第6-4便:ミーリアの仕掛けたワナ

 

 一応、会話の内容から何が起きたのかはなんとなく掴めたけど、詳細を確認するためにも訊ねてみることにする。


「ミーリア……これはどういうこと……?」


「あっ、トラップを仕掛けておいたの。建前では私のプライベートな貸切船の運航ということになってるけど、実質的には実務審査の再試験みたいなものでしょ?」


「う、うん。多くの人がそう思ってるだろうね……」


「だから黒幕はまた何かを仕掛けてくるはず。それでわざと私たちが隙を見せて、この船におびき出したってワケ。市の警備官をこっそり配置した上でね。ほら、私はブライトポート市の役人に顔が利くでしょ。おかげで信頼のおける人も厳選できたんだ」


 何もかもが計画通りに運び、得意気な顔をしてVサインをしているミーリア。


 そうか、昨夜の夕食に全員で行ったのは私たちの友好を深める意味合いももちろんあったけど、トラップの一環でもあったんだ。


 宿を一緒にしたのもそれと同じ。1か所に集まっていれば、ミーリアにとっても実行犯にとっても私たちの行動を把握しやすい。船が無人のままの時間も多くなる。


 昨日、彼女が『根回し』という言葉に含みを持たせていた理由がようやく分かった。


「シルフィ、実行犯たちが私たちの把握していない範囲で何かを仕掛けた可能性もあるから、運航前に隅々まで調べてね」


「うんっ、任せて。今回はライルくんもいるし、絶対に見落とさないよ」


「まっ、念のためさらに手を打ってあるけどね。もうすぐ分かると思う。――ほら、噂をすればなんとやらって、ね?」


 ミーリアは視線と身振り手振りで川の上流を指し示した。その方向を見てみると、私はさらに驚愕して大きく息を呑む。


 なんとこちらに向かって近付いてくるのは『グランドリバー号』。しかもその操船をしているのは社長だ。所要時間を逆算すると、深夜にリバーポリスを出航してきたということになるだろうか。


 当然、今の口振りからするとミーリアは社長がこの時間帯に到着するであろうことを知っていたはず。でも社長が何の目的があってやってきたのか、未だに私には分からない。


 ……まさか意味もなくただミーリアに会いに来たということはないよね?


「お待たせ、ミーリア。で、どうだった?」


 発着場へ到着した『グランドリバー号』から社長が降りてきて、ミーリアに問いかけた。


 すると彼女はウインクをしながらバチンッと指を鳴らす。


「計画通りっ。これで次の布石が打てると思う」


「うん、あとはキミに任せた。こっちはこっちでやれることをやっておくよ」


「了解ですっ!」


「――あ、あのっ、なぜ社長がここへ?」


 楽しげに話しているふたりの邪魔をするのは悪いと思ったけど、私には状況が全く分からなくて混乱しているので割って入って訊いてみた。


 ディックくんやライルくんたちも私と同じ心境だったみたいで、みんなが社長の発する言葉に耳を傾ける。


「僕がここへ来た理由は3つ。ひとつ目は今回の計画がうまくいったか、いち早くミーリアに確認するため。あ、今回の計画というのは、実行犯にトラップを仕掛けて捕まえるということね」


「つまりそれを立案したのは社長だったってことですか?」


「正確には僕とミーリアのふたりだね。アイデアを出し合ったあと、より実行性がある計画に詰めていったのは僕。各所へ根回しをしたのは、大半がミーリアかな」


 社長はさも当然といった感じで淡々と語った。


 計算高く筋道を作りあげた社長とフットワーク軽く現場で走り回って調整をした実働部隊のミーリア。絶妙なコンビネーションでお互いに得意な分野を担当して、最大限のパフォーマンスを実現している。



 絶対に敵に回したらいけない人たちだ。このふたりが組んだ時は特に末恐ろしい……。



 ディックくんとライルくんも呆然と立ちつくしているから、同じことを考えているのかもしれない。


「ふたつ目は僕が操船してきた『グランドリバー号』にミーリアを乗せるため。それならより安全にリバーポリスへ送り届けられるだろう」


「あっ、もしかしてミーリアが『さらに手を打ってある』と言ったのはそのことですか!」


「シルフィを信じていないわけじゃないけど、念には念をってことだね」


 確かに実行犯が得体の知れない何かを仕込んだ可能性もある。実際、実務試験で魔導エンジンが不具合を起こした時、私たちがその原因の特定に至るまで手間取った。


 でももし『キャピタル号』にそういう不測のトラブルが起きても、ミーリアが乗るのが別の船ならリスクを大きく軽減できる。なにより彼女はリバーポリス市の市長秘書という重要な仕事を担当しているのだから、身の安全性を考えれば納得の措置だ。


「では、社長がここへ来た理由の3つ目はなんなんですか?」


「新型魔導エンジン・改Ⅱの真価を確かめるためだよ。僕らの船はシルフィたちの船に曳航される形にする。それなら過給器ターボによる出力の増加具合も確認できるし」


「なるほど、曳航するには通常よりも大きな出力が必要になりますもんね」


「それと僕は夜通し操船してきてさすがに眠い……。昨日の仕事を終えてすぐの出航だったから、完徹したようなものだしね」


「社長みたいな超人でも疲れるんですね」


「ははは、僕は普通の人間だよ。疲れて当然さ。……ふわぁ~ぁ」


 大きなアクビをしている社長を見て、私は思わず笑ってしまった。さすがに最後に挙げた理由だけは、間の抜けているもののように感じたから。


 でも社長はゆっくり眠れるのかな? だってミーリアが一緒に乗るんだから、ずっと話しかけられ続けてしまうだろうし。


 切れ者の社長でもそこまで頭は回らなかったか……ふふっ。


「それじゃ、私は『キャピタル号』の出航準備に入りますね」


 こうして私はライルくんやディックくんと役割を分担して作業を始めた。彼らはお客さんだから何もしなくても良いんだけど、手伝ってくれるというのでお任せしたのだ。


 それにしても『グランドリバー号』のように大きな船を曳航するのは私にとって初めての経験だから、期待に胸が躍ると同時に緊張もする。操船はいつも以上に気を付けないと。


 ちなみに『グランドリバー号』に乗ることになったのは社長とミーリア。それ以外の全員が『キャピタル号』という割り振りになった。


 もしかしたらみんなもミーリアたちに気を遣ったのかもしれない。



(つづく……)

 

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