできないらしい。個人的にはあれは魔法の一種だと思っている。


 今、王宮の広場には赤竜おじさまと、エルンストおじさまが率いる竜騎士団が、出発をいまかいまかと待ちわびている。


 赤竜おじさまと比べると、全長4メートルほどしかない成体の飛竜はまるで大人と子供だ。


 大人の騎士を運ぶには十分なその身体も、大量の物資を運ぶには心もとない。というわけで赤竜おじさまにお願いして運搬を手伝ってもらうことにした。小さいころから何かとわがままを聞いてもらっている仲である。そのたびに父様のストレスがマッハらしいが心配し過ぎである。


「赤竜様、娘をよろしくお願いいたします。」


 父様と母様――ドラクル王と王妃が赤竜おじさまに頭を下げた。


 神竜様より格が落ちるとはいえ、赤竜おじさまも上から数えた方が早いくらいの高位の竜種である。当然信仰の対象でもある。そんな存在を空飛ぶ馬車代わりに使おうというのだから恐縮しきりなのだろう。


『気にせずともよい。私が好きでやっていることなのだ。』

「きにしなくていいってさー!」


 赤竜おじさまも私以外には言葉遣いを改める。なんでだろう? そう思いつつ、赤竜おじさまの言葉を両親に伝える。これで少しは父様の胃痛も減らせただろうか。表情を見る限り疑問である。


 荷物の括り付けを指揮していた騎士がこちらに報告に来る。


「準備が整いました。いつでも出発できます。」

「ではアルルカ殿下、あなたは私が――」

『おいちゃんが乗せるって約束だろー!』


 報告を受けたエルンストおじさまの言葉を遮るように、赤竜おじさまが吠えた。文字通り吠えたので、辺りに竜の雄叫びが木霊する。飛竜たちは全員、器用に前足で聴覚器官を塞いでいた。不意を突かれた人間は耳にダメージを受けたようで顔をしかめている。赤竜おじさま、大声出し過ぎである。


 私は困ったようにエルンストおじさまに謝罪する。


「えーと、赤竜おじさまの背中に私が乗るって約束で、荷物を運んでもらうことになっているので……ごめんなさい!」


 返答を待つ間もなく、私はひょいひょいと赤竜おじさまの背に上っていく。竜の巫女にのみ許された白いローブがひらひらと赤竜の背中を走っていくと、指定席となっている首の根元に座りこむ。


 赤竜おじさまは、武力で言えば一国の大軍を一捻りできるレベルである。護衛として文句のつけようもないので黙するしかない。


 ではエルンストおじさまの竜騎士団が何故随行するかと言えば、それは無鉄砲なお転婆姫のお目付け役、といったところだろうか。放っておくと、どこに寄り道するか分かったものではないのだから。もちろん寄り道する気などないが。


「いきますよー!」


 赤竜おじさまの背中から大声で合図する。と同時に赤竜おじさまの身体がふわり、と空に舞い上がっていく。


「しょうがないか……竜騎士団、出るぞ!」


 エルンストおじさまが号令を発し、一糸乱れぬ飛竜の群れが赤竜に続いていった。



******


 瞬く間に山脈に向かって姿が小さくなっていく竜の群れを見送ったドラクル王は、ため息を一つついて後続部隊の編成を指揮していく。


「あの子が見聞を広めて成長してくれるとよいのだけれど……竜の寵児としての自覚を持ってほしいものだわ」


 王妃は王の3割増しほどの大きなため息をついて独り言ちた後、自室に戻っていった。背後に控える侍女たちの「それは無理じゃないかなぁ」という表情はあえて視界に入れないように。




******


 王都郊外に降り立った後は、載せてきた馬車に乗り継ぐ。赤竜おじさまとはここでお別れである。さすがに王都の中に赤竜おじさまを連れていくのは憚られた。


『またなにかあったら呼んでくれー』

『はーい。そのときはよろしくおねがいしますねー。』


 巣に向かって羽ばたいていく赤竜おじさまに手を振って見送った後、竜騎士団と共に王都に入っていく。エルンストおじさまの顔パスで検閲もなし。サクサク快適である。


 留学中の3年間はエルンストおじさまのタウンハウスに逗留することになっているため、そちらに向かう。


 馬車の前後を飛竜が挟むように行進するので大変目立つ。あちこちから見物客が通りに出てくるので、そっと窓から離れフードを目深にかぶっておく。


 できれば目立ちたくないのだが、エルンストおじさまが護衛を外してくれなかったのだ。ちょっとした誤算である。


 いや、郊外にでっかい竜が降りてきたのを目撃されてるので、時すでに遅しなのかもしれない。己のうかつさを五秒ほど反省しておく。


 飛竜の行軍がタウンハウスに辿り着いた頃には日が暮れかけていた。街灯の魔道具が周囲の明るさに反応してぽつぽつと灯りだす。


「明日は陛下にご挨拶しなけりゃならんな――ひとまず今夜はゆっくり休んでください。私もしばらくはこちらに居るつもりですので、わからないことがあれば気兼ねなく言ってください。」

「はい、よろしくおねがいします。それではまた後程。」


 荷物の搬入を指示するエルンストおじさまにお礼を伝えつつ、侍従長と名乗った方に屋敷を案内される。


 私の部屋は二階の一室を割り当てられていた。アリーナにも隣室の個室を割り当てられている。

 手早く着替えを済ませたところで、アリーナと明日の確認に移る。


「陛下に謁見するのはアリーナでいいよね?」

「いい訳がないでしょう。頭煮えてるんですかルカ様。」


 今はアリーナと二人きりなので容赦がない。陛下には事情をお伝えしてあるので分かってくれると思うのだが、アリーナは頑として譲らない。


「いいですか。きちんとドラクル王家第三王女として謁見してくださいね。入れ替わるのはその後ですよ!」

「えー。やだめんどくさーい。姫ムーブは肩がこるんだもーん。」

「めんどくさいじゃありません。もう少し王女としての自覚をですね――」


 正直、作法だなんだというのは大の苦手である。できなくはないのだが、アリーナの方がよっぽど王侯貴族らしく振舞えるので、適材適所だと思うのだが。結局押し切られてしまった。


 その後はエルンストおじさまを交えた夕食の後、アリーナから「明日はルカ様がアルルカ姫として参りますのでご心配なく。」と伝えられたおじさまの、それはそれはまぶしい笑顔を見せつけられることになった。おじさまも心配していたらしい。チッ。

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