第25話「ナードたち(その2)」

”とりあえずさ、ここで騒いでれば嫌な事とか考えなくて済むんだよな。

バカ話して歌って酒飲んで。そうしたら大抵の悩みは解決さ”


ランカスター芸術学院学生(匿名)のインタビューより




『本日4つめのニュースです。今週末エラト大広場で行われる予定だったフェアリー・ワンダー・フェスが、会場施設の使用不裁可で直前に中止となりました。同イベントは、差別用語を用いた歌を公開している事が問題視されております』

『なんか怖いイベントですねぇ。無くなって良かったんじゃないですか?』

『でも、僕の好きな漫画とかの曲もやってましたんで、少し残念ですね……』

『えぇー、ゲストさんはそっちの方・・・・・なんですかぁ(笑)』


 誰かが苛立たしげにくしゃくしゃにしたメモ紙を放った。

 そんな事をしたところで、紙が一枚無駄になるだけだが。


「勝手な事言いやがってクソが!」

「おーい、ラジオなんか止めちまえ!」


 せめてもの気晴らしにと持ち込まれたラジオは、あわやお役御免となる。

 唾をぺっと吐き出して、ナードオタクたちは検閲官センサーをディスる作業に戻る。


「しょうがないよ。いくら怒ったって、お相手は電波の向こうの・・・・・・・安全地帯・・・・さ」


 斜に構えた台詞で仲間の肩を叩き、向き直ってごめんねをする。相手はもちろんスイッチを切った持ち主だ。

 蒸気式のラジオは従来品より安価で使いやすいが、花瓶サイズのタンクを横付けさせる必要がある。持ち込むのは大変だったろうから、後でフォローせねばなるまい。


「なんや、皆暇を持て余しとるなぁ」

「お腹減ってるでしょ? スコーン焼いてきたよー」


 大皿を抱えたドロシーを伴って、ノエル・ウィットマンが入室してくる。なんとも趣味人な事に、何処へ行くのもメイド服だ。明らかに校則違反なのだが、本人は気にも留めない。

 

 欠食学生共は我先に大皿に群がって行く。皆設営作業が無くなって暇なだけではなく、食事も億劫で胃は空っぽだった。


「やあノエル、いつも悪いね」

「いいんだよ。材料費はちゃんと皆から徴収してるし、好きでやってる事だからね」


 本校に通うナードオタクたちの胃袋は全てその細腕が握っているのだ。ついでに某少女探偵の胃袋も。

 笑顔を振りまきながら、スコーンを配る姿はまさしく天使……と言いたいところだが。


「うめえ!」

「本当? 嬉しいよ!」


 誰にでも笑顔を振りまくから、調子に乗った馬鹿が――。


「なあノエル、もう俺たち付き合っちゃわない?」


 などと言う冗談を飛ばし始める。

 ノエルはにっこりと微笑みかけ、返事をする。


「うんとね、一昨日来やがれ?」

「きっつ!」


 ナードたちから今日初めての笑い声が上がった。

 なお、空き教室に集うナード達には通過儀礼がある。ノエルを見て変な性癖に覚醒する前に、本当の性別・・・・・を知って冷静さを取り戻せるかどうか、である。


 夏のイベントで突然「そっち系」の同人誌を大量購入するようになった被害者は、夏休みの風物詩と言えよう。


「でもあねさん、あれだけ落ち込んでたのに、無事復活したんスね」

「姐さんはやめーや」

「そうよ! うちのマスコットちゃんに変な渾名付けないでよ!」

「マスコットもちゃうわ!」


 また、がははと馬鹿笑いが始まる。 

 スプーンが転がっても大笑いするのが、この集まりの文化だ。ここは本当に居心地がいい。きっと彼女にとっても同じだろう。


「まあ、ユウキに尻を叩かれてな。まあ、出来る事をやらなあかんからな」


 ユウキも頷いて、ばんと黒板を叩く。


「その通り、出来る事をやらなきゃならない。モチベーションが上がらないのは分かるけど、明日からの撤収作業はちゃんとやろう。そうじゃないとまたテレビやラジオに言われちゃうからね。『社会性の無いナードは騒ぐだけ騒いで片付けもちゃんとできない』なんてね」


 再び現実を突きつけられても、もうぼやく者は居なかった。

 老人メディアたちに文句を言わせない仕事をする。それがナードなりの反骨精神だった。


「ついては決起集会を開きたいと思う。どうだろう? 今夜の放送に合わせて、教室にテレビを持ち込んで『ヴァンガードこれくしょん』大観賞大会というのは!」


 沈んでいた空気がどっと沸く。お祭り好きもまたナードの習性。

 テレビなどラジオに輪をかけて大きく重いから、普通は手間を考えてげんなりもするとことだが、彼らの頭の中は夜の悪戯で一杯になってる。


「そうよねぇ! 最新話まで3週間も待たされたわけだし」

「レーゲンちゃんを乾杯でお迎えしないと!」


 動き出したらもうとまらない。

 黒板には、必要な物資とそれを調達する担当者の名前が並べられていた。


「じゃあ、僕がいつも通り設営の指揮をだね……」


 チョークを取り上げ、自分の名前を書こうとした手は、がしっと掴まれて停止した。


「先輩は駄目です。こんなところで遊ぶのは勝手ですが、課題を出してからにしてください」


 青髪の後輩はふんと鼻を鳴らし、レポートの提出日が記入されたカレンダーを突き出してきた。明日提出のレポートが3本と、彼女らしく丁寧な字で書き込まれていた。


「……進み具合は?」

「ええと、その……へへっ♪」

「……」


 眼鏡の奥で形の良い目尻がギッ、と吊り上がる。何しろ青い髪は戦闘民族クラン人の証。

 担当教授が送り込んできた刺客、オリガ・バラン。ユウキにとって完全なる天敵であった。いつもの煙に巻くやり方が通じない。

 〔ユニークスキル:冗談が通じない〕が常時発動しているからだ。


「見逃してくれよ。僕が今までレポートが遅れたこと無いの知ってるでしょ?」

「ええ、そしていつもギリギリになって先生をやきもきさせることも。先日は〆切の3秒前でしたね?」

「……限界突破ってかっこよくない?」


 オリガのイライラ度が増してくる。姉は後ろでゲラゲラ笑っていた。

 実のところ、リポートは既に頭の中にあって、後は書けば出来上がる。資料の読み込みも考察も文章の構成も、全部処理済みだ。だから今から上映会の準備開始までに仕上げてしまうつもりだった。

 段取り、記憶術、構成力などなど、昔取った杵柄だが、それを言っても信じてはもらえまい。すぐに書けるからと言って後回しにする自分が悪いのだが。


「分かった。話し合おう! 今夜は徹夜してレポートするよ!」

「……では、お願いします」


 ぷいと背を向けて教室を出てゆくオリガ。嵐が去ったと息を吐く。

 無論、鑑賞会は参加するつもりだ。嘘は言ってない。鑑賞会で「徹夜して」、それとは別に「レポートする」だけである。うん、問題ない。


「キミ、ほんまあの子苦手やなぁ」

「勿体ないッスよ先輩、男らしい所を見せてデレルートに進まないと!」


 ルートとか言うな。

 まあ、彼女に何か見せる必要はないし、そう言う局面にしないのがリスク管理だ。

 あとで厄介事を背負いこんでから嘆いても遅いのである。

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