第51話「イケオジ王は舞台に上がれるか?」

”少女、ペンダントをのぞき込み、驚いて放り投げる。


王様「いてて、酷い仕打ちだなぁ。せっかく話し相手になってくれると思ったのに」


少女、ペンダントを拾い、再び覗き込む。中にはハンサムな壮年男性がウィンクしていた。


少女「あなたは誰? 何故ペンダントの中にいるの?」

王様「それは、まあ。ちょっとした行き違いがあって、封印されてしまってね。おかげでこのイケてる顔を誰かに見せることが出来なかった。代わりに君がたっぷりと見てくれて構わんよ」

少女「あの、良くわからないけど。名前を聞いても良いですか?」


王様、我が意得たりと両手を広げる。


王様「構わんよ。私は何もかも完璧な王様! その情熱的で素晴らしい名前は――」”


スーファ・シャリエール著『放浪少女と陽気な王様』の脚本より




Starring:スーファ・シャリエール


 ランカスター芸術学院、大劇場。


 ユウキ・ナツメが傍らに座った時、スーファは思った。何となく来る気がした、と。


「やあ、随分と難しい顔をしているんだね」


 あなたのせいだけれどね。などとは言えず、腕を組んでぶすっとする。この苛立ちが何なのか整理できていない。自分が自覚無く彼を”本当に好きな事”で追い越してしまった事もある。ここ数日で彼らナードたちにシンパシーを感じ始めている事もある。


 今日は待ちに待った、と言うべきなのかは微妙だが、学院の文芸コンクール開催日だ。数千人入れる大ホールは、内外の観客がごった返していた。


 いっそ自分の作品が箸にも棒にもかからなければ丸く収まるとも思うが、それ以上に認められたい欲求も芽生えていた。

 創作とは、こうも心乱されるものなのか。


「いいんだよ。その心の揺らぎを楽しめばいい」


 からからと笑うナードの頭目。事情を話したわけでもないのに、何だかわけ知り顔で腹が立つ。


「僕も通った道だからね」


 通った道。彼らブレイブ・ラビッツがただの愉快犯の集団だとはもう考えていない。素人離れした組織力と言うのもあるが、彼らには「思想」がある。具体的な事は言えないが、彼らが振り回す「表現の自由」には、もっと根源的な何かがある。


 ユウキ・ナツメ。彼は何を背負って生きているのだろう。


「ここ二週間姿をみなかったけど、また悪だくみの準備かしら?」

「まさか」


 ユウキはにこにこ笑いながら、義手がついた右手を膝の上に置きなおした。


「コンクールの作品を書いてたのさ、あとゴーストライターの仕事も」

「ゴーストライター? そう言えば、そんなことをやってたのね。自分の名前で出せないものを書いて悔しかったりしないの?」


 彼は今日初めて、軽薄さの無い純粋な苦笑を浮かべた。


「実入りが良いんだよ。『クライアントが書きそうな文章』を考えないといけないから、修行にもなるしね。それに――」


 自嘲交じりの表情は、一瞬真剣なものに変わる。


「自分の名前で出せなくたって、書けるだけましだよ」

「それ、どう言う……」

「そんな事よりさ」


 スーファの質問は、完全に遮られた。遠く何かに向けたまなざしは、再び軽薄さに包み隠されていた。


「君、自分がここに残る資格があるのか? とか考えてるんだろ。大変君らしい」


 お前なんぞに私の何が分かるのか。

 実際言ってしまいかけたが、子供ではないので自重する。言われた事は事実ではあるし。


「私は、食べる事に困ってたから、食べ歩きとか好きなのはその反動だし、バリツ探偵式格闘術も魔法も拳銃も、全部必要だから覚えたもの。『好き』というだけで情熱をかけるなんて事は無い。だから良く分からない」


 自分でも驚いた。この男にそんな心境を吐露するとは。スーファの中で何かが変わろうとしている。今までの経験が告げていた。それはきっと、痛みが伴う。

 そんな自分に向けて、ユウキ・ナツメがやった事は、指をさして大爆笑することだった。後ろの席からうるさいぞと頭を叩かれ、謝罪している。


「馬鹿だなぁ。趣味ってさ、別に仕事と関係ないものとは限らんぜ? それをやって楽しいと思えるなら、それは”好きな事”なんだよ」


 確かにそうだ。そう言えば『hope.』の王様も、仕事で福祉をやってるくせに休日の趣味はボランティアだったっけ。自分も、休日と余暇の境目は特にない。


「ま、願わくば、創作も君の”好きな事”にしてもらいたいね。悲しい事に僕のライバルはまだリングに上がってもくれないんだ」


 ついには勝手な事を言い出すユウキである。こちらの事情を考える気はないようだ。


「それでもまあ、お礼くらいは言ってもいいかもね。確かにこの数週間、楽しかったわ」


 ユウキが驚いた顔をした。スーファはその事に驚く。迂闊な発言はしていないつもりだが。


「どういたしまして。この手の話題で君に感謝されるのは初めてだね」


 何が腹立たしいかと言えば、彼が本当に嬉しそうに笑った事である。そう言えば、彼のこんな顔は初めて見る。軽薄な笑いの下にあるのは、意外と年相応の青年なのかもしれない。

 だから、突っ込んで聞いてみたくなった。


「ねえ、あなたは……」


 口を開いた時、学院の大劇場は歓声に包まれれた。どうやらお祭りの始まりらしい。大会委員が壇上で、次々受賞作品を表彰してゆく。多弁な勇気も、真剣に舞台を見つめている。

 スーファとしては、せめて下位の賞に引っかかってくれればありがたいくらいの気持ちだった。だったのだが、自然と指を組んで祈っている自分がいる。

 次こそは、次こそはと気持ちを高ぶらせ、失意に沈む。それは心を酷使する。だが楽しい時間だった。


 やがて、準大賞の作品が読み上げられる。ここまでくると、スーファはもう諦めていた。楽しかったし、良い夢も見せてもらった。第一隣のナツメ・ユウキも受賞していないのだから、自分の落選も順当――。


「本年度の優勝は、スーファ・シャリエールの『放浪少女と陽気な王様』!」


 会場が拍手に包まれる。ありえない。だって自分はただの……。


「さあ、壇上に行くんだ」


 送り出すユウキは、発表を聞いている時よりずっと真剣で。自分は彼と武術で戦っても負ける気はしないが、今は逆らう事が出来なかった。

 そんな彼は、舞台に向かうスーファに告げた。


「勝ち逃げは許さないよ?」

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