第1-4便:臨時便の運航依頼

 

 確かにお昼の時間帯だから、すでにカウンター席はランチを食べているお客さんで満席。なかなか席が空かず、仕方なく待合室内のベンチでサンドウィッチなどの軽食を頬張る人さえいる。しかもそのほとんどが男性の常連さんで、年齢層は10代から60代くらいと幅広い。


 相変わらずルティスさんの集客力をまざまざと感じさせられる。もちろん、味が抜群なのは言うまでもないけど。


「どうしたんですか、ルティスさん? 発券業務のヘルプか何かですか?」


「すぐに臨時便を出してもらえないかしら? 右岸の集落に住んでいるマリーお婆さん、タッチの差でさっきの便に乗り遅れちゃって」


 待合室内の壁に掛けられている時計を見てみると、現在時刻は11時55分。ダイヤによると直近の船は11時50分に出航しているから、マリーお婆さんは出航直後に渡船場へ着いたという感じだったんだろう。


 しかもタイミングが悪いことに、お昼時の今は運行間隔が一番空いている時間帯ということで、次の便は12時50分発となっている。


 ちなみにマリーお婆さんは右岸の集落に住んでいて、年齢は75歳。手芸や織物が得意で、それらを市場で売る時や食料の買い出しの時などにうちの渡し船を利用してくれている。


 タンポポの綿毛みたいな頭をしていて、気さくな感じの優しいお婆さんだ。


「そうだったんですか。確かに次の便まで50分くらい待ち時間がありますね。だからといってルーンの船を利用しようにも、マリーお婆さんは足も腰も悪いから立ち乗りはツライでしょうし。でもなんでそんなに急いでるんです?」


「自宅で昼食を待っている子がいるらしいのよ。12歳の男の子」


「えっ? あの集落に子どもなんていましたっけ?」


「しばらく空き家になってたお屋敷、最近あそこに引っ越してきたみたい。しかもどこかの貴族の子で、機嫌を損ねると厄介らしくて。それで今日はマリーお婆さんがその子に昼食をご馳走することになってるって話なの」


「あぁ、それで買い出しに左岸へ来たわけですね。そういえばこの前の休日に右岸渡船場と集落の間を何度も行き来する人たちを見たんですけど、きっとその関係だったんですね」


 私が住んでいる作業場付きの借家は右岸渡船場の隣にある。だから部屋の窓からその様子を目撃していて、気にはなっていたのだ。


 そこは右岸側の人口が多かった時代に会社が出張所として使っていた建物で、閉鎖された今はリフォームして住まわせてもらっている。右岸側は左岸側と比べて不便ということもあって、家賃の相場はほぼ半額。その上、社宅みたいなものだからさらに安く抑えられている。


 そして一そうだけ右岸の桟橋に停泊させている旅客船を使い、朝の右岸発左岸行きの始発便と夕方の左岸発右岸行きの最終便の運航を私が担当している。


 これは確定されている私だけの業務シフト。ドックへの出勤と自宅への退勤を利用した『間合い運用(※回送便に旅客を乗せて営業運航する運用という意味)』みたいなものかな。だから私が休日の日は、それらの便が運休となっている。


 ちなみにルーンは左岸側にしか船も操舵手もいないから、右岸を発着するこの2便の時間帯だけはソレイユがお客さんを独占できている。微々たる人数だけどね……。


「シルフィが昼食へ出かけるってことは、もう船の整備は終わったんでしょう? その船の試運転にマリーお婆さんを乗せてあげてくれないかな? あの船は明日からの運用予定だから、使っても午後の便の運用に支障が出ないし」


「あぁ、なるほどですね! 昼食後に試運転をする予定でしたし、それを少し前倒しにするだけですからオーケーです。でも試運転の船にお客さんを乗せて、社長に叱られませんか?」


「大丈夫。フォレス――えっと、社長の許可は取ってあるから安心して。条件付きだけど」


「条件?」


「大したことじゃないから気にしないで。それと今回の臨時便運航は特別手当も出してくれるそうよ。コーヒー1杯分くらいの金額だけど」


 ルティスさんは私に向かってウインクをした。


 そっか、きっとその特別手当は彼女が社長にお願いしてくれたんだろう。私の休憩時間をずらすことになるからってことで。臨時便の手配といい、私への特別手当といい、さすが根回しがいいし気配りも行き届いている。


 ちなみに社長のフォレスさんはルティスさんと同い年で、王立学校のクラスメイトでもあったんだそうだ。だからプライベートではお互いに名前で呼び合っているし、当時から仲の良い友達同士でもあるとのこと。


 そういうこともあって、意思疎通が阿吽の呼吸というところをよく目の当たりにする。というか、私はふたりが密かに付き合ってるんじゃないかって思っている。


「じゃ、私は運航の準備をしてきます」


「お願いね、シルフィ。私はマリーお婆さんと社長に伝えてくる。ふたりは今、2階の応接室でお茶を飲んでるのよ」


 こうして急な仕事が入った私は昼食の予定を変更し、クロードと一緒にドックへと戻った。


 そしてさっき整備し終えたばかりの魔導船を手動式ウインチで水面へ下ろし、ドック横の桟橋にロープで固定する。


 さらにそのウインチなどを片付けてから操舵席に立ち、魔導エンジンを起動。ロープの固定を解除してから動力ハンドルを前へゆっくり倒し、ニュートラル状態から徐々に前進させていく。すると程なく船は低速で渡船場の桟橋へと到着する。


 こちらではエンジンを起動させたまま動力ハンドルをニュートラル状態にして、ロープを桟橋と固定。今のところ魔導エンジンは軽快な音を上げ、スクリューもスムーズな回転を見せている。



(つづく……)

 

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