第11話 打ち明ける

「それで、さっきのは何なんだ?」


 お店に戻って来て、採取したものを劣化させないように処理してから、私達はリビングのソファーで向かい合った。


「突然巨大な岩が出現して、サーベルタイガーもろとも岩山まで吹き飛ばしたという認識なのだが」

「はい、その認識で合っていると思います。そしてその巨大な岩というのは……攻撃魔法です」


 私の攻撃魔法という言葉を聞いて、ヴァレリアさんは納得したように頷いた。そこまでは予想していたのだろう。


「レイラがあんなに強力な魔法を使えたなんて、知らなかったぞ。教えてくれれば良かったのに。あれほどの攻撃魔法を使えるなら、王宮の魔法部隊に入れるだろう?」


 やっぱり私が発動させたって思ってるのか。まあフェリスが見えていなければ、私以外に誰もいないんだからそう思うのも当然だろう。


「実はそうじゃないんです。ヴァレリアさん、私の手のひらの上に何が見えますか?」


 私がその言葉を口にすると、ヴァレリアさんは顔を引き攣らせながら、私の手のひらの上と私の顔を交互に見つめた。


「さっき話していた何かが……いるのか?」

「はい。実はここには、精霊がいます」

「精霊……精霊?」


 あまりにもあり得ない選択肢だったのか、ヴァレリアさんはその事実をうまく飲み込めないようだ。精霊なんて実在するって思わないよね……


『僕はフェリスだよ。よろしくね』


 フェリスが私の手のひらから飛び立って、ヴァレリアさんの前で自己紹介をしている。しかしもちろん、ヴァレリアさんには見えていないし聞こえてもいない。


「今ヴァレリアさんの目の前にいます。フェリス、そこにあるクッキーを一枚持ち上げてみて」

『はーい。食べて良いの?』

「食べて良いよ」


 私が苦笑しながら頷くと、フェリスは嬉しそうにクッキーの下まで飛んでいき、大きな一枚を両手で抱えて戻ってきた。そして私の前のテーブルに座ると、満面の笑みでクッキーを食べ始める。


『やっぱり最高に美味しい!』

「な、な、な、どういうことだ……!?」


 ヴァレリアさんはしばらく目の前で起きていることを呆然と見つめていたけど、しばらくしてやっと体が動くようになったのかソファーから立ち上がった。そして逃げるように部屋の隅まで後退していく。


「怖がらなくても大丈夫ですよ。フェリスはとても良い子なので。そうだフェリス、ヴァレリアさんに触ってみてくれる?」

『分かった。じゃあ頬に触るね。あっ、僕が触ってる時は相手も触れるから、動かないようにしてね。吹き飛ばされたりしたら嫌だから』

「ヴァレリアさん、動かないようにお願いします」

「わ、分かった」


 ヴァレリアさんが頷いたのを確認してから、フェリスはクッキーをテーブルに置いてヴァレリアさんのところに向かった。そして左頬に両手でペタッと触れる。


「おおっ!! 何だ今の!?」

「感じましたか?」

「頬を何かに触られた!」


 見えない何かに触られているのが怖いのか、視線をキョロキョロと動かして落ち着かない様子だ。

 そんなヴァレリアさんにフェリスはいたずら心が湧いたのか、楽しそうに笑いながらおでこを触ったり腕を触ったりとヴァレリアさんを叫ばせている。


「もうっ、止めろー!」


 しばらくしてヴァレリアさんはそう叫んで、フェリスのしつこさに怖さを克服したのか、ソファーに戻ってきた。


「とりあえずよく分からないが、分かりたくないが、ここにフェリスという名の精霊がいるんだな。それで話の流れ的に……その精霊が助けてくれたのか?」

「そういうことです。フェリスは強力な魔法がたくさん使えるみたいで」

「そうか……レイラにはその精霊が見えるんだな?」

「はい。見えて話ができます。もちろん触れることも。ずっと隠していてすみませんでした」


 私が頭を下げて謝ると、ヴァレリアさんは謝る必要はないとすぐ私の肩に触れて頭を上げさせてくれた、


「精霊が見えるなんて隠して当然だ。……おとぎ話の世界にしかいないと思っていた」


 多くの人にとってはそうだよね……今でも精霊を信仰している人はいるけど、ほとんどの人にとって精霊とは、創世のおとぎ話に出てくる存在だ。

 誰もが知っているけど、実際にいるとは思っていない。


「私もフェリスと会うまではそう思っていました……」

「レイラ、このことを他に知っている人はいるか?」

「いえ、いません。フェリスに絶対に隠せと言われていたので。私が精霊と話ができることがバレたら、危険だからって」

「それが正解だな。今回私に知られたことは命の危機だったからやむを得ないだろうが、これからも絶対に隠すべきだ」

「分かりました」


 私は真剣な表情のヴァレリアさんに再度気持ちを引き締めて、しっかりと頷いた。慣れてくると気が緩むから、これからは今まで以上に気をつけよう。


「はぁ……何だか疲れたな。精霊って、この世界にたくさんいるのか?」

「いえ、基本的に精霊はこの世界にいないようです。フェリスは精霊界から落とされて、こちらの下界に来てしまったようで……帰れないらしいです」

「なんだ、要するに迷子ってことか?」

『そんなんじゃないから!』


 フェリスが迷子という言葉に反応した。フェリス、自分でも迷子のようなものだと思ってたんだ……


「フェリス、他の精霊が下界に来ることはないの?」


 今まであまり話してくれなかった精霊界の話も、この流れなら少しは話してくれるかなと思ってそんな質問をすると、フェリスは困ったような笑みを浮かべる。


『来ることはないと思う。……でも、その理由は話せないんだ、精霊界の決まりを破ることになっちゃうから』

「え、そうなの!? じゃあ絶対にもう聞かない。フェリスにとって不利益になるようなことは話さなくて良いからね。私はフェリスがいてくれるだけで十分だから」


 慌ててそう言うと、フェリスは嬉しかったのか私の手のひらの上に飛んできてそこに座った。


『レイラありがとう』

「当然でしょ? 私達は友達……いや、親友なんだから」

『親友……うん、そうだね!』


 私とフェリスがそうして話をしていると、ヴァレリアさんが遠い目をして精霊と親友……って呟いている。


「とりあえず、私は詳しいことは聞かないことにする。フェリスという精霊がレイラの親友として存在している、この事実だけを認識しておく。だからこの店の中では自由にフェリスと話をしても良いぞ。しかしその代わり、これからは今まで通りに、いや今まで以上に周りにバレないよう気をつけるんだ。レイラの身の安全のためにもな」

「分かりました」

『それはもちろん。レイラを危険に晒すようなこと、僕は絶対にしないよ』


 そうしてフェリスについての話は終わりとなり、私達はフェリスも交えた昼食を初めて食べた。

 ヴァレリアさんは目の前で突然宙に浮いては消えていく食事を遠い目で見つめていたけど、フェリスがとても楽しそうなので、ヴァレリアさんに話すことができて良かったかもしれない。


 これからの生活がもっと楽しくなる予感がして、私は頬を緩めながら食事に手を伸ばした。うん、この卵焼き美味しい。

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