第29話 意外と良い感じ?

 ペルヴィス侯爵家の夕食会に参加してから一ヶ月ほどが経ち、あれから私たちの生活リズムは少し変わった。

 アルベール様……いや、アルベールさんが週に一度は必ず薬屋へ遊びにくるようになったので、それに合わせて依頼を捌かないといけないのだ。


 少し大変にはなったけど、ヴァレリアさんが楽しそうだから私も前向きにこの生活を受け入れている。アルベールさんがかなり面白くて、接しやすい人だというのも大きいと思う。


 ちなみにペルヴィス侯爵家は、アルベールさんの弟さんが継ぐことで決まったらしい。アルベールさんはしばらくしたら家を出て、王宮の文官になるそうだ。

 あんな人だけどかなり頭は良くて、試験は一発合格だったと聞いた時にはかなり驚いた。王宮の文官になる試験って、何年も落ち続けてやっと受かるような試験だって聞いたことがあったんだけど……


「アルベールだ」


 薬屋のドアがノックされて、アルベールさんの声が聞こえてきた。今週も完璧に時間通りだね。


「アルベールさん、いらっしゃいませ。ヴァレリアさんはまだ調薬をしてるので少しだけ待っていてもらえますか? 急な依頼が入って」

「そうか、もちろん構わないぞ。これ、土産だ」

「わぁ、これ有名店のクッキーですよね。ありがとうございます!」


 私のその言葉を聞いて、フェリスが手提げ袋の中にズボッと入っていくのが見えた。


『レイラ! すっごく美味しそうだよ!』

「台所でお皿に出しますね」


 アルベールさんにソファーを勧めて台所に向かったところで、クッキーの一つをフェリスに手渡した。


「バレないようにこっそり食べてね」

『もちろん!』


 フェリスと小声で会話をしてから、美味しそうなクッキーをお皿に盛り付ける。


「アルベールさん、お茶を飲みますよね?」

「ああ、もらおう」


 ちなみに今の時刻はお昼を少し過ぎた頃だ。いつもこの時間にやってきてしばらく会話を楽しみ、皆で夕食を食べに外へ出かける。

 そしてそのまま解散することもあれば、ヴァレリアさんとアルベールさんだけで居酒屋に向かうこともあり、ここに戻ってきて二人で飲んでいることもある。


「お茶をどうぞ。それからクッキー、ありがとうございます」

「気にするな。それはレイラが全て食べても良いからな。ヴァレリアの分はちゃんとつまみを買ってきてある」

「ありがとうございます。ヴァレリアさん、喜ぶと思います」


 そんな会話をしながらクッキーと共にお茶を飲んでいると、ヴァレリアさんが疲れた様子で調薬部屋から出てきた。


「レイラ、調薬は終わったから明日の朝早くに配達を頼む」

「分かりました。お疲れ様です」

「ふわぁぁ、疲れた。おっ、アルベール、よく来たな」

「上がらせてもらっていた。仕事が忙しいのか?」

「いや、別にそんなことはない。ちょうどアルベールが来る一時間ほど前に急ぎの調薬依頼が入ったんだ」


 その言葉を聞いたアルベールさんは安心したのか頬を緩めると、ヴァレリアさんへのお土産なのだろうおつまみセットを取り出した。


 香辛料に漬け込まれて燻製にされた肉だったり、癖の強いチーズだったり、よく分からない木の実のオリーブ漬けだったり、いつも通りのラインナップだ。


「おっ、このチーズが手に入ったのか? これは高いだろう」

「それを知っているとは、さすがヴァレリアだな。実は卸の業者と知り合いで、安く売ってもらえたんだ」

「へぇ〜、凄いな」

 

 ヴァレリアさんのその言葉に、アルベールさんは素直に嬉しそうな表情を見せる。


 アルベールさんって接しやすい雰囲気だからか、かなり人脈が広いんだよね。後継じゃなくなってからも侯爵家として関係があった業者の人たちと継続して関わっていて、こうして希少なものを簡単に仕入れてくるのだ。


「今夜はこれをつまみにうちで酒を飲むか」

「そうだな。夕食を食べに行くついでに買い出しもしてこよう」


 それからもおつまみに関する話が盛り上がり、それが落ち着いたところでアルベールさんが居住まいを正して真剣な表情を浮かべた。


「実は……今日は大切な話があるんだ。ヴァレリアに毒を盛った料理人の女に関することだ。動機などを伝える約束だっただろう?」

「ああ、そうだったな。分かったのか?」

「事件の大まかな全容は掴めている。まずあの女は、ある伯爵家子女によって雇われた者だった。大金に目が眩んだらしい」

「――大金? 侯爵家ほどの家なら雇う使用人が金に困っているかどうかなど、調べ尽くすだろう?」


 ヴァレリアさんが不思議そうに問いかけたその質問に、アルベールさんは頭が痛いというように眉間に皺を寄せて口を開いた。


「雇った時に問題はなかったんだ。しかし最近になって変な男に入れ込んだようでな、その男に貢ぐ金が欲しかったんだそうだ。ちなみにその男と会ったのは休日に外出を許可された時で、その男は女を誑かして貢がせる詐欺師だった」


 そんな理由だったとは……男に貢ぐ金欲しさに毒の混入を請け負うとか、あり得ない。でもそのあり得ないことを請け負う人が、世の中にはいるんだよね。


「……その女が雇われたのは分かった。その雇った伯爵家子女の動機はなんなんだ?」

「私の婚約者の座を狙っていたらしい。自らの座を脅かされると思い、強行に及んだそうだ。ちなみに私はその子女を婚約者にしようなど、一度も思ったことはないのだがな。その子女は友人や家族にまで自分はアルベール様に好かれている、いずれ結婚すると嘘を吹聴していたらしい」


 自分の嘘がバレないように、保身も込みでの犯行ってことか……なんか今回の事件、登場人物が全員考えなしというか、ちょっと馬鹿というか――。


「その令嬢はなぜ私が夕食会に招かれたことを知っていたのだ?」

「それは……その」


 さっきまで饒舌に語っていたアルベールさんが急に口籠もり、気まずそうに目を逸らした。


「アルベール、貴様が広めたのか?」


 ヴァレリアさんが半眼でアルベールさんをじっと見つめると、しばらく抵抗しようと視線を逸らしていたけど、少しして諦めたように肩を落とした。


 そして小さな声で、ポツリと呟く。


「ヴァレリアと出会え、さらに夕食を共にできることが嬉しくて……その、友人たちに、運命の人と再会したと話をしてしまい……」


 アルベールさんのその言葉を聞いた瞬間に、ヴァレリアさんが大きく息を吐き出して呆れた表情を浮かべた。


「き、嫌わないでくれると、嬉しいのだが……」

「別に嫌うことはないが、やはりお前はどこか抜けているな。せっかく優秀なのに。……当主を弟さんに譲って良かったんじゃないか?」

「――最近は私もそう思っている。弟は私よりもよほどしっかりしているからな」


 うん、私もそう思うな。アルベールさんは賢い人なんだけど、貴族家当主に向いてそうかと言われると首を傾げざるを得ない。


「弟さんに感謝しておけよ」

「今度好物を送っておこう」

「それが良いな。……よしっ、ではそろそろ夕食を食べに行くか? 今日は昼が軽かったからお腹が空いた」

「私は良いぞ。レイラも食べられるか?」

「もちろんです」


 皆の意見が一致したことで、私たちは全員でお店がある通りに歩いて向かうことになった。

 今夜の夕食は何かな……凄く楽しみだ。

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