第2話 詐欺師、禁書目録の噂を聞く

 面倒事が増えそうな予感がした俺は、腹黒聖女様と小さな館長に画廊からとっとと退散してもらった。


 そして日付が変わった本日、この日。


 現在、俺は面倒で……かなり厄介な仕事に取り掛かる準備をするために仕方なく王都の路地裏を歩いていた。


「――未来を予言する人間がいるらしい」

「マジかよ」

「酔っ払いの話なんて聞いちゃあいけねー」


 隠れ百名店などと巷では噂されている『ウッマイーネ』という酒場を横切ろうとしたら、飲んだくれた野郎どもの声が聞こえた。

 

 ふん、ついにあの腹黒聖女ドーレ・ジプスは自分の力――心眼の使い手であることを公開したのか。いや、あの腹黒聖女様のことだ。きっと何らかの目的があるのかもしれない。

 

 まあ俺には関係のないことだ――と半ば現実逃避をしていると興味深い話が聞こえてきた。


「いや、でもあの人間、魔法を使っているようには見えなかったんだよなー」

「じゃあどうやって未来を当てたっていうつもりだ?」

「古い本」

「はあ?」

「ガハハハ、そりゃ傑作だな!とんだ占い師だあ!」


 なるほど、占い師ね。

 その占い師とやらが持っている本は……おそらく魔導書の類だろう。

 しかし未来を見通す魔法がかけられた魔導書か。


 これは高値で売れるんじゃないのか。


 いや……もしもほんとに未来を見通すほどの力を秘めた魔導書なんて存在するのだとしたら、それこそチエイ大図書館で保管されていてもおかしくはないほどの禁書目録に近い類のものじゃないか。


 ……いや現実逃避するのはやめよう。

 明らかにチエイ大図書館から持ち出された魔導書だろう。


 そんなことを考えていると、飲んだくれの一人と視線があった。


「お、そこの兄ちゃん!あんたも興味があるのか!?」

「……まあな」

「おうおう、じゃあこっちこいよ」

 

 むさ苦しい男のところへと近づくと、一気に酒の匂いが鼻腔をくすぐった。


 とりあえず、この与太話に耳を傾けてみるか。


「実は俺もその占い師とやらに未来を占ってほしいんだがな」

「だったら、ゴールデンキットストリートの裏に行けばいい」

「適当なこと言うなよ、この酔っ払い!占い師がいるのは、フットブットストリートだろ?」

「いいや、オレサマが見たのは――」

 

 なるほど、出没場所は定まっていないようだ。

 あるいはあえて場所を替えているのか。


 いずれにしてもそんな簡単に出会えそうにないことだけははっきりとわかった。


 いや、それにしてもわざわざ裏ルートで購入した魔導書を見せびらかす馬鹿だ……これは案外簡単に接触できるのかもしれない。


  ▲▽▲▽▲


 安易な予想は外れた。

 飲んだくれたちから聞き出した話からいくつかの出没場所――居酒屋やバーへと足を運んだものの収穫はなかった。


 時刻は深夜の1時くらいだろう。王都に長居したくなかったため、魔力の痕跡を探るようなこともせずに帰ろうとした時――酔っ払いたちが面白いことを言った。


『遙かなる未来を見通すことができる――そんな魔導書が存在するんだってよー』

『ああ、俺も聞いた。『ゼロの禁書目録』と言うらしい』

『そりゃあ、あれだ。一級の魔導書だっ!かつて大賢者様が作成したっていうやつだろう』

『なんでもその大賢者様は心眼使いだったらしいぜー』


 腹黒聖女様と同様に心眼使いだった……。

 まあ、どこまで本当かはあやしいものだが……面白い。

 なんでも大賢者様は、その自らの心眼の能力を魔導書に封印することに成功したのだという。


 だからこそ、その『ゼロの禁書目録』とやらを読むことで、数秒先の自分の未来から何十年後の自分の姿や果てや他人の未来までも見通すことができるのだと言われている。


 そんな幻の魔導書が現在、街で出回っていると言う噂だった。

 

 黙って俺の話を聞いていた腹黒聖女様——ドーレは微笑んだように見えた。


「なるほど……そうでしたか。そのような噂があるんですね」

「なんだよ、あんたはわかっていたんじゃないのか?」

「流石に全ての未来を見通すことはできません。ただ……噂の出所はこれから探してみるしかなさそうですね」


 腹黒聖女様は少し残念そうに言った。そして何かを誤魔化すように話題を変えた。


「それにしても……こほん。ブール様。お仕事の準備は整いましたか?」

「まあ、一応必要なものは揃えた」

「一応……ですか?」と腹黒聖女様は黄金色の瞳を丸くして、きょとんとした。


「だから……あれだ。犯人がどんな魔法を使うのか。というかそもそも本当に館内の人間が魔導書を持ち出しているのかすらわからないから、どこまで準備をすれば良いのかわからないという意味だ」


「確かに……そうですね」と腹黒聖女は少しの間、思案した後で言った。「しかし、私の未来視では、ブール様の進めている準備できっと問題ないはずですが……」


「どういうことだよ?」


「私の力――心眼は発生確率の高い事象を予測するものです。もちろん、あくまでもそれは最終的に確定している未来ではありません。しかし、ほぼ確実に起こり得ることを見通します。ですから、今のブール様の準備で問題なく――犯人を明らかにできるはずです」


 今、この腹黒聖女様は『犯人を明らかにできる』と言った。

 ということは、この腹黒聖女様の心眼で未来を見通したときには、俺は犯人を「見つける」ことはできたのだろう。しかし「捕まえられなかった」ということなのか。


 いや、そもそも今回の件は、あの館長様の魔法が宿っている魔導書を取り戻すことと魔導書を売り捌いている犯人を見つけることだったか。


 そうか。

 だから俺がわざわざ捕まえる必要まではないのか!


「あら、ブール様。少し顔がニヤついていますよ?」

「ふん、犯人を捕まえる必要はないんだったら楽だと思ってな」

「ふふ、果たしてそんなに簡単に行きますかね」


 この腹黒聖女……何かわかっているのか。

 

 くっそ、どうせ俺が聞いたところでこの腹黒聖女様は『未来視の内容を教えてしまうと、その結果を意識してしまうので……教えられないのです。しくしく』なんて言いそうだ。


 まあいい、今のところはこの腹黒聖女様の掌で踊ってやる。

 しかしその内、腹黒聖女様……あんたを後悔させてやる。


 キョトンとした表情で腹黒聖女様が言った。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「そうですか」

「……それにしたって、受け入れ体制が整うのが早すぎないか?」

「そうですね、正直、私もセルローナ様の手際が良いことに驚きました」

 

 週明けから始まるチエイ大図書館への潜入捜査。

 

 あの館長から一通の手紙が届いた。

 手紙には『善は急げなの。来週から出勤してなの』と書かれていた。


 いくらなんでも昨日の今日で準備が整うとは思わない。

 

 かと言って、どうやら腹黒聖女様の反応を見る限り、準備を手伝ったなど裏で糸を引いてはいなさそうだが……あの小さな館長がひとりで用意したのだろう。


 正直、あの小さな館長は鈍臭い感じがしたがどうやらそうでもないらしい。


 その点は良しとする。

 

 問題は、腹黒聖女様の方だ。


「それで、今回の件にわざわざあんたたち教会が首を突っ込む理由はなんだ?」


「ふふふ、よくぞ聞いてくれました、ブール、いえジョンさん!」


 そう言って、腹黒聖女様はばさっとソファーから立ち上がった。

 金色の長い髪がうわっと舞った。

 ピクピクとエルフの耳が動いて、なぜか黄金色の瞳は嬉しそうだった。


「実は――」


 そう言って、理由を説明した。

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