第10話「検閲官」

”この国には犯罪を誘発する表現があふれている。昨年度に発生した誘拐事件の被告も有害書籍を所持していた事からも明らかである。

諸君にはこのような犯罪から社会的弱者を守る為、犯罪の芽を摘んでもらいたい”


有害表現監査室センサーサウスストリート支部長の訓示




「2日目にしてやってくれるとは……」


 机から胃薬を取り出し、がさつにも紅茶で流し込むのは烏丸署長である。

 返す言葉も無いが、そうは言ってもあの危ない集団の情報を伏せたのは署長自身である。


「彼らは何なんです?」


 悪びれずに核心を突くスーファに、烏丸署長は胃薬をお代わりする。

 元々組織を回したり金を引っ張ったりは上手いが、喧嘩が得意な人物ではない。だが、あんな連中をのさばらせておくなら話は別だ。


「まったく、君はどんどんサクヤに似てくるねぇ」

「良いから、とっとと教えてください」


 容赦のない一言だったが、腹をくくったらしい。出涸らしのお茶をティーポットに流し込む。


「彼らは『有害表現監査室』。嫌う人間からは検閲官センサーと呼ばれているけどね」


 検閲けんえつ官とはまた付けた人間の嫌悪感が投影された渾名である。あの振る舞いなら無理も無かろうが。

 名前通りならいかがわしい本や踊りを取り締まっているのは彼らという事になる。


「彼らの制服は一応警官みたいだが、治安局を経由せず内務省が直接指揮権を持っている別組織だよ。よって彼らの行動を制止する権限は私にない」

「内務省直属って事ですか? 下らない派閥争いの臭いがしますけど?」


 クライアントが続行しろと言い、それより上は停止しろと言う。そんなセクショナリズムで捜査が阻まれるのはいつもの事だ。

 だからアンテナは立てておく必要がある。


「治安局が有害表現の摘発を嫌がったからだよ。反規制派の役人が居て『それをやられたら首都の治安維持はお約束できない』とまで啖呵をきったそうだ。それなりに人望も実績もあるからクビにもできない。で、しょうがないから内務省の予算で別組織を立ち上げてねじ込んできたってわけ」


 なんとまあ、頭の悪い話だ。

 何故そこまでして本や芸能にあれこれ言いたいのか。いくら何でも異常だ。


「何故そこまでするんです? そりゃあ良い物ではないかもしれませんが、そんな組織を立ち上げてまでどうこうする必要なんかないでしょう?」


 烏丸署長は苦虫をかみつぶしたような顔で、新しいお湯をティーポットに注ぐ。多分もうただのお湯である。


「何と言うか……”やっている感”ってやつ?」

「やっている感?」

「この国の収入格差は様々な利権が絡んでがんじがらめになってるからね。政治家が何かやろうとすると誰かが反発する。それよりも本や漫画を攻撃して『”悪い表現”をやっつけたぞーっ』とやった方が”実績”になるのさ。ただの錯覚だけどね」


 呆れるあまり沈黙してしまった。さぞ間抜けな顔をしていただろう。


「いくらなんでも酷過ぎません!? 衆愚政治じゃないですか!」

「そうは言ってもお金にもなるんだよ。不満をを抱えた層に分かりやすい標的を用意すれば票も寄付も集まるし、ヌードダンスの件でも、失業者は規制派の経営する口入屋が仕事を世話したそうだよ。大儲けだね」


 気が付いたら、署長の机に拳を叩きつけていた。


「何故そんな連中を放っておくんです!? このまま放置したら、それこそブレイブ・ラビッツにテロの口実を与えるようなものです!」

「……だから話したくなかったんだよ」


 そう言って額に手を当てるが、スーファの腹の虫は収まらない。

 情報をどれだけ伏せても、どの道捜査を進めれば分かる事だ。烏丸署長は何を考えているのか?


「私も彼らの行動は気に食わないが、法律に反してはいない。警察は法の番人だよ? 『正義』など掲げては、それこそ検閲官と一緒じゃないかい?」


 冷や水をぶっかけられたように口をつぐむ。

 彼の言う事は正しい。法律に正義が介入しては、法が歪み不正義がはびこる。


「それに今日の行動も褒められたものではないよ? 黒を無理矢理に灰色に変えたのだから」


 そんな事は分かっている。

 いや、分かっていたのに忘れていた。

 だがあの時自分が力を振るわねば、あの女の子はどうなっただろう?


「以前教えなかったかね? 『社会と戦ってはいけない。社会正義と己の正義が重なる時だけ、正義の行使は許される』とね」


 あの時はそんなものかと感じただけだったが、今痛感する。


 だが一方で思うのだ。

 法を犯すものは無法者だ。だが法が誰かを傷つける時、法と戦う事は無法なのか?


「少し頭を冷やして来たまえ。君の役目は他にあるだろう? 君が検閲官に構っている間にラビッツが過激な発言を始めたら、治安はずっと悪化するぞ。君はそれを座視するのかい?」


 唇を噛む。ぐうの音も出ない正論だ。

 逆らい続ける感情を理性で押さえつけ、一礼して退室する。


 そう、自分は小説に出てくるヒーロー達ではない。

 彼らのように自由になれない。正義感だけでリーガルとイリーガルを行ったり来たりは出来ない。


 法に抗う事を許されるのは法だけなのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 煩悶は警察署を出た時中止された。


「お願いしますっ! 署長さんに会わせてください!」

「いやあ、そう言ってもねぇ」


 いつもあれこれ対応して、警官と言うのは仕事熱心で本当に頭が下がる。


「とにかく、話があるなら窓口を通して……」

「それじゃ間に合わないんです!」


 好奇心で覗き込んだ、覗き込んでしまった顔は……。


「お姉さんはあの時の探偵さんですね!? お願いです! 話を聞いてください!」


 対応していた警官は「そう言う事なら、任せたよ」とばかりその場を離れてしまう。

 さっきの感想は撤回する。警官が皆仕事熱心とは限らない。


 目の前の少女は、ヌードダンサーに札を振り回し、検閲官にビンタを食らった彼女であった。

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