第49話「少女探偵と新たなスキル」

”この頃の三文小説ダイムノベルは読むに堪えない。書き手は物語のことなど欠片も分かっていないのだろう”


DADタイムズ書評より




Starring:スーファ・シャリエール


 旧市街は、もともとの富裕層が住んでいた煉瓦の街である。

 魔導蒸気機関スチーム・アーツの発達で街に雲がかかり、金持ちは日が当たる南地区へ引っ越してしまった。それから地価が暴落し、住居の劣化を食い止められなかった事から、今は庶民、それも趣味人の街となっている。階段が多く住みにくいが、ここにしかない景色がある。そんな一角に、ユウキの師匠は住んでいるらしい。結構大きな家だ。


「蔵書がすごいからね。家賃の割に広いここはうってつけなのさ」


 なるほど、それほどの人物なのか。


「おーい師匠! いないんですかぁ」


 ベルも鳴らさず中に入り、ユウキは玄関から叫んだ。親しき中にも礼儀ありなんじゃないだろうか? そう思っていた、同じような怒鳴り声が聞こえてきた。


「うっせーぞクソ弟子! 入りたきゃ入ってこい!」


 口調こそ汚いが、女性の声だった。


「さあ、許可が出たから入ろう」


 ユウキは、左の手のひらで奥の部屋を示した。




 机に向かっていた「師匠」は、作家のイメージ通り、机に向かって万年筆を走らせていた。


「この方が僕の師匠、ジョージ・フォート先生だ」


 どう? 驚いただろ? ドヤ顔で問いかけてくるユウキにいらっとして、完全無視を決め込む。そう、ジョージ・フォートと言えば、スーファが唯一新作を追いかけている作家だ。それで彼女の作品を読んでいると言った時、ユウキは喜んだのか。

 まさかユウキ・ナツメが本物のプロに師事していたとは。いつもの大仰な言動は口だけではなかったと言う事だ。


「あの、お会いできて光栄です」


 社交辞令的な言葉になってしまったが、好きなのは本当だ。暇つぶし感覚ではあったけれど。その考えが見透かされたか、ジョージは手をひらひらさせた。


「言葉はありがたく貰っとくけどな、嬢ちゃんは時間を使ってあたしの本を読んでくれたんだろう? あたしには千の言葉よりそっちの方が嬉しいけどな」


 ジョージ女史・・は、相変わらずぽかんとしているスーファに、苦笑しながら言った。


「そうそう、ジョージ・フォートはペンネームだよ。男性の名前を使った方が有利な事もあるからねぇ」


 スーファは、割と肩ひじ張って生きている。「しょせん女は」「これだから子供は」なんて言葉には意地を張って実力を証明しようとしたし、今まで証明できていた。だけど彼女の生き方も選択肢としてアリだと思う。いや、敬意を払いたい。


「それで、今日はなんの用だ?」


 ジョージの問いに、ユウキは食い気味に身を乗り出した。さあスーファ、あれ出してと。はっきり言ってプロ相手に気が引けるのだが、渋々鞄からノートを取り出す。

 ジョージは気が乗らない様子でページをめくっていたが、やがてその手が速くなる。


「悪くないな」

「……ッ!!」


 ノートを閉じると、彼女は言った。ついでにユウキは、何故か狼狽した様子。「悪くない」のセンテンスに、そんな驚く意味はあるのだろうか?


「今時間がないからノートを借りるよ。問題点と改善点を書き出しておいてやろう。夕方また取りに来い」


 ジョージはノートを丁寧な仕草で机に置くと、また万年筆を取った。

 どうやら話は終わりと言う事らしい。


「そうそう、並行して執筆も進め給え。時間が無いからな」


 ジョージはしっしと手の甲を振って見せる。

 まあ、スーファにとって、なかなかに充実した時間だった。帰り道、あの多弁なユウキ・ナツメが終始無言だった事を除いては。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




Starring:ユウキ・ナツメ


 気が乗らない。と言うより作品に入り込めない。いつもの空き教室でまた、書き上げた文章をバツで消した。


『悪くない』


 その一言を師匠から言われるまで、自分はまる3年かかった。だんだんと辛辣になる駄目出しに、半泣きしながら書いた事もある。

 それをスーファ・シャリエールは処女作で引き出した。


 戦闘では負けない。策謀だって一枚上手だと自負している。だけどなんで、一番負けたくない分野で惨敗するかね。

 そして何より、自分のみっともなさが嫌だ。後進だろうと、優れた人間には敬意を払う。それが出来ない人間は、決して上には行けないと教わった。このザマはなんだ。思考が堂々巡りし始めた時。


「おーおー若人、やっとるな」


 小さな体に細い腕。ドロシー・ナツメは手をぶんぶん振りながら近づいてきて、ユウキの傍らに立った。


「久しぶりやなぁ。このモードのユウキは」


 おちょくられて苦笑する。はっきりとものを言ってくれる、姉の気遣いが嬉しい。


「僕さぁ、才能ないよね?」

「ああ、無いと思うで」


 バッサリ斬り捨てる姉だった。ユウキの作品は彼女から「良くできている」と言われても、「面白い」と言われた事が無い。それがコンプレックスだった。ドロシーにその言葉をかけられた時、作家としてのナツメ・ユウキは始まると思う。


「スーファの作品は読ませて貰ったかい?」

「うん、図書館で頑張って書いてたから半ば無理矢理。面白かったな」


 ここでも出た。「面白い」が。


「はっきり言うなぁ。事実だけど」


 ドロシーは無情にもにひひと笑い。飴玉を差し出した。そう言えば、頭を使ったのに糖分を補給していなかった。


「キミが本気でやってないならこんな事言わんで? でも、おべんちゃら言われて傷付くのはキミやからなぁ」


 そう、分かっている。だからこそ楽しませたい姉なのだ。


「姉さん」

「なんや?」


 ユウキは吐き出したい感情を呑み込んで言った。


「絶対面白いと言わせてやる」


 ドロシーはまたにししと笑って、彼の頭をポンポン叩いた。


「待っとるで」




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




Starring:スーファ・シャリエール


「どうだ? 何かあれば今のうちに聞いておけ」


 添削されたノートを受け取り、赤字の修正をぺらぺらとめくる。


・王様の設定が原典に寄り過ぎる。性別か、「魔法使い」の部分だけでも変えたらどうか。

・「宝玉」が原典と同じようなものなのも問題。何か別のアイテムにしては?

・起承転結のバランスが悪い。学院の図書館にその手の本があるだろうから一読すべし。参考文献をいくつか挙げておく。

・上記の問題と連結するが、無駄なシーンが多い。もう一度構成表を作って吟味……。


 その他もずらっと箇条書き。本文にもたっぷり赤が付けられている。プロとは言え、この短時間でこれを書くのはさぞ大変だったと思う。


「ありがとうございます」


 スーファがぺこりと頭を下げると、ジョージは紅茶に口をつける。何か、言いたい事があるのに言いにくい。そんな感じだ。


「うちのバカ弟子、きっちり叩きのめしてやってくれ」

「えっ?」


 いきなり弟子を叩きのめせと言う。師弟の関係が良くないのか? いや、そうならば「うちの」は付けないだろう。


「どう言う事でしょう?」


 彼女は「ふむ」とだけ返事をして、紅茶に砂糖をドバドバと入れだす。ずっと座ってるのに健康は大丈夫なのかこの人。


「あんたな、格闘技やるんだったか?」

「はい、バリツ探偵式格闘術を少々」


 ジョージはまた「ふむ」とつぶやいて紅茶を飲み、顔をしかめた。どうやらいつも砂糖をぶち込んでいるのではないらしい。


「あんたがバリツを始めたばかりの頃、ずっと頑張ってきて今も努力してる先輩がいた。始めたばかりの自分が、そいつより強い事に気付いてしまった。そしたらどうする?」

「どうもこうもありません。杖を握ったら皆対等。全力で戦います」

「だよな」


 そこで論旨をたどる。つまり、今の自分はユウキ・ナツメにまさっている? ありえないのではないか。彼は博識で、いつも何かしら書いている。本気の表情で。


「あいつはな。何を書いても凡庸になる。基本は押さえているがとび抜けたものがない。あいつがただ努力するだけ・・・・・・・・なら追い出している」

「ただの努力、ですか?」


 言わんとしている事は分かる。何も考えず杖を振っている者は上達しない。目の前に敵がいる事を想像し、杖を振る。自分に足りないものを常に分析し、トレーニングを行う。漫然とした努力は無意味、いや有害だ。

 ユウキ・ナツメもクレバーな努力が出来る人と言う事だろう。そうでなければ、あのような拳法は使えない。


「あたしはあれを買っている。あいつと絡むのは面白い。だから最後まで面倒見るつもりだ。奴が作家になろうとなれまいとな」


 ジョージは最後の一滴を飲み干し、カップを置いた。


「全力で戦ってくれ。ライバルになってやってくれ」

「私の本業は、探偵ですよ?」


 彼女はふっと笑い、今度はポットに手を伸ばす。


「構わん。兼業作家もいいだろ?」


 自分は、何をしたいのだろう? ちょっと前のスーファなら、こんなものは自分と関係ないと断じていただろう。だが今はユウキ・ナツメの、クロエ・ファーノの顔が浮かぶ。

 悪くない。そう思ってしまうスーファがいるのだった。

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