第1-2便:小さな相棒

 

 彼は私が飼っている――というか、うちに勝手に住み着いちゃったメイジカワウソのクロード。何年か前に川辺で大怪我しているのを見つけ、助けてあげてからずっと一緒にいる。


 もふもふで見た目は愛くるしいんだけど、ちょっと生意気な性格なのが玉に瑕だ。


「ちょっと、クロード! 整備だけっていうのは心外なんだけど? 操船や接客だってうまくやってるでしょ」


「操船も接客も船に関することだし、どっちも普通ってレベルじゃん。オイラが言いたいのは、もう少しオシャレにも気を遣ったらって意味。整備の時はツナギ、操船や私的な外出の時は会社の制服。シルフィは私服を持っているのか、疑問に感じるレベルなんだけど」


「……う、うるさい。服はともかくお肌の手入れはきちんとしてるもん。操船や整備をしている以上、日焼けや手荒れの対策をしておかないとカサカサになっちゃうから」


「見た目が男子みたいなんだから、お肌なんて気にする人いないでしょ。この前も冒険者風のお客さんから少年に間違われてたよね? その時のシルフィ、引きつった笑みを浮かべてて面白かったなぁ。思い出しただけで……ぷぷっ、あははははっ!」


 …………。


 さすがに私はカチンときた。確かに渡船業界は男性が多いし、整備師となると女性の割合は限りなくゼロに近い。それに私の見た目や立ち振る舞いが多少は男子っぽいというのは自覚してる。



 ――だけどそれの何が悪いって言うの?



 女子が整備師をしたっていいじゃない。男子っぽくてもいいじゃない。私は船も機械も好き。自分らしさと誇りを持ってこの仕事をしているのだ。それをバカにされたような気がして腹が立つ。


 だから私は冷めたような目付きでクロードを睨み付け、静かに言い放つ。


「……クロードのお昼ご飯は抜き。川に潜って自分で魚でも採りなさい」


「なっ!? ひ、酷いよ! 体が濡れちゃうだろっ!」


「カワウソのクセに何を言ってるんだか……」


「カワウソでも濡れるのが嫌な時だってあるわいっ! それに念を押しておくけど、オイラは単なるカワウソじゃない! メイジカワウソだッ! ほかの動物と会話が出来るし、夜目も利くし、氷系や風系の攻撃魔法だって使えるんだぞっ! それも初歩的なヤツじゃなくて、中位の威力があるんだぞっ!」


「はいはい、すごいすごい」


「言葉に気持ちが入ってない! 絶対にそう思ってないだろっ! よぅし、見てろよっ!」


 頭に血が上ったクロードは即座に何かのスペルを呟いた。



 ――っ!? ま、まさかこれはっ!



 慌てて止めようとしたけど時すでに遅し。彼の眼前付近から小さなつむじ風が放たれ、ドック内に積んであるボロ布ウエスや設計図などの書類が舞い上がって散乱した。天井から紐でつり下げられている魔導灯も大きく揺れ、落ちてこないか心配になるほどだ。


 こうしてあとに残ったのは、まるで盗賊にでも荒らされたかのような惨状……。


 クロードは『ほら、すごいだろっ!』とでも言わんばかりに得意気な顔をしているけど、私はそれを見て頭を抱える。だって今朝の出勤直後に掃除や整理をしたばかりなのに、その苦労が水の泡になってしまったから。


 思わずため息が漏れる。昼食が済んだら整備した魔導エンジンの試運転をしようと思ってたんだけど、その前にドック内を片付けないといけない。


「……クロード、夕食も抜きね」


「えぇっ!? なんでだよっ?」


「ドックをこんなにめちゃめちゃにしたんだから当然でしょ。片付けるのは私なんだからね?」


「そもそもシルフィがオイラを冷たくあしらったのが原因じゃん!」


「最初に私をからかったのはクロードでしょ」


「う……。オ、オイラがシルフィをからかったって証拠はあるのか?」


 往生際の悪いクロードは狼狽えつつもまだ反論してきた。反省する気も退く気もないみたい。素直に謝れば許してあげたのに、ホント強情なんだから。


 確かにクロードが私をからかったという証拠なんてない。だからこそ最終的には言った言わないの水掛け論になって、収拾が付かなくなるのは必至だ。本当に面倒臭い。


 そこで私はクロードにお灸を据える意味も含め、もう相手をしないことにする。


「さーて、私はこれで午前中の業務が終わりだから、レストランへ行って昼食にしようっと」


「聞いているのか、シルフィ! 証拠を出せぃっ!」


「今日のランチメニューは何かなぁ?」


「お、おいっ、シルフィ!」


「美味しいお魚料理だったら、ひとりで食べちゃおうっと。分けてあげる相手もいないことだしぃ」


「ひとりでって……。本気でオイラを置き去りにする気かよぉ……」


「ん? 何か声が聞こえたような気がするけど空耳だよね? ドックには私しかいないはずだもんね」


「……ぅ……シルフィ……うるうる……」


 横目でチラリと様子を窺ってみると、クロードは瞳に涙を浮かべていた。すっかり意気消沈し、すがるような目でこちらを見つめている。



 ――少しは反省したのかな? 演技している可能性もあるかもだけど、あまり冷たくするのも可哀想だよね。ま、憎めない子なのは確かだし、この辺で勘弁してあげよっかな。


 やれやれ、我ながら甘いなぁ……。


 私は苦笑しつつクロードに手を伸ばし、優しく体を撫でてあげた。サラサラな体毛の手触りと温かさが手と指に伝わってきて、なんだか心地良い。


「クロード、反省したなら許してあげる。でも今後はもう少し私を気遣うようにね。じゃ、一緒にレストランへ行こっ?」


「っ!? やったぁ! やっぱりシルフィは優しいっ! だからオイラ、シルフィが好きぃ!」


「ふふっ。調子が良いんだから、もう」


 その後、私は控え室でツナギから会社の制服へ着替えた。そしてクロードを左肩に載せると、ドックの隣にある渡船場へ移動したのだった。


 ちなみに制服に着替えたのは、午後からそれを着て行う仕事が主体になるから。昼食へ出かける際の私服を持っていないということじゃない。当然、自宅へ帰れば何着かある。


 た、確かに私は自宅と会社の往復時も制服姿だから、ロッカーの中に私服が入っていないのは事実だけどさ……。



(つづく……)

 

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