ブレイブ・ラビッツ ~我ら最強ナード怪盗団、表現規制にざまぁする~

萩原 優

Mission01 AV法をぶっ潰せ!

第1話「少女探偵」

”今日食べたパン

今日味わったワイン

今日語らった愛

今日謳歌した平和


明日もそれがあって当然と考えるなら、その者は傲慢に他ならない”


共和制初期の歴史家 レオナルド・ルードヴィッヒ




 やって来たのは蒸気と鋼の都。


 少女が漏らした感嘆の息は、蒸気トラックから石材を降ろすロボット達に向けられていた。

 ここ10年ちょっとで実用化した蒸気の操り人形は、元々竜退治に使われていたと言う。それが土木用に転用され始め、気が付いたら物流やら建築やら製造業やら。


 やがて人間の仕事を奪うなんて言う人もいる。

 真偽は分からないが、今日も彼らは家ほどもある体躯を揺らして、社会の為に蒸気の汗を流す。


「……にしても、この薄暗さは慣れないわね」


 工業都市ランカスター。

 共和国の首都であり、郊外には大工場、市内には町工場が立ち並ぶ。スチーム・アーツ魔導蒸気機関の吐き出す蒸気が太陽を遮り、そこら中に霧が漂う。

 健康に影響は無いそうだが、日光を遮るのは十分不健康だと思う。


 少なくとも、彼女はここで数年は暮らさねばならない。


 彼女の名はスーファ・シャリエール。


 「少女」と言っても、彼女のいでたちは年頃の娘のそれとは無縁だ。

 チェックの入ったジャケットとスラックス。茶色の皮手袋に包まれた手には、上等なステッキが収められている。まるで三文小説ダイムノベルに登場するスパイか何かだ。


 彼女の稼業は”探偵”。故国では”少女探偵”などと言われていたが、本当に優秀な探偵ならわざわざ頭に「少女」の文字など付けられない。

 好奇の目などそのうち実力でひっくり返してやると思っている。


 彼女が濁った空に悪態をつぶやきながら、この街をうろうろしているのには理由がある。


『君に教える事はもうないから、何年か外国で修業してきなさい。実績を上げるまで帰ってこなくていいから』


 などと無慈悲な宣言を受けたのである。雇い主であり師匠でもある所長のお言葉だった。

 いきなり外国へ蹴り出されるのは不満だったが、彼女に「ごめんごめん。君には難しかったかな?」などと含み笑いされるのはその何百倍もいやだ。


 吠え面かかせて差し上げますと捨て台詞を吐いて、東の都くんだりまでやって来たという訳だ。

 泣いて引き留めてくれると思った弟妹きょうだい達が、笑顔で送り出してくれたのは地味にショックであったが。


 とは言え、なんだかんだ言っても異国を散歩するのは楽しい。

 知り合いが住居などの世話をしてくれるらしいので、ステッキで石畳を突きながら街並みを散策した。


 彼女の故郷、屠竜王国は旧来の魔法が活発で、この国ほどスチーム・アーツが普及していない。主産業である竜製品は、そこまでの機械化を必要としないからだ。

 この国はその点で徹底している。

 大きい駅や広場には大型の蒸気テレビが設置され、人だかりを作っている。

 広く整備された道には蒸気車両が行き交い、それらが運ぶロボットが石壁の修理に励む。

 通りには映画館やダンスホールと言った流行りの施設が軒を連ねている。


 何だか目が回りそうだ。

 いい加減疲れたので、目的地に向かおう。そう考え地図を取り出した瞬間。


 タンッ!


 なにやら頭上で物音。硬いものを蹴りつける足音だ。

 黒いものが視界の端を通り過ぎた。

 

「やあ皆さんごきげんよう!」


 初夏なのに黒いコートを羽織った男性が、屋根をぴょんぴょんと飛び移っている。四角い包装を小脇に抱え、フードで覆われた顔はバイザーで隠している。


 変態?


 一瞬そう思ったが、あれは身体強化の魔法。それなりの使い手か、良いスチーム・アーツを身に着けているか。あるいはその両方だろう。


 同じように身体強化の魔法を纏った官憲たちが4人、警棒を振り上げて追いかけている。

 繰り広げられているのはそれなりに高度な魔法戦だが、絵面は極めて間抜けだ。


 男は屋根どころか、作業中のロボットの頭にまで飛び乗って、警官たちを翻弄している。


「何なんですか? あれ」


 見上げる見物人を呼び止める。

 彼は呆れたように肩をすくめた。


「最近首都を騒がせる自称”怪盗”さ、密売みたいな事をやってるらしいけど、いつもああやって警官をおちょくってるんだ」

「怪盗? 何か盗んだんですか?」


 見物人は苦笑して、質問には答えず言った。


「さあねぇ。まあ迷惑な連中だよ。痛快ではあるけどね」


 「迷惑」というのは恐らくそのままの意味で、「痛快」と言うのはこの街の官憲が嫌われているという事だろう。

 先が思いやられる。


(それでもまあ、面白そうではあるわね)


 見物客にお礼を言うと懐に手を突っ込み、入市時にスチームガンを取り上げられた事を思い出す。携帯許可が下りるまで返ってこないだろう。


 気分を改めてステッキの取っ手を握り、引っ張る。

 中から引き出されたのは、親指ほどの挿入口だった。ライフル銃の薬室チャンバーのようなそれに、腰のポーチから取り出した魔法薬パウダーの薬莢を装填する。


 スチーム・アーツ、魔法薬から取り出した魔力を蒸気で圧縮し、倍化する魔道具である。

 今日、魔道蒸気文明の根幹となるキーアイテムだ。


 バスン!


 撃発音と共にステッキ各所に配置されたスリットから蒸気が噴き出す。


「……【跳躍リープ】!」

『リョウカイ 【跳躍】ヲ ハツドウ シマス』


 スチーム・アーツの復唱が頭に流れ込む。無事発動で来た証だ。

 スーファの両足が虹色の光で発光。反発力が蓄積されてゆく。


 そのまま彼女は、跳躍した。




 条約歴820年初夏、スーファ・シャリエールは黒衣の怪盗たちを巡り、長い戦いに巻き込まれてゆく事になる。


 ……心の自由を守るための戦いに。

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