第9話 素材採取

 次の日の早朝。私はこの家に住み始めてから初めて、ヴァレリアさんに起こされて目が覚めた。


「レイラ、フィラート病の治療薬を作るために素材採取から自分でしたい。素材自体はそこまで希少なものでもないから、王都周辺の森で集まるんだ。これからちょっと行ってくるな」

「え、これからって……一人でですか!? ダメです、私も一緒に行くので待っててください!」


 ヴァレリアさんを一人で森になんて行かせたら、水がなくなったのに森の奥まで入り込んで、脱水で行き倒れで戻れなくなるとか……そんな想像しかできない。


「私一人で大丈夫だぞ?」

「ダメです。街の中で行き倒れる人は信用できません」


 ヴァレリアさんはそれを言われると弱いのか、渋々納得してくれた。私は素早く起きて、森に行くためにいつもより丈夫で動きやすい服に着替え、急いで朝食と昼食のサンドウィッチを作った。


「ヴァレリアさん、鞄にこれとこれを入れてください。飲み物とお昼ご飯です」


 私とヴァレリアさんは生活魔法を一応使えるんだけど、水属性は二人とも苦手で、飲み水を作り出せるほどに使いこなせないので、水筒は大きめのものにしてある。


「確かに必要だな……ありがとう」

「いえ。素材採取に必要なものは持っていますか?」

「それはもちろんだ」


 そうしていくつか忘れ物がないかを確認して、さっそく出発となった。街の外に出るのなんて久しぶりだから、少しだけ楽しみだ。


 王都の周辺には本当に弱い魔物しかいないし、騎士団が定期的に巡回をしているので安全で、子供でも薬草採取に街の外へ出たりする。

 私も孤児院に住んでいた時は少しでもお金が欲しくて、ナイフ片手に街の外に行ってたんだよね……最近は忙しくて全く行く機会がなかった。


 街の外へと続く大門へ辿り着くと、出入街受付はかなり混んでいた。ここに住民カードや冒険者カードを見せることで、街の外と中を行き来できるのだ。

 

「こんなに混んでるのか」

「この時間だからですね。冒険者は日が昇ってすぐに出かけるのが当然らしいですよ」

「そうなのか……大変だな」


 ヴァレリアさんとそんな会話をしていると、予想よりも早くに私達の順番がきて、街の外に出ることができた。

 久しぶりの外は天気の良さも相まって気持ちが良いけれど、やっぱり魔物がいると思うと少し緊張して、腰に差してあるナイフへ無意識に手を伸ばしてしまう。


「時間がないからどんどん行くぞ」

「はい」


 私はヴァレリアさんの背中とフェリスを見て心を落ち着かせ、森に向かって歩き出した。


「今日は何を採取するんですか?」

「まずは魔力草だ。近年使われている魔力草は基本的に栽培されたものだが、フィラート病の治療薬には野生のものを採取しなければいけない。その採取の仕方も特殊なのだ。それからもう一つ、月光草も採取したい。こちらは魔力干渉を一切行ってはならず、さらに採取前に下処理が必要だ」


 魔力草は比較的どこにでもあるけど、月光草は今日中に見つかるのか微妙なところだ。あれは基本的に岩場に群生しているものなので、森の奥深くに行かなければならない。


「先に月光草から見つけますか?」

「そうだな。とりあえず岩場まで歩こう」

「分かりました」


 それから私達は森の中をひたすら歩き、魔物と遭遇してもできる限り戦闘は避けて、とにかく先へ進んだ。そうして歩くこと二時間以上、ついに森の奥にある岩場に到着した。岩場というよりも小さな岩山だ。


「はぁ、はぁ、ヴァレリアさん、疲れました……」

「そうだな、少し休もう。レイラは意外と体力があるんだな」

「当然です。毎日歩き回って配達してますから。というか私からしたら、ヴァレリアさんがなんでそんなに体力があるのか不思議なんですが……」


 お店から数日出ないことなんて当たり前、長い時は一ヶ月ぐらい引きこもってるのに絶対おかしい。


「もともと体力には自信があるんだ。それに昔はよく森に採取に来ていたからな。森を歩くのには慣れている」

「そうなんですね」


 ヴァレリアさんが昔の話をするのは珍しい。私はまじまじと顔を見つめてしまった。


「なんだ?」

「昔って子供の頃ですか?」

「いや、十代後半だから子供とはいえないな」

「その頃ってもう薬屋をやっていたんですか?」

「ああ、薬屋を始めたばかりで金がなくて、自分で採りに行ったら材料費が掛からないから儲かると思ってやってたんだ」


 そんな時代があったのか……今はあんなに大人気なのに。何だかより親近感が湧いてくる。ヴァレリアさんも苦労してたんだね……


「よしっ、そろそろ月光草を探すぞ」

「そうですね」


 それから岩山の周囲を歩きながら、岩壁に咲いているはずの月光草を探して歩き続けた。月光草は細長くて光沢を放つ葉が、成長するにつれてくるくると巻かれていくらしいので、独特な見た目をしていて生えていたらすぐに分かるそうだ。


「この岩山に生えていない可能性もあるんですか?」

「いや、その可能性は低いな。下からでは見えない場所にある可能性は高いかもしれないが」

「ということは、見つからなければ登らないといけないってことですか……?」

「そういうことになるな」


 この岩山を登るのか……直立じゃないから登れそうなところはあるけど、かなりの急斜面であることに変わりはない。できれば登りたくないな。


 そんな私の思いが通じたのかそれから五分後、手が届く場所に月光草が群生しているのを見つけた。


「これだけあれば十分だな。レイラ、私はこれから採取に入る。魔物への警戒を頼んでも良いか?」

「もちろんです」


 道中で教えてもらったところによると、月光草はまず魔力の放出を止めることは前提として、その上で地面に根が張った状態のまま葉をすり潰す必要があるらしい。

 大地から自然の魔力を最大限に得ている状態で、薬効を取り出す必要があるのだそうだ。


「フェリス、魔物が来たら教えてくれる?」


 私は見張りのために少しヴァレリアさんから離れたので、フェリスにそう声をかけて見張りを手伝ってもらうようにお願いした。するとフェリスは役割を与えられたことがよほど嬉しいようで、張り切って周辺を飛び回っている。


『任せといて!』


 それからはフェリスと共に見張りをしつつ、たまにヴァレリアさんの進捗を確認したりして時間を過ごしていると……突然フェリスの焦ったような声が聞こえてきた。


『レイラ、やばい魔物が来た! 二人じゃ絶対に勝てないから逃げてっ!』

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