第7話 精霊の魔法と情報

 寝る準備を済ませて二階の自室に入ったところで、私はフェリスと向かい合った。


『じゃあレイラ、治癒魔法を使うよ』

「うん。よろしくね」


 フェリスは人間ではあり得ないほどに魔力を保有していて、この世界にある全ての魔法を自由に扱える。ただ魔法を発動するとその効果は他の人にも見えるので、存在がバレないようにと普段は使わないのだ。


 しかしこうして治癒魔法だけは、私に対してだけたまに使ってくれる。フェリスの治癒魔法はとても心地よくて、スッと体の疲れが抜けていくので、ついついお願いしてしまう。もう私はこの治癒魔法の虜だ。


 こんなに凄いフェリスが落ちこぼれで下界に落とされたって……精霊界にいる精霊達とは、どれほど能力を持っているのだろうか。私はフェリスの力を見るたびに少し怖くなる。

 精霊達がもしこの世界を攻めてきたりしたら、私達人間は何もできずに絶滅するだろう。


『どう? 楽になった?』

「うん。本当に凄いね。いつもありがとう」

『良かった。レイラにはいつも元気でいて欲しいから』


 フェリスはそう言って、私の目の前で嬉しそうな笑みを浮かべた。私はそんなフェリスを手のひらに乗せ、サラサラの髪を優しく指先で撫でる。


 ――フェリスはいつか、精霊界に帰っちゃうのかな。


 いじめられて落とされたって言ってたけど、やっぱり仲間がいるところにいたいよね。下界に他の精霊はいないみたいだし。

 前にフェリスがポロッと溢していたのだ。帰り道が分からないって。帰り道が分からないってことは、帰り道を探していたということだ。


 私はずっとフェリスと一緒にいたいけど、フェリスが帰りたいと思ったら止めることはしないと心に決めている。でもその時ができる限り遅くなれば良いな……そう願ってしまうのは許して欲しい。


「お礼にもらえるクッキー、楽しみだね」


 フェリスとの別れを考えて落ち込んでしまった気分を振り払うためにも、意図して明るい声を出した。


『うん! 僕もたくさん食べて良い?』

「もちろん良いよ。フェリスが好きだからジャムクッキーにしたんだし」

『そうなの? レイラ……ありがとう!』


 フェリスは小さい体で私に飛びついて、おでこにピタッとくっついた。


「ふふっ、フェリス、なんでおでこなの?」

『何となく……くっつきやすかったから』


 フェリスはたまにこういう面白いことをする。ダメだ、なぜかツボに入った。笑い声って響くからヴァレリアさんに聞こえちゃう。もし聞こえたら……夜中に一人で笑い転げる変人になってしまう。ダメだ、絶対に我慢だ。


 それから私は思い出したように込み上げてくる笑いと格闘し、腹筋を鍛える羽目になった。はぁ……治癒魔法を使ってもらったのに疲れたよ。



 それから数日後の午前中。私はリネール男爵家を配達で訪れていた。男爵夫人が情報を得るために、いつもより早めに薬を頼んでくれたのだ。


「何か有益な情報はあったかしら?」

「はい。ナヴァール伯爵家のご令嬢ですが、特に好まれているのはプリンだそうです。特になめらかな口溶けのものがお好きだとか」

「まあ、そうなのね。それは良いことを聞いたわ。レイラちゃん、本当にありがとう」


 男爵夫人のお眼鏡に叶う情報だったらしい。私は安心して少し体の力を抜く。


「私が贔屓にしている洋菓子店のプリンがとても美味しいのよ。そこまで有名なお店ではないし、もしかしたら召し上がられたことがないかもしれないわ」

「それは良いですね。喜んでいただけると思います。――それからこれはご存知かもしれませんが、伯爵夫人は最近ポプリにハマられているようです」


 フェリスがついでと持ってきてくれた情報も伝えると、夫人は瞳を輝かせた。この情報も知らなかったみたい。これで手土産はバッチリだろう。食事会が上手くいくと良いな。


 何の食事会かは聞いてないけど、ご令嬢の好みを気にしているのなら、リネール男爵家のご子息とご令嬢のお見合いなのかもしれないし。


「レイラちゃんに頼んで本当に良かったわ」


 男爵夫人は改めてそう言って微笑むと、メイドさんに頼んで紙とペンを準備してもらい、その紙にさらさらっと何かを書き込んでいった。


「情報への対価だけれど、こちらでどうかしら?」

「え……」


 突然紙を差し出された私は、一瞬何のことか分からなくて固まってしまった。しかしすぐに復活し、両手で紙を受け取る。


「ありがとうございます」


 そうして何とか受け取った紙の内容を確認すると……そこに書かれていたのは、自分の目を疑うものだった。


「あの、さすがに高すぎではないでしょうか?」


 かなり効果な薬をいくつも売った時のような桁になっている。プリンとポプリの情報だけでこんなにもらえるなんて……怖くて受け取れない。


「いえ、情報とはとても大切で高値で取引されるものなのよ。情報には正式な対価を支払わなければ、貴族として恥を晒すことになるわ」

「そうなのですね……」


 貴族社会ってそんな感じだとは知らなかった。これを受け取らないと、男爵夫人の面子を潰すことになってしまうよね。


「ありがたくいただきます」

「ええ、そうして頂戴。女の子なんだからお洋服や化粧品など欲しいものはたくさんあるでしょう? これで買ったら良いわ」


 お洋服や化粧品か……興味を持ったことがないんだよね。多分というかほぼ確実に、ヴァレリアさんによる悪影響だと思うけど。


 ちょうど良い機会だし、もう少し外見に気を遣っても良いのかもしれない。少しは化粧でもしてみようかな。


「今度お店に行ってみます」

「それが良いわ! レイラちゃんにはどんなお洋服が似合うかしら。とても華奢で可愛らしいから。明るい色のワンピースなんて絶対に似合うわ。水色とか爽やかな色味もありね。口紅はピンク系統で淡い色かしら? 肌が凄く綺麗だから、口紅を引くだけで可愛くなるはずよ。そうだわ! 私の化粧品を試してみる?」


 リネール男爵夫人は女の子のお子さんがいないからか、私をどんなふうに飾り立てるのか考えるのが凄く楽しいらしく、それからお茶会は二時間以上続いた。


 カタログを見たり夫人の化粧品をお借りしたり、少し疲れたけど……とても楽しい時間だった。今度の休みにお店に行ってみようかな。

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