第5-4便(第1航路:最終便):私が望むもの

 

 …………。


 ……でもそれは何かが違うような気がする。


 私は私の意思であの魔導エンジンを使っただけ。その結果で壊れたのだから、弁償とか御礼とかで代わりのものをもらっても自分の心が納得いかない。


 思い直した私はディックくんに向かって首を横に振る。


「それは遠慮しておくよ。自分のお給料で少しずつパーツを買って組み立てる方が、完成した時の喜びも大きいし」


「なるほどな。それなら何かのお願いというのはどうだ?」


「お願いかぁ……」


 私は色々と想いを巡らせてみることにした。何かが浮かびそうな気がしたから。


 お願いということは、得られるものが物理的でなくても良いという意味でもある。つまり選択肢の幅は大きく広がったということになる。




 形がなくて、私が得たいもの――。




 なんか思いがけず哲学的な課題に挑むことになってしまった。私は機械に関しては人並みに詳しいけど、文学とか哲学といった分野は専門外だ。


 ディックくんは固唾を呑んで私の返答を待っている。隣にいるアルトさんも興味深げだ。早く結論を出さないといけない。




 …………。


 ……っ!


 そうか、ディックくんを見ていて私が望むものを思いついた。早速、私はそれを伝える。


「それならディックくん、私と友達になって。そして私と会う時はいつも笑顔でいて。これが私からディックくんへのお願い」


「っ!?」


「ディックくん、いつもムスッとした顔をしているでしょ。せっかくカッコイイのにそれだと台無しだよ。周りの人たちも怖がっちゃうし。もちろん、悲しい時は泣いていいし、理不尽なことをされたら怒ってもいい。――どうかな、私のお願いを聞いてくれる?」


 初めて出会った時からディックくんの心には壁があるような気がしていた。周囲に決して弱みを見せようとせず、常に緊張の糸がピンと張っているような。それが強がったような態度や尖った言葉遣いに繋がっているのだと思う。


 侯爵家の血筋ということだから、もしかしたら今までの生活環境や体験してきた様々な出来事がそうさせていたのかもしれない。結果としてそれが大きなストレスとなって、病弱な体に影響を及ぼしている可能性もある。


 事実、少しは心を開いてくれたと思える今でもどこかぎこちない。


 だから彼には心を解放して、もっと自由に周りと接してほしい。その第一歩として、せめて私の前では常に笑顔でいてくれたら……。


 それって私やディックくんだけじゃなくて、関わるみんなにとってきっとステキで楽しい毎日になる。



 みんなの幸せに繋がる願い――それは金銀財宝なんかより何倍も価値があると私は思う。



 私はディックくんの瞳を見つめ、返事を待つ。するとしばらく考え込んでいた彼は不意に表情を緩め、満面の笑みを私に向けてきてくれる。


「これで……いいのか?」


「うんっ! ディックくん、いい笑顔!」


 自然と私にも笑顔の花が咲いた。アルトさんも目を細め、私たちを優しく見守ってくれている。笑顔は笑顔を呼び、連鎖して広がっていく。



 初めて見るディックくんの心からの笑顔――。



 無邪気な中に大人びた雰囲気も漂わせていて、私は思わずドキッとしてしまう。心臓の鼓動が高鳴り、全身が徐々に熱くなってくる。


「そうだ、シルフィ! 俺が退院したら我が家へ食事しに来ないか? ぜひご馳走したい。もちろん、クロードも一緒にな。友達なのだから良いだろう?」


「もちろんっ!」


 私は即座に首を大きく縦に振った。そしてこれからやってくるであろうステキな未来の日々に、胸を躍らせるのだった。



(第1航路:運航終了/第2航路へつづく!)

 

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