第19話「探偵はロボットを探す」

”あれほどのロボットだからね。もう世界中の諜報機関が動いてる筈だよ。

冗談だろって? さあてねぇ”


とある探偵(匿名)のインタビュー




ランカスター芸術学院


 ランカスターの初夏は蒸す。

 シロッコ南風を受けて霧が晴れる南地区はともかくとして、それ以外の地区は太陽の熱を蒸気が逃がさない。学生たちも皆夏服だ。


 スーファ・シャリエールもまた、夏服。無駄に広い学内を見て回る。懐にホルスターを吊るせない頼りなさを感じつつ。


(ちょうどあの建物ぐらいの高さね)


 目算で高さを割り出してみるものの、学内の校舎の中身がくりぬかれていて、そこからロボットが出撃……などと言うのは妄想であるとスーファでも理解できる。


 飛行ロボット〔アルミラージ〕、彼女の国ではおよそ8メートル、この国の基準だと8.8ヤードの化物である。そんなものを学内に隠そうと思えば、何かしらの工夫がいる。


「地下に格納庫でもあるのかしらねぇ」


 本当にそんな物を造れたら、発見は困難を極めるだろうが。そもそも大穴を掘るような難工事をいつの間にやったと言うのだ。そうなると残るは学舎だが、あの巨体を出入りさせるだけの建物は稀だし、警察も既に調査を始めているだろう。

 駄目元で学内を全部見て回ったが、今日の努力は徒労にに終わりそうだ。まあ半分は散歩の延長だと嘯いて、帰途に就こうと周囲を見渡して……。


 気が付いたら、良くわからない場所にいた。この学院は無駄に広すぎる。


「何かお探しですか?」


 話しかけてきたのは、高等部の女の子。奇麗な青い髪は北方系のクラン族の証だ。戦闘民族の看板に反して、理知的な印象を与えているのは落ち着いた口調のせいか、はたまた大きな眼鏡のせいか。


「御免なさい。案内板を探していたの。良かったら北門へどう言ったらいいか教えてくれないかしら」


 少女はシラバスを取り出して、見開きページの案内図を見せる。シラバスに詳細な地図が書かれているのは大陸西方広しといえどここくらいだろう。つまり、それだけ迷う者がいると言うわけだ。


「このまま道なりに来たに行けば門がありますよ。目印は、ここにオリーブの木がありますから」


 ありがとうと感謝を表明するついでに、余計な事を言ってしまったのは探偵のさがゆえか。


「この辺で何か変わった事、無かった? 夜何かが動いたり、不自然に封鎖されたところがあったり」


 案の定、思いっきり溜息を返された。


「その質問、あなたで3人目です。おおかた先日の事件を受けての宝探しなんでしょうが」


 仰る通りです。こんなところで聞き込みして見つかる物なら、既に何処かの暇人が見つけているだろう。


「あんなハイパワーのロボットなら部品交換も頻繁でしょうから、蒸気トラックがしょっちゅう出入りできる場所じゃないと無理だと思います」


 はっとする。確かにその通り。素人にしてやられた。

 予備部品の入手ルートまでは調べたが、それを拠点まで運び込むまでの手間を失念していた。そうなると、学院の大部分が候補から外れる事になるだろう。

 スパイトフルあの男の性格から言って、学院を探して無駄と言いつつやはり学院に隠しそうな気がした。いや、彼は本当に大事な部分ではそんな言葉遊びに頓着しない。最善の手を打っている筈だ……。


 青髪の少女に、呆れ顔で見られている事に気付く。どうも熱が入り過ぎだ。


「あなた、工学科?」


 彼女は苦笑して首を振る。もしかしたら言われ慣れているのかも知れない。


「私は文学科です。ロボットについては、少しだけ・・・・思い入れがあるだけです」


 少しだけ、か。

 確かに予備部品云々は専門的な知識ではないが、割と見落としがちな事だとも思う。


 とは言え多分、これ以上は触れられたくない話題だろう。別の話に切り替える事にした。


「私も文学科よ。屠竜王国から来たばかりで、右も左も分からないけれどね」


 話題を変えたせいか、少女の対応も若干柔らかくなる。物静かなだけで会話自体を嫌っているわけでははないのだろう。


文学科うちは良い担当教授を見つけて教えを乞うのが一番ですよ。何も考えずにやっていると、あっという間に1年空費するってよく言われますから」


 それ、どこぞの文学かぶれにも言われたな。


「あとですね……」


 ぐいっと顔を近づけて、少女が言う。急に言葉も圧が強くなった。


「レポートは必ず余裕をもって・・・・・・・・提出してください」

「そ、そうしてるつもりだけど?」

「……ならいいですが、怠慢の陰に何処かの誰かが苦労している事を、時々は思い出してあげてください」


 まあ、嫌な事があるんだろうな。それが何かは分からないけど。

 青髪の少女は咳払いして眼鏡を直し、ぺこりと挨拶した。


「では、また会う事がありましたら」

「ええ、ありがとう」


 手を振って別れた後、相手の名前も聞いていない事に気付いた。

 まあ、同じ学科だしまた会う事もあるだろうと、さして気にせず調査に戻る。探偵は足が命。安楽椅子で推理なんてものは、人生と現場の経験を極めたスペシャルな叩き上げがやれば良いのだ。


 とは言え、彼女との再会は直ぐにやって来た。それがブレイブ・ラビッツとの第二戦のゴングになるとはまったく予想もしなかったわけだが。

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